19. ピクニックに行きましょう!



「んーーー!! おはよう、クロエ」


 やっと暑さの和らいだ日差しで目を覚まし、大きく伸びをしまして。国に帰っていたからか、最北の国だからか、夏は一瞬で過ぎ去り、気がつけば秋模様。

 

「お、おはようございます、お嬢様」

「何をそんなに驚いているのかしら?」

「珍しいですね、私が起こす前に起きるなんて……」


 と、顔を洗うお湯を持ってきながら驚愕の表情をしているクロエ。まったく、失礼なんだから。……まあ、こちらにきてから少々怠惰な生活をしていたのは間違いありませんけども。だって、怖いお母様もいないですし……。

 でも、今日は早く起きなければならない理由があるのですわ。


「厨房を貸してもらうのよ。料理人の方々の邪魔をしてしまうような時間ではいけないでしょう?」

「本日はピクニックの予定では?」

「ええ、だからお弁当を作っていくの」


 事の発端はジェームスの独り言を聞いてしまったところから始まりますの。

 


          *


『どうしたものか……』

『何がですの?』

『アレッタ様……』


 王妃教育の後、クロエと廊下を歩いていると、ジェームスの声が。

 盗み聞きのようであまり良くないかしら、と思いつつ、つい聞いてしまったのでした。


『思考の邪魔してしまってごめんなさい』

『いえ……、ただダグラス様が少々根を詰めすぎでして。頭を悩ませていたのでございます』


 話を聞くと、現在公務の他にも別件が立て込んでいて、陛下はとてもお忙しいのだとか。

 けれど、疲れた様子ではなく逆に精力的になっていることから、休ませることも難しく……。


『つまり、頑張りすぎなのに本人は自覚がない、と』

『このままではいつか体を壊してしまいます……』


 仕事の量を少なくしようにもすぐに終わらせてしまって、次のを頼むと仰る始末……って成長期のお兄様達の食欲ではないのですから。

 なるほど、これは大問題ですわ。

 無理やりにでも休ませる……うーん……食欲? 食欲の秋? そうだわ!


わたくしがわがままを言えばいいのですわ!』

『お嬢様、何を?』


 クロエが怪訝な顔をしましたの。まあ、話をお聞きになって下さいまし。


『そして陛下にピクニックに連れて行って貰えばいいのですわ!』

『わがままに見せかけた連行、というわけですな』


 突然ピクニックへ連れて行くよう告げられて、陛下はどんな反応をなさるかしら。ふふっ。


『ちょっとワクワクしてきましたわ。ジェームス、当日のお仕事の調整をお願いしても?』

『御意』


         *

 

「というわけで厨房に行ってくるわ」

「……厨房の方に迷惑かけないでくださいよ?」

「なんか、このやりとり前もした覚えがしますわ」


 さて、厨房に向かいながら今日のお弁当の内容を再確認ですの。

 クロワッサンのサンドイッチに、チーズに、秋の果実。ティーセットとクッキー。

 クロワッサンは昨日城下町のパン屋さんで買ってきたものを。クッキーも既に焼いてありますし。作業時間は短そうね。


「アレッタ様!」

「本日はどのようなご用件で?」

「なんの食材が必要ですか?」


 厨房の前に来ると、もうすっかり顔馴染みになった皆様が暖かく迎えてくださいました。私専用と化した厨房の端っこ置かれているエプロンも持ってきてくださいまして。


「今日はピクニックセットを作りにきましたの。野菜とチーズと卵……あと果物を使わせて頂いても?」

「昨日置かれて行ったクロワッサンでサンドイッチですか?」

「ええ!」


 というわけでまずはレタスを洗って剥きまして、きゅうりを切って、クリームチーズと生ハムと共に挟みますの。クロワッサンは生地が軽いから、重いものを挟むのには向きません。


「あともう一種類は……」


 卵のフィリング。卵を茹でて、殻を剥いて、フォークで潰しまして。マヨネーズと混ぜますの。

 マヨネーズは、オリーブ油と卵黄とビネガーを混ぜたもので、コクが特徴的。どこかの島の港町のソースだったのだとか。それをどこぞの公爵様がレシピを持ち帰り……と雑談はここまでにしまして。

 

「サンドイッチはこれで完成ですわ」

「その……アレッタ様、余りって……」

「もったいないから食べようと思っていたのだけれど」


 と後ろを見れば見られていたようで人だかりが。厨房の端っこに料理人が集まるという謎な光景に。

 な、なんですの、その目は……。


「あ、あげましょうか?」

「いいんですか!!」

「やった!!」


 凄い喜び様ですわね。こんなことになるならクッキーと同様多めに作っておけばよかったわ。ってあら?

 そういえば昨日も余りのクッキーをあげた気が……。料理人が、素人の物をそんな褒めていいのかしら? そもそも陛下に渡している事自体がおかしいのは置いておきまして。


「おお、このくらいの茹で加減も美味しい」

「クロワッサンとクリームチーズと生ハムって罪な味がするわ」


 まあ、こんなに喜んでもらえているのだから、考えるのはやめておきましょうっと。

 さて、バスケットにサンドイッチ、チーズ、りんご、葡萄とクッキーを入れまして。

 ティーセットとカトラリーセットも準備ができましたわ。


「では、朝食後に取りに来てもいいかしら?」

「はい!」

「いつも美味しい食事をありがとうございますわ。今日もよろしくお願いしますの」


 というわけで厨房を後にしまして。



         *


「陛下、失礼しますわ!」


     「アレッタ嬢か……   どうしたんだ?」

 朝食後、バスケットを持って執務室にて作戦決行。陛下はなんだか嬉しそうな優しい表情。本当に表情筋が動く様になりましたわね。

 

「私、ピクニックに行きたひゃいでずの゛!」


     「……!?」

「陛下、連れて行ってくださいませんこと?」


 ま、また噛んで……でもまあ問題ありませんわ。5人兄弟の末っ子の甘え術を舐めてはいけませんことよ。懇願する様に指を組みまして、おねだり攻撃ですの。そしてもうひと押しにバスケットの中身をチラリ。


「ピクニックに行けたら……とサンドイッチを作りましたの。昨日焼いたクッキーもありますわ」


 さらにダメ押しでジェームスが「予定は調整してあります」と。ここまで来たら計画的だとバレてしまうかしら。


    「わかった。行 こう」

 陛下は小さく息を吐き出して、笑うとペンを置きまして。

 さあ、ピクニックに行きましょう。

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