chapitren II 陛下、大きなお声で話してくださいまし!

15. ただいま帰りまし……てよ?



「やっっっと、グレイシャル王国ですわーーー!!」

「長かったですね……」


 関所を抜けて思いきり伸びを。相変わらず長時間の馬車はお尻が痛くなりますわ。

 外に出てみると、母国より暑さが弱くてびっくり。最南から最北に移動したのだから当たり前だけれど。


「陛下は今何をしていらっしゃるかしら」


 グローリアからグレイシャルまでが往復二週間、滞在期間三日なので、なんと十七日間も陛下とお会いしていません。朝食時の「おはよう」も夕飯時の「おやすみ」も聞けていないのです。

 それもあともう一踏ん張り。また馬車に揺られまして。


「そんなにソワソワしなくても……ほら、着きましたよ」


 町を通り過ぎて現れるのは見事な石造のお城。門で手続きを…………「アレッタ様!! おかえりなさいませ!!」と狼狽した様子の衛兵さん。どうかしたのかしら。



「ただいま帰りましたわ」


 陛下やジェームス達がお出迎えしてくださって……なんですのこの重い空気は!?

 陛下は一等落ち込んでおりますし、その様子を見てジェームスは心配しているようですし……使用人の方々の空気も重すぎますの。


「あ、あの、陛下……?」


     「…………?」

「陛下!! ただいま帰りましたわ!! おかえりくらい仰ってくださいまし!!」


 と、はしたなくも大きな声で言えば、やっとこちらを向きましたわ。全くどうなさったのか。


     「アレッタ嬢……本   物か……?」

わたくしいつのまにゴーストになったのです?」


     「……っ本物だ…  …おかえり」

 な、な、なんですのそのお顔は!! この間までの表情筋はどうしたのです?? そんな溶けそうなほど柔らかく!! 可愛いですけども!! ほら、使用人の方々が固まってますわよ!?


「ダグラス様、アレッタ様。ひとまず応接間に場所を移されてはいかがでしょう?」

「そ、そうねジェームス。さあ、行きましょう陛下」


 そうして応接間まで歩く間も陛下は周りに花を散らしていたのでした。もう喜んでいるのが丸わかりですわ。表情筋だけキリッとさせても無駄です。

 ええっと……お留守番をしていた大型犬か何かですの?



