21. どうしてこんなことに!?


「ヒャッハァーーー!!」


 なんといいますか……見るからに頭が悪そうですわ。

 山賊の下っ端の一人が斬りかかりますが、陛下は剣の横で軽やかにいなし、片方の手で胸ぐらを掴んでぶん投げましたの。これは背丈と体格に恵まれてなければできない戦い方ですわね……。


「親分、あいつ強ェよ!」

「女だ、女の方を狙え!」


 え、今度は標的わたくしですの?

 私今何も武器を持っていないのですが??

 流石に多勢に無勢ですし、卑怯ですわよ……って当たり前ですわ。山賊ですし。


     「アレッタ嬢」

 そんな風に少々狼狽えていると、突然、肩に手を置かれ、ぐいっと胸元へ引き寄せられましたの。

 ふぇ?

 ちょっと、近すぎますわ! 心臓の音がっ、聞こえてっ。


「かかれー!」


 陛下は私を庇いながらも、しなやかに受け流しては、先ほどと同じように圧倒的な力で投げ飛ばしますの。

 しかしこれでは埒があきませんわ。生け取りにしようとしているのはわかりますが、このままでは消耗戦ですの。


  「チッ」

 陛下も護衛を呼ぼうか考えているようですが……。

 護衛を呼びに行こうにも、おそらく囲まれて不利になるだけわ。私達下げさせたくせに勝手に遠くに来てしまいましたし。

 といいますか、こんな何もない日の急にねじ込んだ予定で襲撃なんてないと思ってましたのに! どうすれば……。


「よそ見してるとは余裕だナァ!」


 いつの間にか背後に立っていた敵の振ったナイフが、私の髪を掠める。いつも通りのハーフアップだと避けても髪が広がって……。

 一房分程、切れてしまった。ああ、自慢の髪ですのに。クロエとお母様に怒られてしまいますわ。


    「ほぉ……」

 なんて思っていると、頭上から酷く怖くていつも以上に低い声が。


     「すまない、少し、    目を瞑っていてくれ」

 突然視界が真っ暗に。どうやら陛下の手で目が隠されたようで。

 しかし陛下、私は耳がいいのですわ。衣擦れや落ち葉を踏む音、剣の交わる音、叫び声からなんとなく予想できますの。

 ……今までは私の前ということで、なるべく血を見せないようにしてくださっていたのね。


「ひぃぃ!! やめっ!! やめろっ!!」


     「……安心しろ、殺   しは、しない」

 絶対安心できないやつですわ、これ。

 必死に抵抗してナイフを投げたようですが、いとも容易く弾かれてしまい、おそらく利き手をザシュッと。

 そのことに恐怖を感じたのか、今度は周りを囲むように一斉に飛びかかってきました。が、一番手前にいた敵を……蹴り上げ、気絶させ、その足を持って、敵を薙ぎ払いますの。

 片手で人を持ち上げるなんてとてつもない握力と腕力ですわ……。私、こんな方に今肩を寄せられながら目を隠されてますの?


「うああああああああああ!!!」


 でも、恐怖を感じないのは何故でしょう。陛下だからかしら。というか流石の筋肉ですわ。


「お、俺はこの国一番の山賊だぞ!?!?」


     「ここはお前たちの    国ではない。すでにグ    レイシャルの土地だ」

 陛下、言っても聞こえておりませんことよ。声が小さすぎて。


「ふざけるなよ!! うおおおお!!」


 馬鹿みたいに、いえ馬鹿なので突進してきた敵は、足を払われ転んだところで、首を叩かれて無事気絶。

 こうして陛下が本気を出されてから数分後、一切動かずに鎮圧が完了しましたの。


「陛下、凄いですの。守って下さってありがとうござ……」


     「すまない、守りき    れなかった。なんと詫    びればいいかっ」

「はい?」


 守り切れなかったって……もしや髪のことですの? 自慢の髪の一部であったのは確かですが、そんなに謝られることでは……。

 それに、


「私、このくらい平気ですわ。舐めないでくだじゃいまじ!」


 未だに目を隠す手を退けまして。キッと陛下を見上げますの。陛下は驚いたような顔をした後、ふっと笑われました。

 ひっ、人が噛んだからって!!! もうそろそろ慣れてくださいまし! もはや!!


