13(小話). 幸せな夢だった気がした





 落ち着く声の中で、白い夢を見ていた。



 俺はいつのまにか子供の頃に戻っていて。



 その白くて何もない場所で、ただただその落ち着く声を聞いていた。




 こんな夢は珍しい。


 いつもは雨と雷が鳴り止まない、ひとりぼっちの夢なのに。



「どうなされますか陛下」


「陛下はまだ若い。後見人には我が公爵家が」


「しょうがない、まだ幼いんだぞ」


「王弟でもいればなぁ」


「上手く入り込めば操れるかもしれない」


「これで殺されでもしたら王位はどうなるんだ」


「国王陛下万歳」



 そう、こんな風に。

 大きすぎる王座の上で、周りはざわめいている。

 善意、悪意、失意、殺意……全てが混ざり合った視線が俺を見ている。


 逃げてしまいたかった。



「国王陛下だけが希望です」


「前王様のように聡明で……」


「国王陛下のおかげです」



 だが、どこへ? 俺を頼りにしている者たちを置いてどこへ逃げるんだ?




『ダグラス、この国を……頼んだぞ』

『民たちを……お願い、ね』


 おいていかないで、とドア越しに叫んだ。


 民たちと同様に、流行病に侵されても公務をやめず、民を守り続けた両親を、嵐は連れて行ってしまった。

 結果として、民への被害は最小限で、俺は一人になった。


 この時わかってしまった。


 人ひとりで守れるものには限界がある。そうして父と母の手のひらからこぼれ落ちたのは、自分の命と俺だった。それだけの話だった。


「強く、ならなければ」


 ああそうだ。俺は父上と母上に国を任された。


 俺は国王だ。


 父上のように威厳を持ち、母上のように寛大でいなくては。


「……だが、最後に笑ったのは、いつだろう」


 一人になった謁見室で、俺は呟いた。



 寂しい。


 寂しい。寂しい。


 一人は、凄く寂しい。


 王座は一人用だ。

 でも、それでも、誰か……。




『陛下、陛下』



 突然どこからか降ってきたその声で、一瞬にして光に包まれた。


 眩しいくらい明るくて、それなのに午後の陽だまりのように暖かくて。



『陛下のお父様とお母様は、もういませんの。けれど、わたくしはお側にいますわ』



 小さな羽の生えた天使はそう言って、俺の手を握る。



『絶対に、置いて逝くなんてことはしませんの』



 ここが現実なのか、夢なのかわからなくて、怖い。


 そんなことを言われたら、ずっとここにいたくなってしまう。この日々が、続くんじゃないかと思ってしまう。



『だから、ご安心なさってくださいまし』



 俯いたままでいる俺の額に、何かが優しく触れた。



『どうか、陛下がいい夢を見られますように』



         * 



 目が覚めると、そこは自分の部屋だった。

 何か、大事な夢を見ていたはずなのに、思い出せない。

 ただ、背中から何かが落ちそうになっていた。背負いあげる気にもなれなくて、そのままにすることにした。

 

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