18(裏). 据え膳食わぬは男の恥……か?



「可愛いなって」

「っ忘れてください!!」


 ずっと断られ続けていた好きな人と、やっと酒の場に来れて、かっこいいところを見せるつもりだった。

 が、最初に蜂蜜酒を二杯も煽ったせいか、酔いが回り、素を出した上につい本音を言ってしまった。初めて飲みに来て、可愛いって言うとか俺はアホかよ。


 実際、クロエさんは超絶可愛い。隠れて微笑んでいる横顔も、揶揄っている時の楽しそうな顔も。ふとした時に出るクールが崩れる所も、猫に話しかけてるのも、何もかも。でも、それはほとんどがアレッタ様に向けたものだ。

 つまりは俺の片思い。……だからって諦められるわけがない。じわじわと距離を近づけていくつもりだった。


「それ、俺の、度数の高いやつ……」


 クロエさんは耳を真っ赤にして、そこにあった蜂蜜酒を流し込むように飲んでしまった。

 嘘だろ……酒に弱いって聞いてたから弱いのを飲むように仕向けてたのに。まさか、こんなことになるとか。


「し、しりません」

「いや、そんなことよりっ」


 急いでマスターに水を頼む。たちまちにしてクロエさんは真っ赤になった。

 水をもらったが、クロエさんはそれを飲まず、俺の胸元を掴んで引き寄せた。


「えいっ」


 !?!?!?!?!?!?!?!?


「……は?」


 今、頬に何か柔らかい感触がなかったか?

 思わず頬に手を当てると、クロエさんが得意げな顔でにんまりと笑っていた。どこかふにゃけていて、どこか悪戯っ子のようで。


「んふふ〜〜」


 ちょっと待てまさか、まさかの酔うとキス魔なのか!? この人。

 やばい、頭が真っ白だ。


「ヒュー……と言いたいところだが、これやべえんじゃねえのオリヴァー……っておい聞いてんのか?」


 マスターに肩を揺すられてようやく現実に戻ってきた。酔いも覚めた。

 いや俺一瞬召されかけてたのか?


「なんですかぁ〜、まっかになっちゃって〜。そっちこそ、かあいいですねぇ〜」


 急いで水を飲ませようにも、グラスを持つ手はゆらゆらと揺れていて、しかも胸元にこぼしてしまう。

 そもそもよくある服とはいえ、その胸の大きさでその開き具合はダメだろ。


「つめたい……」

「……はあああああああ。これで拭いてくれ」


 思わず深いため息をついた。なるほど。これは酒に気をつけるわけだ。というか26歳ってことはこれまで何度かやらかしてる可能性が高いわけで……。この姿を見た野郎全員絞めたくなってきた。


「んう……??」


 まさかのハンカチすら使えないのか? でも俺が拭いたらアウトだっつの……。

 悶々と悩んでいると、突然手を取られハンカチを持たされる。


「ふいて?」

「っもう勘弁してくれ……」


 酔っ払いクロエさんの破壊力がやばすぎる。どこに行ったあの冷たい視線とクールな態度は。今やとろけた瞳に、甘えただぞ。加えて上気した頬に、熱い吐息。

 ……俺は普通の男なんだが。決して聖人君子ではない。


「マスター、勘定」

「お前、この国で迂闊に手出したらどうなるかわかってるよな?」

「わかってるよ……ちゃんと送り届ける」

「送り狼になるなよ」

「アホか」


 この国は貞操観念が強い。性交渉=結婚だ。他国から来たクロエさんは知らないだろうが、付き合ってもいない奴と過ちで結婚なんて最悪だろう。というかそんな形で結ばれるなんて俺も嫌だ。クロエさんには誠実でいたい。


「気をつけろよ」

「ああ」


 とりあえず濡れた胸元が見えないように背負う。クロエさんは身長もあるし、色々とあるし、尚且つ酔っ払いなのもあって正直重い。

 が、幼少期からダグラス様と一緒に鍛えておいてよかった。なぜか胸板は厚くならないし首も太くないが、力だけはある。


「ふふふ〜〜高い〜〜」

「10cmくらいしか変わらないですけど」

「んふふ〜〜」


 ぬるい空気の街中で、首筋に何か感触があった。

 さすがに2回目だ。もうわかる。


「本当……勘弁してくれよ……」


 これ以上理性がやられないように、急足で王城に帰る。確か、クロエさんは使用人寮で寝起きしているはずだ。

 やっと王門の前まで来た。

 ……妙におとなしくないか?


「クロエさん、部屋ってどこですか? クロエさん?」

「すぅ……すぅ……」


 これはまさかの寝たか? 嘘だろ。

 今は深夜だ、こんな時間に他の使用人捕まえてどの部屋かなんて聞けない。それに二人で飲みに行ったことが知れれば、クロエさんまで悪評が及ぶ可能性がある。どう転んでも、ダグラス様とアレッタ様はいずれご成婚なさるだろうし、お互いにとっての生涯就職先だ。流石にこれは避けたい。

 ぐるぐると悩んでいる間に、人の足音が近づいてくる。まずい。


「俺が……手を出さなきゃいい話だよな」


 使用人寮が居心地が悪いのもあって、俺は小さな借家暮らしだ。王城から近く、ダグラス様やじいちゃんを除いて誰も知らない。


「腹決めるしかねえ」


 人が来る前に王門の前から立ち去って、足早に家に入った。一台しかないベッドにクロエさんを寝かせておく。


「……とりあえず枕元に水とか用意しといて、俺はどうすっかな」


 やっちまった。じいちゃんになんて言えばいいだろう。まず、クロエさんが覚えているかだ。それによって180度変わる。

 俺は……どうすればいいのだろうか。

 側で頭を抱えていると、ベッドの軋む音がした。振り向くと、クロエさんが起きたようで、ベッドに座ってぼーっとしている。

 っよかった……。


「クロエさん、寮の部屋番号って……」


 言い終わるか終わらないか、袖を引っ張られ、無理やり口を封じられた。

 もうこれどうなってるんだ?

 クロエさんに引っ張られ、倒れるように俺は覆い被さる。


「クロエって、呼んでくらさいよ」


 据え膳食わぬは男の恥というが……これは据え膳どころじゃない。


「っ煽った責任取れよ……もう……」





         *



「んぅ……ここは……。は!? そうだ私……」


 まだ薄暗い朝、起きると知らない部屋の狭いベッドに裸で寝ていた。横にいるのは、昨夜一緒に飲んでいた人。というか……。

 思考がはっきりすればするほど、痴態を思い出す……。


「や、やってしまった……」


 まさか、粗相どころかこんなことになるなんて……。

 とりあえずベッドから立つが、そこで隣の人も起きたようで。


「ク、クロエ……その……責任は取」

「っ忘れてください」


 それだけを言って、急いで元の服に着替えて家を出た。

 私、なんてことを……。

 ぐるぐる回る頭の中、とりあえずお酒は一生やめることを誓った。

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