22. プレゼントと体重は密接な関係ですの


「わ、わたくし、陛下に謝罪してきますの!」

「いってらっしゃいませ。誤解を生まないようお気をつけて」


 クロエはモップを持ったまま呆れた顔でそう言うのでした。

 散々こうして焦って誤解を生んできているのを、クロエが一番知っているのはわかっていますけれど! 流石に私だって気をつけますわよ!

 なんて思いながら、急足で陛下の執務室へ。


「アレッタ様、何かあったんですか?」

「あらオリヴァー。どうしt……ああ」

「お察しの通り、ダグラス様が落ち込まれたせいで城全体の空気が重いんです」


走っていないギリギリを攻めていると、廊下でオリヴァーとすれ違いまして。

 時すでに遅しですのね……。これはとにかく急ぐのみですわ……ってあら?


「それとは別で、オリヴァーも落ち込んでませんこと?」

「え!? っいや、んなことないですよ」

「ならいいけれど……もしそんなことになったら、相談くらい乗りますわよ!」


 とだけ言うと、オリヴァーは「それ、ダグラス様にも言ってやってください」とニカっと笑ったのでした。


 そして、ついに……執務室の扉の前に……。

 そういえば、私、なんて言えばいいのです? もし誕生日プレゼントでなければ? 側から見れば、私、プレゼントをたかりにきている婚約者ですわよね?

 冷や汗が止まりませんの。いいえ、私はやれますわ。冷や汗? なんのことでしょう? 淑女は汗なんてかきませんことよ!!


「陛下、アレッタですわ」


  「……」

「入りますわね」


 ドアを開けてすぐにわかる、この落ち込んでいる様子。側にいらっしゃるジェームスの表情ったら……申し訳ありませんの。


「陛下、私、今日、誕生日ですの!」


 というと、陛下は驚いて顔を上げまして。やっと目が合いましたの。


「ですから、お祝いの言葉を賜りに参りましたわ!」


 ええ、ええ。もう恥なんて知りません。私が恥をかいて皆様が幸せになるならそれでいいのですわ。


「くだじゃいまぜんの゛?」

 

 あああもうまた!!! いいえいっそ噛んだことは置いておきまして.陛下、早くそのお顔をやめてくださいまし!! 陛下がその様子ですと私も苦しいのですわ!!

 思いが通じたのか、陛下はフッと笑われました。噛んだからではないと、信じておきましょう。


    「その……こ  れを……」

 陛下は笑われた後、花瓶に刺されていた花束を取り出しましたの。

 どういうことですの?


     「最初は、お菓子が   いいと思ったんだ」

 なるほど。だから、好みを知るために、連日あんなにお菓子を渡してきましたのね。

 陛下によると、ジェームスに止められたのだとか。オリヴァーが小さい頃にお菓子をプレゼントしすぎて逆に機嫌を損ねたことが……って凄く想像がつくわ。


    「確かに、日に日に    作り笑いになって   いっていた」

 ひ、否定はできませんわ。だって本当に消費が大変だったのです。いくら美味しくてもお腹いっぱいの時に食べればそれは……。


     「だから、花束だけ    なんだが……受け取っ    てくれるだろうか?」

 花束は、薄いピンクのベゴニアをメランポジウムと白いアスチルベが引き立て、ピンクと黄色のガーベラで華やかに。

 ピンクと黄色を基調として作られた、とても可愛らしいもの。


「お誕生日おめでとう。アレッタ嬢」


 はにかんだようにそう言って、渡してくださいました。思わず花束に顔を埋めつつ、胸が熱くなるのを感じましたの。

 陛下は、本当に、私を大切にしてくださりますの。婚約者からの心のこもったお祝いなんて、初めてですの……。


「陛下、私とても嬉しいですわ!」


 どんな顔になっているのか、自分でもわかりませんわ。ただ、頬が最大限緩み切っていて、少々視界が滲んでいるような、そんな気が。


   「っ……」

「ねぇ、陛下」


 陛下のお誕生日は、何がいいでしょう? サプライズでもいいでしょうか? なんて聞こうとしますと……。

 はい?? どうして今岩化しますの?? お久しぶりですわね岩化陛下。


「陛下!? 陛下!?」


 揺さぶってもびくともしませんの。どうしてこうなるのです??


 なんて焦っていた私は、花束についていたメッセージカードに挟まれた、ブルーアーゲートのネックレスに気づかなかったのでした。クロエが発見して呆れられたのはいうまでもありませんわね。


「陛下の瞳の色みたいだわ……フフッ」



          *



 なんて誕生日も過ぎまして、日々は穏やか……穏や……穏……うぅ。


「お嬢様、やはり太りました?」

「言わないで頂戴……」


 私に毎日服を着せているクロエの何気ないその一言が、一番刺さりますの……。

 鏡に映る私は以前よりほんの少し、お腹周りにお肉が。元々が引き締まり過ぎていただけなのですが、その体型に合わせているのでドレスが少々キツく……。

 帰ってきて一度体調を崩してから運動せず、あんなにお菓子を食べていたのだから当然ではありますが……。


「国王陛下に申し上げて、新しく作って頂きますか?」


 とクロエ。

 陛下に、太りましたので、新しく服を買ってくださいまし、と、頼む!?

 そんなのっ!


「断固拒否ですわ!! お断りですわ!!」

「しかしこのままだとお召し物がなくなりますよ」


 要するに、元の体型に戻ればいいのでしょう!?


「私、ダイエットしますわ」


 というわけで、陛下の鍛錬にお邪魔することにいたしました。

 私としては、怠惰になった私を見せることはとても不本意なのですが。……外周は目立ちますし、他に運動するところもなく。


    「おはよう、   アレッタ嬢」

「おはようございます、陛下」


 けれど……朝、顔を合わせる時間が早くなったのは嬉しいですわ。

 

 まずは基礎運動、その後補強トレーニング。素振りときまして。

 懐かしいですわ、この感じ……なんて思っていたのも束の間。私、いつのまにここまで動けなくなっていたのです?


     「アレッタ嬢は、剣    の心得もあったのか」

「昔お兄様方に教え込まれたのですが……まさかここまで動けなくなっているなんて」


 素振りが500回の時点で辛くなるなんて……相当ですわ。これは太って当然ですの。

 屈辱ですわ……お母様に継いで、社交界の華とまで呼ばれていた私がここまで成り下がるなんて……。


「私、絶対に痩せますわ!!」


     「アレッタ嬢は太っ  ていないと思う が……」

「ご冗談を」


 そうして、毎日陛下と鍛錬しているうちに、やっと脂肪が筋肉に戻ってきましたの。このまま続ければ、逆に緩くなるかもしれませんわ! 最近は食事量よりも運動量の方が多いですし!

 なんて上機嫌になっていたのですが……。



「今日も鍛錬に行ってくるわ!」

「お嬢様」

「なぁに?」

「女性は胸から痩せますよ」


 そう言われて思わず胸元を見ますの。床の見える足元とも言いますわね。そしてクロエの方へ視線を移しますと……なんですの、その高山は。

 あからさまな視線をクロエは鼻で笑いまして。


「ダ、ダイエットはやめますの……!」

「鍛錬だけにした方がよろしいでしょうね」


 翌日から、食事が普段の量に戻りましたわ。

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