17(裏). 上司と飲むなんて憂鬱です
『とりあえず……クロエさん、今週飲みに行きませんか?』
『一回だけですよ。ジェームスさんは……』
『老体ですので、遠慮させて頂きます』
そんな会話をして早四日。お嬢様が熱を出したり色々あったけれど、いつのまにか今週が終わりかけていて。
私は久々に仕事着以外の服に袖を通していた。どこか癪だけど、もう完全回復したお嬢様は早くに上がらせてくれて、お小遣いまでくれた。いつも問題ばかり起こしているくせにこういう時だけどうして……。
「はぁ……」
思わずため息をついた。
お酒は、あまり好きじゃない。いや、味自体は好みだ。けれど、苦い思い出の方が多い。ましてや今日の相手は新しい、おそらく生涯就職するであろう職場の上司だ。粗相があってはいけない。
同じくあまり好きではない、胸元の開いたワンピースの紐を縛り、靴を履き替える。
そういえば、これもお嬢様が「私服を持っておいて頂戴!」と言ったからだ。言われた通りとても役に立った。勝手に町に降りたお嬢様を探す時などなど。どうしてあんなに市民と仲良くなれるのだろう。しかも次期王妃とバレずに。
「……もう時間か」
使用人寮を出て、外出の手続きをし、王城の外へ出ると、オリヴァーさんが待っていた。
「こんばんは。お待たせしました」
「いや……時間ぴったりですよ」
そして慣れた様子でエスコートする。まあ、これだけの美丈夫だ。さぞかしおモテになられるのだろう。つい、じっと、オリーブのような緑髪と、大樹のような茶色の瞳を見る。目元のほくろが印象的だ。
「そんな……ジロジロ見ないでくださいよ」
「すみません。顔が整っているな、と思いまして」
「お世辞でも嬉しいです」
……ニコニコと人当たりのいい笑顔。相変わらず、この人のことが苦手だ。直感的に、猫を被っているのがわかってしまってからずっと。
町におりると、休日で賑わっており、夜でも光に溢れている。
「いきつけなんですけど……ここはどうですか?」
連れてこられたのは町角にある、程よく大衆向けで個人的な酒場だった。安心感がありつつ程々におしゃれ。また女性受けの良さそうな……。
「慣れてるんですね」
「……まさか」
お店に入ると、マスターの顔見知りなようで軽く挨拶を交わしている。カウンター席に座って。
「俺はエール……いやまずは蜂蜜酒で。クロエさんはどうします? この国は蜂蜜酒が有名なんですよ」
「では……私も同じものを」
「あいよ」
蜂蜜酒……飲んだことないけれど、美味しいのだろうか。蜂蜜なのだし、アルコールも強くないのだろう。
早速出してもらったお酒は、蜂蜜酒というだけあって、お嬢様の髪の色に似ていた。
ふと隣を見ると、オリヴァーさんは、少し飲んだ後一気に飲み干した。そんなに美味しいのか、と手を伸ばせば止められ、お酒を取られる。
「っ何を」
「これ、度数高めの蜂蜜酒だ。確か酒弱いんだr……ですよね」
どうして知って……いや、一度だけ断り文句に使ったことがある。まさかそれを覚えていて?
「マスター、果実酒か、林檎の発泡酒を頼む」
「あいよ……お嬢さんの前で素を見せすぎるなよ。お前も強くはないだろ」
「わかってるっての……」
素……? というか口調……。猫被りだとは思ってたけどまさか性格からして違う……とか?
