10. 陛下、怖い夜は皆で一緒に


「陛下、大丈夫かしら」


 ……結局夕食の時にも、陛下はいらっしゃいませんでしたの。お忙しすぎて溶けたバターのようになっていないか心配ですわ。

 なんて思いながら、クッションを抱きかかえて、ベッドでぼーっと天蓋を見ていた時、ドアをノックする音が。


     「アレッタ嬢、夜    分遅くにすまない」

「ひぇえか!? ってあう……」

 

 予想外すぎて舌を噛み、はしたなくドアを勢いよく開ければ……、ドアの前にいた陛下にクリティカルヒット。そういえばこのドアは外開きでっ。


「も、申し訳ありませんの!! お怪我は……」


     「だ、大丈夫だ」

 あわわ……額とお鼻が赤く……腫れでもしたらどうしましょう……! 冷やす物をっ。

 と慌てているわたくしを見て陛下はくすりと。

 ちょっと! 人が心配していますのに、何が面白いんですの!? こちらとしては深く反省しておりますが!


     「その……元気を    お返しに来たんだ」

 差し入れに添えてあったメッセージカードを読んでくださいましたの!? 書き終わってしまってから、やはり最後まで丁寧に書くべきだったと後悔しておりましたのに!


     「元気が出た。あ  りがとう」

 なんて私の葛藤は、陛下のはにかんだような笑顔にかき消されましたの。

 まるで少年のようで、ふわりと、くしゃりと、優しい笑顔……可愛い。可愛いですわ。もっと、もっと見たいですの。

 ……気がついた時には、陛下の頬に触れていましたの。欲というのは、少々厄介でして、満たされるとまた満たされたくて堪らなくなってしまう。


「冷たい、ですわ……」


  「っ!」

 けれど、同時に、あまりの冷たさに夢心地から覚めましたの。よく見れば、体がほんの少し、少しだけ震えていて。顔色は悪く、手は氷のよう。


「陛下、談話室でトランプでもしませんこと?」


   「と、トラン プ??」

 突拍子もないと思ったことでしょう。

 けど、こういう日は、一人でいてはいけませんわ。私だって、本当なら今すぐに休んで欲しいですの。けど、きっと、このままベッドに入っても寝れませんわ。

 怖くて、怖くて仕方がなくても、一緒にいれば怖くありませんわ。私が、守って差し上げますから。もう少し、嵐が落ち着くまで。暖かい所で。


「流石にネグリジェでいられませんし……軽装に着替えてきますわ。陛下も、暖かくて軽いお召し物に着替えてくださいませ」

   「え……」

「今日は一段落ついたのでしょう?」


 まだ寝る時間には、少し早いですし。

 ……ああなんて強引ですこと。自分でもそう思いますの。けれど、全部嵐のせいということにさせていただきますわ。


「では、談話室で」


 さて、どうしましょう。二人でトランプでは……寂しいわね。ジェームスもいるかもしてないけど不確定ですし。……クロエには悪いけれど。


「クロエも……一緒にトランプしてくださらない?」

「……残業代いただきますからね」

「勿論払いますわ!」


 クロエは眉を寄せて、呆れ笑いのような顔で、「談話室の暖炉に火をつけてきます」と言って用意をしに行ってくれましたの。

 さて、私も着替えてトランプを用意して……暖かいミルクも持っていきましょう。


         * 


「陛下、お待たせしました……ってオリヴァーもいますの?」

「準備をしている最中に偶然会ったのですが……」

「人が多い方が良いかと思いまして」


 部屋に入ると、陛下、クロエは勿論、ジェームスも想定内ではありましたが、オリヴァーまで。これは白熱しそうですわ。


「ああ、でもこれだとホットミルクが足りないわ」

「私の分をオリヴァーにあげますのでご心配なさらず」

「ありがと、じいちゃん」


 ああ、ジェームスの顔がデレデレに。いつもの完璧執事が一気に、孫大好きお爺様に……。なんだかいつもサラッとにこやかなオリヴァーも元気な少年のよう……。公私は分けるタイプなのね。

 陛下も和やかな眼差しで二人を見ていますの。


     「……こんな時間に   、すまないな」

「あら、それを言うのは私ですわ。私のわがままなんですから!」


 さて、ゲームを始めましょう。と、トランプを切りま……切りまし……。

 私が切ろうとすればするほど床にカードが落ちて行きますの。


「アレッタ様、私が親をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「た、頼みますわ……」


 は、恥ずかしいですの……。あんな勢いよく誘った私が切ることすらできないなんて……!

 へ、陛下笑わないでくださいまし! 表情変わってなくてもわかりますわよ!!


「さて、ではアレッタ様。どのゲームになさいますか?」

「そうね……」


 ポーカー、七並べ、大富豪、ババ抜き……色々ありますけどやっぱり。


「ポーカーかしら!」

「いいですね、ポーカー!」


 オリヴァーが賛成してくださって、陛下も頷いてくださったのでポーカーに決まりましたの。早速ジェームスが手札を配ってくれたので、ゲームがスタートしまして。

 ふむふむ……あら、あらあら、うふふふふ。


「降ります」

「ちょっとクロエ!?」

「そういうゲームですから」


 せっかくのロイヤルストレートフラッシュが決まってましたのに!!

 クロエが降りたことで察したのか、オリヴァーもジェームスも……陛下も降りましたの。か、勝ったのに屈辱ですわ……。


「私っ! 格好よく技名を言い放ちたかったですわ!!」


     「そこなのか……」

 陛下の目が点のように。

 いいじゃないの!! だってロイヤルストレートフラッシュってなんだか格好良いでしょう!?


「お嬢様、今技名と……?」

「も、もしかして違いますの?」

「役名ですね。わからなかったんですか? それに変なところで強運な上にわかりやすすぎます」

「顔に出てましたね」

「次は、別のゲームにしましょうかな」


 ク、クロエはやっぱり意地悪ですの!! そんな鼻で笑って……人を馬鹿にするように笑って……まあ少々誤った覚え方をしていたのは事実ですけども!! オリヴァーも頷かないでくださいまし!

 ……そんな私を差し置いて、ジェームスが次のゲームに変えますの。

 

「うぅっ! 陛下は何がしたいですの!?」


     「……何が、したい   ……ババ抜き… …とか?」

「わかりましたの!」

「何がですか?」


 ああそうだったわ。クロエとオリヴァーには陛下のお声が聞こえてないのでしたわ。

 二人ともわからなそうな顔でしたので、そのまま伝えまして。

 今度はオリヴァーがカードを切って渡してくれましたの。……あら、これあと一枚以外全部ペアだわ。最初に出せてしまいますの。

 うふふふ〜。


「お嬢様はまた強運なようですね」

「な、なんのことかしらクロエ」


 ギクリ。

 ど、どうしてわかったのかしら。本当に顔に出ているとか?


「私がもう一度切って配り直しますね」

「ちょっとぉ!?」

「これではゲームにならないでしょう?」


 というわけで、クロエがもう一度やり直しまして。自分の手札を確認した後、周りを見ますと……。

 私の手札はジョーカーがなく、しかしペアも一つだけ。

 クロエも同じく一ペアしかないみたいで、オリヴァー、ジェームスは同じく二ペア捨てまして。陛下は……ノーペア、ですのね。陛下……。

 

「時計周りでいいですかな?」

「意義なしですの!」


    「構わない」

 ということは順番は、ジェームス、オリヴァー、クロエ、私、陛下だわ。

 さてさて、どうなるかしら。

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