20. ピクニック……って穏やかなものですわよね!?


     「アレッタ嬢のわが    ままが聞けるとは」

 結局計画的だとはバレず。馬車で向かっている最中も陛下は何故かご機嫌で……なんだか申し訳ないわ。いえ、陛下に休んでほしいというわがままですのよ、これは。といいますか私普段からわがままな方ですわ。


「すっかりお昼になってしまいましたわね……これは完全に、わたくしが出発する直前にピクニックシートを忘れたせいですわ」


    「いや、誰も気  にしない」

「私が気にしますの!!」


 というわけで少々遅れましたが、前に春の狩猟祭で来た森につきましたの。といっても山の中ではなく、麓にある林ですけども。

 護衛の方も何人か来ていて、林の入り口で見張りをしてくださるのでした。流石に国王陛下に護衛なしは危険ですもの。


「陛下、お腹の空き具合はどのくらいですの?」


    「……空いて」

 とちょうど仰ったところで、グゥゥと低い音が。


     「いるらしい」

「ふふっ。来て早々ですがお弁当を食べましょうか」


 陛下は耳を真っ赤にしてお腹を抑えてますの。ほんっとうに表情筋がやわらかくなりましたわね。可愛いですの。

 とまあ、危うく忘れかけたピクニックシートを広げまして、カトラリーセットを用意。クロエとジェームスが紅茶の準備をしてくださいまして。


「オリヴァーも来れればよかったのだけれど……執事長は流石に忙しいですわね」

「……ソウデスネ」

「クロエ、どうかしましたの?」


 なんだかいつもと反応が違うような気が……。確かオリヴァーとお酒を飲みに行った次の日もこんな感じでしたわね。まさか、吐いてでもしまったのかしら。


「クロエ、粗相なんて誰でもするものですわよ。お父様もよくお酒を飲み過ぎて吐いてお母様に叱られてましたわ」


     「……オリヴァーは    そんなこと気にし ない」

 と私と陛下がフォローしようとしていると、ジェームスとクロエは顔を見合わせまして。

 は! 淑女が吐くなんてストレートな言葉使っては、はしたないわね。反省ですわ……。


「何か勘違いして落ち込まれているようですが、もうそれでいいです。さあ、紅茶の準備が整いましたよ」

「……? そうね! さあ昼食にしましょう」


 と作って来たサンドウィッチを渡しまして。

 ……人数分より余分に作って来たけれど、護衛の方に渡すには少し足りないですわね。やはり多めに作っておけば……いいえ、私の分を合わせればギリギリですがいけるのでは?


「私、護衛の方々に差し入れして来ますわ。あ、クロエは来なくて大丈夫ですの。すぐそこだもの」


 そう言って走り出しまして。陛下が「野生生物くらい大丈夫だ」と下げさせたので警備に徹して頂いてますが、何かあった時のためにそんなに離れていないので本当にすぐそこなのです。林を抜けて、護衛の方々にサンドウィッチの差し入れを。

 「美味しい」「王妃様の手作りが食えるとは……」なんて喜んでくださって。まだ王妃じゃないのだけれど。でも差し入れした甲斐があったわ。私の計画に加担していただいてるのだし、お礼くらいしなくては。


「この後もよろしくお願いしますわ」

「「「「「御意!!」」」」」


 と、陛下達の元へ戻ったのですが……あら? なんだか、機嫌の悪そうな……。陛下はムスッとしておりますし、クロエは怒ってますし、ジェームスは……一番怖いですの。一体何が……。


      「アレッタ嬢の分の    サンドイッチがないよ うだが」

 な、なぜそれを……。というか凄く低いお声が少々恐ろしいのですが……。


「お嬢様は言動や見た目と中身が伴わなすぎます。奥様に報告案件ですよ、これは」


 ひぇっ!! お、お母様に言うのだけは勘弁を!! この間実家でこってり絞られたばかりですのよ!?!?


「……アレッタ様」


 冷や汗が止まりませんの。あとお腹が空いて来ましたわ、急に。

 あばばばばばばば。まさか、こんなことになるなんて!