渡された林檎の発泡酒は甘くてアルコールが弱かった。
「美味しい……」
「林檎は北国の名産品の一つですからね」
「他の果実酒も飲んでみたいです」
そこからグレイシャル王国の特産品や有名な物について、最終的には国王陛下とお嬢様の例のあの話となった。半分愚痴のような、主君の惚気のような。いつの間にかヒートアップしてしまった。
その間も、オリヴァーさんは弱いお酒ばかり頼んでくれる。
「いや……早くくっつけよって」
「わかります」
「なんでくっつかないんだあの人達……。いや、確かにダグラス様は恋愛のれの字もないような堅物ど天然だけど」
「そうなんですよね……。お嬢様も鈍くて変に勘違いする人なんですよ……」
オリヴァーさんは勢いに任せてぐいっと葡萄酒を煽った。つい私も釣られて、そこにあった果実酒を一気に飲み干してしまう。これ、私が頼んだものじゃ……。
ああクラクラしてきた。
「でもな!! いい奴なんだダグラス様は!! 優しくて強くて……弱いくせに漢気があって」
「そんなのお嬢様もですよ!! あんな高慢で高飛車ですけど、強がりで、本当は弱いくせに人のためにばっかり動いて!!」
二人してカウンターを叩いた。本当に、あの人達はなぜあそこまで無自覚なのだか、と。
そしてお互いに顔を合わせて笑い出す。お互い、天然な主人を持つと苦労する。
「ハハッ。やっぱ、人と飲むのは楽しいや」
「慣れてるんじゃないんですか?」
「まさか。知ってるだろ、俺がなんて言われてるかなんて」
……オリヴァーさんは基本的にあまり評判が良くない。執事長にしては若すぎる年齢と、女性が騒ぐほどのルックス、何より前執事長の孫であり陛下の幼馴染という立場は、悪く言われるのに十分すぎるほどだ。
いくら本人が仕事ができても、周りは簡単には認めない。
「もう半年になりますから。それなりに」
「まあ……だよな」
「……なぜ、執事長に?」
頭の切れる人なのだから。こうなる事は分かっていたでしょうに。
ああ。いつもだったらこんな踏み込んだりしなかったのに。お酒が入っているからか、親近感が沸いたからか。
「じいちゃんは歳だし、ダグラス様はあれだろう?」
オリヴァーさんは、カッコつけて笑ってそう言った。愛おしそうに、照れくさそうに。
いつもヘラヘラ笑っているくせに、そんな顔もできるのか。
「周りがとやかく言ったとしても、俺はじいちゃんを楽にしてやりたいし、ダグラス様を支えたい。もちろん、アレッタ様もな」
どこか、似てる。アレッタ様に。どこも似ていないはずなのに。
もう……そんなこと言われたら、今後誘われても断りづらくなるじゃないか。
「クロエさんは? ……クロエさんはどうして?」
「……どうして、とは?」
「アレッタ様付きの侍女というだけで、一人ついてきたわけじゃないだろ?」
私が、ついてきた……理由……。
「そんなの……お嬢様が大事だからに決まってるじゃないですか」
「なんだか気分がいいんです。少し昔話でもしますと……私、元はただの貧困街の貧乏人だったんですよ」
弟と二人、毎日ゴミを漁って、その日の仕事で食い繋いで。全てが苦痛だった。
私が守らなくては、と思いつつも、弟さえいなければ、なんて考える日々で。そんな時、ある仕事に出会った。身代わりで公爵家の使用人になる、というもの。バレれば処罰されるのは確実。けれど、飢えることはない。
……私は、弟を見捨てたんです。
そうして、私は公爵家の使用人となりました。そんな偽名にも慣れてきた頃、お嬢様の乳母が故郷に帰ることとなりました。お嬢様は、気丈に振る舞っていましたが、それでもやはり、寂しかったようで。
たまたま清掃に入った私は、隠れて泣いていたお嬢様に出くわしてしまいました。
『み゛、み゛られでじまいまじだの!』
なんて真っ赤に顔を染めて、べしょべしょな顔で私のエプロンに顔を隠したお嬢様が可愛らしくて、弟を思い出して。目立たず生きるはずだったのに、弟にしていたように、つい慰めてしまいました。
おかげでお嬢様付きの侍女になってしまって、偽名がバレた時も庇ってくださって……。
あの方は、勇気があって寛大で、弱いけど強い人。
「お嬢様は、可愛いでしょう?」
……私と違って。
だから私は、可愛くて愛おしいお嬢様に一生仕えると、そう決めている。
その先が、どうであろうとも。
「なるほど。……でも、俺はクロエさんも可愛いと思うんだよな」
するっと、髪に手を通されて。
「はい!?」
「最初見た時、綺麗だなって思って。来たばかりの頃、猫に話しかけてるの見ちまって」
ね……猫……? そ、そういえば……。
「どこから来たのかにゃーとか、お昼寝ですかにゃーとか。いつもの冷静な声のまま、語尾だけ変えて、頬を緩ませてるの見て」
あ、ああ……あああああああああ!!
「可愛いなって」
「っ忘れてください!!」
羞恥でそこにあったグラスの中のお酒を流し込んだ。
「それ、俺の、度数の高いやつ……」
頭がふわふわする……。そういえば今までもチェイサーを挟んでなかった。いつも飲まないから……。
これは……良くない……かもしれない。
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