「では改めまして。ただいま帰りましたわ、陛下」


     「おかえり、ア  レッタ嬢」

「お体などお変わりないようで何よりですわ」


 少々、いえかなり表情筋の方は変わられたようですけど。何があったのです? 本当に。私が出る前も多少変わってはいましたけれど。

 ああでもジェームスがとても嬉しそうだわ。クロエは引いていますけど。


     「……その……ご実    家はどうだったか?」

「…………酷く叱られましたわ」




 まず、長い時間をかけて馬車に揺られ帰ってきた娘に対する最初の一言が、


『ねえ、アレッタちゃん。……何か言うことは?』


 でしたの。もちろん全力で謝罪致しましたわ。手紙を送り忘れてごめんなさい、と。けれどお母様が怒られていたのはそれだけではなかったのです。


『あ、な、た、王子殿下のこと一発殴って行ったでしょう!! 後処理大変だったんだから!』


 出発前に殿下にやったことがバレてしまったようで……。もう戻らないからいいかと思いましたのに……。


『それに部屋も片付けずに出て行って!!』


 そこですのお母様!? 確かに出発直前にトランプが見つからなくて探してそのままでしたけど。


『反省してもらいますからね』

『はい』


 はいかYESか喜んで以外選べませんの。これが我が家の最高権力、お母様。お父様はそんなお母様に心酔なさっているので公爵なんて肩書は実質意味をなしません。

 おかげでお説教と反省文の罰を受ける羽目になりましたの。


『帰ってきてたのか』

『お前のことだからどうせ向こうでもやらかしてるんだろ』

『ほんと、グレイシャルの王様がお気の毒』

『相変わらず細いな。飯食ってんのか?』


 と罰でへとへとになっているところへお兄様達の帰宅。相変わらず酷いのはそちらですわ。

 まあお母様のまだマシなところは、お怒りが後に引かないということでして。


『それで、どこまで進んだのかしら??』

『なっ!! お母様知ってますの!? 私が陛下の汚名返上に奮闘していることを!』

『……なるほどよくわかったわ。貴女にはもう少し情緒を学ばせるべきだったって』


 ゆったりとティータイムをしたり、


『だから、このロマンス小説が最近は人気なのよ』

『……なるほど?』

『あとはこういう形のドレスとか〜』


 流行について教わったりなどして三日程過ごしましたわ。お母様に怒られるのはもう懲り懲りですが、実家への帰省自体は楽しかったですの。




「陛下は……」


     「特に何もない」

「いいえ、大変でした」


 どうやらオリヴァーがお茶を持ってきてくれた様子。ジェームスが首取れそうなくらい頷いてますわ。陛下は大変だったと言われてしまい目を見開いていらっしゃいますの。



「アレッタ様が恋しいあまり、無意識にクランベリーのケーキを半分残したり、誰もいない食堂で挨拶をなさったり、アレッタ様の部屋をノックされてました。無自覚に」




『ダグラス様、ケーキをそんなに放置しておくのは少々……』


     『!? ……す  まない』

 俺は久々に見ましたよ。いつのまにか表情筋の固まってたダグラス様が全身で落ち込むところを。

 しかも陛下が落ち込んでたのは執務室だったのに城中に伝染して。おかげで部下達の作業効率が落ちました。


     『おはよう……』

『……虚空に向かって何を?』


 声は微妙に聞こえないんですけど、口が動いたので何かと思えば、そこには何もないんですよ。軽くホラーです。本当に。

 ちょうど給仕達も席を外しているシーンとした食堂で独り言をおっしゃる国王陛下ですよ?


  『?』

『ダグラス様、アレッタ様は帰国中でございます』


  『!』

 正直、職務中じゃなかったら昔みたいに怒ってましたね。しっかりしろって。

 留守な人の部屋のドアノックして何になるんだ全く。他にもまだまだありますよ……。お聞きにならない方がいいとは思いますけど。



 

「どうやらこの様子だと何も覚えていないようですが」


    「…………俺はそん   なことをしてい たのか」

 どうやら本当のことらしく。ジェームスが終始首を縦に振り続けていたのでした。陛下はオリヴァーに叱られて、しょんぼりと。

 顔が熱いですの。そんなに寂しく思っていてくださったなんて……。


「陛下は、私のことを大切に思ってくださっているのですね」


     「…………!?」

「嬉しいですわ!」


     「……ああ、家族の   ように思っている」

 家族……。私、ジェームスやオリヴァー、民達と肩を並べられるようになったのね。


「私、この国の一員になれた気がして嬉しいですわ!」


     「アレッタ嬢はずっ    とそうだが……?」

「まぁ!」


 前言撤回、嬉しくてしょうがないですわ。臣民の一人であると言われて鼻高々ですの。

 なんて熱った頬を緩めていたら、オリヴァーの何やら悲痛な叫びが。


「っ違う、そうじゃない」

「……ああ、オリヴァーさんもこちら側でしたか」

「私の孫であり陛下の幼馴染ですからねぇ」


 オリヴァーとクロエとジェームスが何やらヒソヒソと。何を話しているのかしら。


「とりあえず……クロエさん、今週飲みに行きませんか?」

「一回だけですよ。ジェームスさんは……」

「老体ですので、遠慮させて頂きます」


 ただのお酒の席のお誘いですのね。クロエが避けないなんて珍しいわ。明日は空からキャンディーでも降ってくるのかしら。

 もうこちらの気候に慣れたのかしら。それにしても、なんだか暑いですの。


     「アレッタ嬢……?     顔が赤くないか?」

「ふぇ? あれ、なんだかきゅうに思考が………」


 頭がぐわんぐわんしますの。視界がぐにゃりと歪んで、陛下のお顔が渦巻きに。


「お嬢様!?」


 こちらの国に戻って、陛下の顔を見て、気が緩んでしまったのかしら。

 あら? 私今どこにいますの?


     「……アレッタ 嬢!!」

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