「こちらをお召し上がりください」


 と差し出されたのは、陛下たちのために作ったサンドウィッチ……。


「……ひゃい」


 素直に食べますの。……あら、我ながら美味しいわ。

 レタスときゅうりのシャキシャキ感に、しっとりとした塩気のある生ハム、そして、それらをまとめあげるクリームチーズ。軽くてバターたっぷりな甘めのクロワッサンと合わせることで最高の甘じょっぱさ。

 フィリングサンドの方は、滑らかなくらいに潰してマヨネーズを多めに入れた事で、卵はコッテリとしていて口当たりが軽く、パンはジュワッと。あ、これ罪な味がしますの。


     「ああ、美味しかっ   た。ありがとう」

「あ゛っ!!」


 そうでしたわ。ついペロッと食べてしまいましたが、これは元々陛下達の物で……。


     「アレッタ嬢が食事    をしている姿は、可  愛らしい」

「ふぇ? ッゲホ、ゲホグフエグ……今なんと?」

「お嬢様、咽せる声が特徴的すぎます」


 いや、クロエ。今はそんなことはどうでも良いのですわ……淑女としては良くないのでしょうけれど。ああジェームス、お水、感謝しますわ。


     「いや……食事する    姿が愛らしいと……」

「なっ!!!」


 リスみたいに口に頬張り、心底嬉しそうな顔で咀嚼し、幸せを噛み締める様にまたもう一口食べて……ってもういいですの!! それ以上言わないでくださいまし!! 陛下は天然ですの!?!?

 陛下の肩を掴んで揺らしますが全く揺れませんわ。体幹の鬼か何かでして?


「さて、クロエ殿。私どもは水でも汲みにいきましょうか」

「確かに持ってきた分が少なくなっていますね……」

「少し奥に湧き水がありますゆえ」


 どうやらこの状況の私を置いて、湧き水を汲みに行くらしいですの。嫌ですの。でしたら私も一緒に行きますわ。


「お嬢様、陛下と仲睦まじくお過ごし下さい」

「ク、クロエ!?!?」


 仲睦まじくって一体どういうことですの!?

 ってああ行ってしまいましたわ!!



「へ、陛下……」


 ってん? この小さな呼吸の音……まさか……寝てますの? お腹いっぱいになって揺らされたら寝てしまうなんて……ふふっ。やはり、お疲れでしたのね。


「可愛らしいのは、陛下の方ですわ」


 正座しまして、船を漕いでいる陛下の頭を私の方に向きへ傾けようとしたのですが、重心を把握するのが難しい上に重……ってああ!


「頭をぶつけられなくてよかったわ……」


 けれど、膝にずっしりと。ああでも、ここまで近い距離で陛下のお顔をまじまじと見るのは初めてですの。この間の添い寝事件は別としまして……。


「ふふっ」


 陛下のもふもふとしたクセのある銀髪を撫でつつ、バスケットから小説を取り出しますの。これはお母様が貸してくださった巷で話題のロマンス小説。

 まだピクニックは始まったばかりですし、二人が戻ってくるまで読んでいましょう。


 ふむふむ……。


 なるほど……。


 ふぇ? なんですの、それ。えぇ!? 


 そんなのってナシですわ! そうですわよ、頑張ってくださいまし!


 そこでこうなりますの!?


 きゃーーーーーーーー!! 



「ふぅ……とてもよかったですの」

 

 思わずページを捲る手が止まりませんでしたわ。読み終わった頃には日が暮れかけておりまして。

 足が痺れてますわ……と膝下を見れば陛下は興味深そうに私を見上げておりました。


「陛下!? 起きていたのならどうして……」


     「俺は言ったんだが    ……アレッタ嬢は読書    で聞こえていない様  子だった」

「大変申し訳ありませんの」


 百面相を見るのも楽しかったから、と苦笑いをなさる陛下。やってしまいましたわ……。


「クロエ達、遅いですわね」


     「呼びに行くか」

 と二人で少々林の奥で歩いていたところでした。周りからガサガサと音が。少なくとも二人以上の足音……クロエ達ではないですわ。陛下も気がついたようで、護身用の剣を握りますの。


「おいおい、随分と身なりがいいじゃねえか」

「お頭、女の方も器量良しですぜ高く売れそうだ」

「野郎共、やっちまえ!」


 荒くれた服装、見た目、それっぽいセリフ。ここまできてまさかの山賊だなんて。一体どこから……。


     「おそらく、国境を    越えた方の山側を根城    としているのだろう」

 なんてこと……。クロエとジェームスは大丈夫かしら。

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