11. 嵐はいつか止みますの
「では僭越ながら私から……」
こういう初めての相手とババ抜きを楽しむ時の醍醐味といえば、性格からババの行方を推理することですわ。
クロエは……正直わかりませんの。本来一番知っているはずですが、だからこそこういうゲームに強いタイプだということは嫌というほど知ってますの。
「さ、どうぞ。引いてください」
恐る恐る真ん中のものを引きましたが……よし、ジョーカーじゃないわ。そして揃いましたの!
そして……、陛下は常にポーカーフェイスというか表情筋が機能してしませんけど、何となくわかりますの。これはババを持ってませんわ。逆に持っていたら、
「はい、どうぞ!」
「わ、私がババ持ってるかもしれませんわよ!!」
わざと一枚だけ高くして差し上げますの。迷ってくださいまし!
と思っていたのに、陛下はそのカードをあっけなく引いた上でさらにはペアが揃ったようで、クスクス笑ってますの。
「なっ!!」
笑ってくださるのはとても嬉しいですけどっ!! それとこれとは別と言いますか!!!
淑女らしくなく頬を膨らませ目を背けますと、今度はジェームスとオリヴァーが向かい合ってますの。祖父、孫対決ですわ……と緊張して見ていたのですが終始和やか。というかジェームスがオリヴァーのこと勝たせようとしてますの。
「オリヴァーさんってババ持ってます?」
「持ってませんよ」
「本当ですか?」
「俺はクロエさんには嘘つきませんから」
今度はオリヴァーとクロエの心理戦……!
正直オリヴァーの性格もあまりわからないのよね。とりあえず爽やかで人当たりが良くて仕事ができるというのは知ってるけれど。あと、クロエによく話しかけてますの。
「それはそれは部下思いの上司なことで」
「本音なんだけどなぁ」
ただクロエはサラッと躱わしているようですけど。クロエは人見知りだものね。距離の近いお方とか苦手ですし。オリヴァーも程々に……。
「というわけでお嬢様、またどうぞ」
って、取れとばかりのカードが真ん中に。前言撤回ですわ。オリヴァー、少々煩わしく思うくらいに話しかけても構いませんことよ。主人の私が許可しますわ。
そんなニヤニヤと……! 私がそんなに単純だと思って!
……取ってしまいましたわ。けど、あら? ババじゃくてよ?
「オリヴァーさんにババを持っているか聞く時点でわかりませんか?」
「ク、クロエ〜〜!!」
そんな風にトランプをしていると、いつのまにか会話が中心に。というか、いつまで経ってもババが回ってきませんの。私は早々に上がってしまいましたが、クロエ達はいつまで経っても揃わず。
「ほんと、多才ですよね」
なんて陛下とオリヴァーが言うものだから、多才というか……と思わずクロエと顔を見合わせてしまいました。
「私が多才なのではなくて、お母様が厳しかったのですわ」
「エラ様は……厳しいというか何というか……」
私のお母様である、エラ・フォーサイス公爵夫人は、少々変わったお方なのでした。
何といっても、一応貴族の令嬢という立場の私に厳しく料理、洗濯、掃除……いわゆる家事能力を叩き込みましたの。いっそ平民になっても余裕で生活できそうなほどに。
「ええ、そうですの」
他にも農業や商業、何なら工業まで齧らされました。お母様曰く「なんにもできない貴族……お父様みたいになってはダメよ。貴族なんだから逆になんでもできなきゃ!」とのこと。……理解不能ですわ。
「アレッタ様が農業している姿……想像できます」
「私は実際見ましたけど、とてもお似合いでしたよ」
ちょっとクロエ!? ってああオリヴァーが変なツボに入ってますの!
思い出し笑いを堪えているクロエに、お腹を抱えて笑い転げているオリヴァー、そして唖然としている陛下。
もう! こちらは大変だったというのに! というかクロエそろそろ不敬が過ぎましてよ!
「お嬢様とエラ様はよく似ていらっしゃいますよね」
「嬉しいような嬉しくないような……複雑ですわ」
クロエは陛下の声が聞こえてないのに会話がつながってますわ。珍しい。
ってあのお母様と似てるなんて……。それに似てる、というのでしたら。
「ジェームスとオリヴァーの方がよく似てますわ」
「そうですね。ジェームスさんとオリヴァーさんはよく似て……」
「あら、ジェームスは……?」
先ほどから会話に参加してませんけども。
とジェームスの方を見ればぐっすりと寝ていました。年配の方は寝るのが早いというけれど……今日はジェームスも疲れてるわよね。
「じいちゃん、寝てますね」
「今毛布持ってきます」
結局ババはジェームスが持っていたのでした。
そんなこんなで結局全員毛布にくるまって、雑談を再開。
「クロエさん今度仕事終わりに呑みに行きませんか?」
「お気持ちだけ頂きます」
「あら、行ってくればいいじゃない」
どうやら、若くして執事長になったオリヴァーにはお酒を飲みに行くような気軽な方がいないのだとか。もちろん奢りなんで……と言ってもクロエは一向に行く気がない様子。
そういえば私も学園を卒業したけれど、あの城下町のホットワイン以外でお酒を飲んだことってないのよね。美味しいのかしら。
「お酒なんて少ないくせに高くて溺れたら終わりですよ。やめておいた方がいいです」
「まだ何も言ってないわよ!?」
「だから、わかりやすいんですよお嬢様は」
むぅ……。何かクロエはお酒で失敗でもしたのかしら。
「ねぇ、陛下。お酒って美味しいですの? ……陛下?」
「ああ、これはほぼ寝てますね。ダグラス様のこんな気の抜けた寝顔久々に見ました」
「そろそろ夜も更けてきましたね」
陛下はうつらうつらと船を漕いでいらっしゃったのでした。流石に眠い時くらい表情筋も緩むようで、とても穏やかなお顔ですの。
これはもうお開きね。一番の目的である陛下は、落ち着かれたようですし。
と簡単に片付けをしまして。
「じいちゃんは俺がおぶって行きますから、大丈夫ですよ」
「……となると陛下は私が送るべきね。クロエ、暖炉の後始末を頼みますわ」
「かしこまりました」
寝ぼけてはいますが歩けるくらいには意識が残っているようで、手を引けばゆっくりとついてきますの。
「陛下、そこには段差がありますわ。お気をつけくださいまし」
ふと窓に目を向ければ、未だ雨はつよく降り注いでいて。夜中のお城に、雨の音と、陛下と私の足跡が響きました。
「陛下、着きましてよ」
流石にもう少し起きてくださらないと困りますの。私が勝手に誘っておいて申し訳ないですけど、殿方のお部屋に入るわけにはいかないのですから。
「陛下、起きてく……」
腕を揺さぶってもう一度起こそうとしたその刹那、雷鳴が鳴り響きましたの。
陛下は、ハッと目を覚まされて、迷子の子供のような表情に。
あの初めてお会いした日に、ジェームスは陛下のご両親が流行病で亡くなったと聞いたけれど……まさか、嵐の日だったなんて。
半分夢の中で、過去に苦しんでいる陛下は私の袖を握って、俯かれました。
「陛下、陛下」
「陛下のお父様とお母様は、もういませんの。けれど、私はお側にいますわ」
「絶対に、置いて逝くなんてことはしませんの」
もちろん、陛下が私をお側にいさせてくだされば、ですけど。
「だから、ご安心なさってくださいまし」
精一杯の背伸びで、俯く陛下の額におまじないのキスを。
「どうか、陛下がいい夢を見られますように」
おやすみなさいませ。
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