 なんて怒っていると、陛下の背後に残党が。

 陛下も気づかれたようですが、私の方が数秒早く。


「まったくもう!!」


 と八つ当たりのように顎を狙って殴りまして。顎は人の急所ですの。

 当たり前ですが敵は気絶されました。


「ダグラス様!! アレッタ様!!」

「お嬢様、何やら鈍い音がしましたけど何か……」


 ちょうど、音を聞きつけたジェームスとクロエが戻ってきましたの。呼びに行く手間が省けましたわ。


     「ジェームス、護衛    に縄を持ってくるよ    うに言ってくれ」

「……御意」


 さすがはジェームス。一目で状況を把握なさったようで。

 クロエは理解できていない様子。


     「隣国の山賊だ。手    続きの間一旦預かる」

「承知いたしました」


 それにしても、穏やかなピクニックがこんな形で終わるなんて。ですがまあ、今後襲われる人が少なくなりますし、災いを転じて福となす、でしょうか。

 そして、いくら王族の皆様が戦闘部族出身で強かったとしても、もう少し護衛をどうにかするべきでは……。確かにそもそも護衛を守るような国王様ですけども。

 いくら国となって歴史の浅かったとしても、もう少し改革が必要そうね。


     「……すまない」

「もう……陛下、しつこいですわよ」


 切られた髪を触って謝る陛下に、笑ってそう申し上げたのでした。



         *



     「アレッタ嬢、カヌ   レは好きか?」

「ええ、好きですが……」


   「これを」

 こんな事があったからでしょうか。陛下が私にお菓子を渡してくる事が増えましたの。

 三日に一回、酷い時は毎日のように下さるので消費が大変ですの。しかし、キラキラとした目で渡してくるものですから断りづらく……。


     「アレッタ嬢、ガレ   ットは好きか?」

「ええ、好きですけども……」


    「これ……」

 とても断りづらく……。


     「アレッタ嬢、サブ  レは好きか?」

「ええ、好きではありますがっ……」


    「よかった」

 もう限界ですの!!! これはもはやお菓子攻撃ですわ!!!!

 と部屋でやけ食いのようにお菓子を食べているのでした。

 これはあれですわ、祖父母からの量の多すぎるプレゼントに似てますの。貰うと喜び、断ると悲しむため、非常に心苦しいのですわ。大切な方には喜んでいて欲しいですもの。


 けれど……今日こそは断りますわ。そう心に決めた時でございました。


     「アレッタ嬢……」

 見てしまったら決意が揺らぐかもしれませんし、目をギュッと瞑って申し上げますの。


「陛下、大変申し訳ありませんが、いりませんの!!」


   「……え」

「ほんっとうに申し訳ありませんわ!!」


 そんな悲痛に満ちた「……え」なんて言わないでくださいまし! このままではもらってしまいそうですの!

 と脱兎のごとく逃げるのでした。


「クロエ!! 今日は断れたわ!!」

「……お嬢様」

「やっとよ!! やっと!!!」


 そう告げますと、クロエは額に手を当てて言いますの。


「お嬢様、今日は何月何日ですか?」

「え? 10月18日よ?」



「お嬢様のお誕生日は10月18日のはずでは?」


 そういえば今朝廊下でお会いした時におめでとうと言われた気が……寝ぼけていたのですっかり忘れていましたわ。

 というか陛下は私の誕生日を知ってますの?


「国王陛下に、お嬢様の誕生日がいつかを聞かれたのでお伝えしましたよ」

「ちょっと、心読まないで頂戴!?」


 ……まさか、私誕生日プレゼントを断ってしまいましたの?

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