12. クランベリーケーキは早く食べるべきですわ
廊下ですれ違いざまに陛下に呼び止められましたの。いきなりどうしたのかしら。
それはさておき、困っていること……。ああ、これは言っておかなければ……。
「ええ全く……と言いたいところですが一つだけありますわ! 陛下が笑わないことでひゅほ!」
「噛んでませんの!!」
こういう時にばっかり笑って……んもう!
最近こうやって怒っていることが多い気がしますわ。
気がつけばいつのまにか初夏も終わりかけ。もうすぐ夏がやってきますの。
最近では私も薄手の服を着ることが増えたのだけど……陛下は暑くないのかしら。流石にもう毛皮の外套は羽織られてませんけど……相変わらずの重そうなお召し物。
「陛下って寒がりですの?」
じゃあどうしてそんな暑いお召し物なのです!?!? 相変わらず陛下のことがよくわかりませんわ。
「まぁ! もしかして……」
クランベリーのケーキ! あの時城下町で初めて食べた時には甘酸っぱさに感動しましたわ。お土産にも買ってしまったほどに美味しくて、今では私の好物に。ティータイムということは陛下の好きな紅茶も新しいのが入ったのかしら。
「お時間がありましたら今すぐお茶会をしましょう!」
こんな暑い日ですもの、腐ってしまいますわ。ええ腐ってしまうまえに食べてしまいましょう! ちょうど三時ですし!
「半分こすればいいのですわ! だからそう落ち込まないでくださいまし……って表情はまるで変わってませんわね」
なのに落ち込んでるとわかりますわ。なぜでしょう、最近陛下の後ろに喜怒哀楽の陛下が見えますの……。
「さて、今日はどこでティータイムにしましょう?」
執務室では仕事が目につくでしょうし、私の部屋は……流石にはしたないですわね。だからと言って食堂は風情がないですし……。
「あの中庭がですの!?」
城中から丸見え、日当たり良好で寂しいくらい何もないあの中庭が……?
と手を引かれ、廊下を右へ曲がったり左へ曲がったり。簡素な割に大きいお城でしたのね。
そうして細い廊下を抜けると、そこには大きな木と小さなガーデンセット。花がたくさん咲いている小さな中庭がありましたの。光が差しつつ、テーブルセットは木陰に隠れていて。涼しい風が通り抜けますの。
「っ! こんな素敵なところがありましたの!?」
あまりの美しさに、中庭の真ん中で手を広げてくるりとターン。スカートがふわっと揺れるのがまた楽しくて、くるくるが止まりませんの。
……調子に乗った罰ですわね。酔いましたの。
そんなはしゃいでいる私を見て、陛下はまた笑うのです。いや、笑ってはいないのですけど、笑ってるのです。そろそろ、表情筋も感情と一緒に動かせてもいいのでは?
「ダグラス様、アレッタ様。ケーキと紅茶をお持ちしました」
いつのまにか中庭の入り口にジェームスが。どうして入ってこないのかしら。というか側にいたはずのクロエもいつのまにかいませんの。
「では、私はこれで」
持ってきたケーキを受け取れば、ジェームスはそのまま立ち去ってしまったのでした。
どういう事ですの???
また顔に出ていてしまったのか、陛下は私に
と教えてくださいました。
何ですのその優しいお声。何ですのその堅苦しい表情。といいますかそろそろ……
「陛下、私が見ていて暑いのでそのジャケットを脱いでくださいまし!!」
全く! せっかくの美味しいケーキに、素敵なお庭だというのに、そんな堅苦しいままで!! ぜんっぜん似合いませんの。とにかく見るに耐えませんの!
「ここは王家の方しか入れないのでしょう? 私の前で威厳を保つ必要はありませんわ。さっさと脱いでくださいまし!!」
陛下は目を丸くして、いそいそと脱ぎ始めました。
……あら? ちょっと待って下さいまし。この発言は少々、いえかなり良くないのでは? これではまるで私が痴女のようじゃない……。
「わあああああああ違いますの陛下!! 私ははしたなくないのですわ!! いえ、はしたないのですが!!!!」
気がついて叫んだ時には時すでに遅し。陛下はジャケットもベストも脱がれて、軽やかなシャツ姿でした。
申し訳ないのは私の方ですの陛下。臣下が陛下に脱げと命令するなんてもってのほかですの。私今までなんてことを……! 陛下にどう謝罪s……。
「ふぇ?」
何ですの? その罪なお姿は。
胸板でパツパツなシャツ。こめかみから首筋へ、すぅっと流れ落ちる汗。そしてそれを拭う仕草すら全てに色香がむせ返っておりますの。
胸がドキドキして……これってまさか……。
「……陛下、北は南と汗の成分が違いますの?」
そういうフェロモンが混ざっているとか!? だから陛下は厚着で隠して!?!?
錯乱した私に、陛下は淡々と冷静に答えますの。
「じゃあ何故ですの!?」
「陛下が常人よりも格好良すぎるのでづわ゛!」
恒例の陛下岩化、からの急に破岩。いえ破顔。
「なっ!!」
人が噛んだからって、笑って……! でもその笑顔は怒れませんわ。くしゃりと少年のような、その笑顔は。
それに、もはや押しかけ妻ならぬ押し付け妻として我が国から無理やり娶らされたようなものなのに、ずっと丁重に扱ってくださって……怒るどころか感謝しかありませんの。
民はもちろん、私の前でもいつも寛大で慈悲深く、国の全てを背負って王座に立っているお方。
「せめて私の前では、そのお顔でいて下さいまし」
「今のように、軽装で」
陛下はキョトン、と目を丸くされていますけれど。
「しっかりしすぎ陛下、お気楽令嬢が申し上げますわ。そんなに肩を張らなくていいのではなくて?」
きっと、ジェームスも、オリヴァーも、民も、陛下の犠牲の上で笑いたいわけではないのです。
「国王だからって何もかも気負う必要はございませんわ。威厳も大事ですが、一番は、自分と民が笑って過ごせるかどうかですの」
なんといっても、今は私がお側にいるのですから。陛下が何かしてしまっても、私が守りますわ。人を守るのは得意ですの。
「さあティータイムにしましょう?」
ってああもう、先ほどの反省はどこやらという風にまた偉そうに。恐る恐る陛下を見ると、憑き物が落ちたような、やっと安心できたような顔で微笑んでいました。
よかった、怒ってませんの。
「早く食べないとケーキが腐ってしまいますわ!」
ふふっ、バレましたの。
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