7. まさかの陛下が行方不明!?


「ちょっとこの剣借りますわよ」

「お嬢様、何をするおつもりで?」

「陛下を探しに行ってくるわ! シチューは頼みましたわよ!!」


 広場にあった誰かの予備の剣を借りて、獲物を運搬している荷馬車の乗り込み、狩場へ。動きやすい服装でよかったですわ。

 ジェームス、おろおろしてたわね。ごめんなさい。こうなったわたくしは止められないことをクロエが説明してくれると思いますけれど。安心して下さいまし。そこらの猪如きに負ける柔な筋肉はしておりませんの。




「陛下〜、どこですの〜!」


 山はまだまだ雪が残っていて、少し寒いですわ。逃走経路のために周辺の地理は学んできてよかったですわ……。森は深い上に迷いやすく……初見だったら私一人で捜索は無理だったでしょう。

 ……あらかた探したというのにまだ見つからない。いつのまにか狩り班もやってきて大捜索に。途中で護衛とも会いましたが、はぐれたとしか……。



「陛下! 陛下!」


 寒さで凍えてないかしら。どこかで痛い思いをしていないかしら。あの方お声が小さいから、きっと助けを求めても聞こえませんの。必ず見つけて差し上げますからご無事でいてくださいませ。出会ったばかりですが、貴方が死んだら私が嫌なのです。困りますの!



「陛下!!」


 こんなにも奥に来たのに、まだ見つからないなんて……。




     「……アレッタ嬢?     どうしてここに?」

 森の奥も奥で、陛下は犬を抱えて歩いていましたの。

 いや、陛下こそ、その犬どうしたのです? 見たところ足を挫いた狩猟犬のようですが。


 とにもかくにも……陛下が無事でよかった。


「細かいことは後ですわ。さっさと戻りますわよ」



 歩きながら話していると、どうやら大きな獲物に驚きパニックになった犬が怪我をしたまま逃げ出したのだとか。人に言っても誰も陛下の声を聞き取れないので自ら追いかけるしかなかったなんて……やっぱりその声量実害ありありじゃないの!

 陛下が軽く行方不明扱いで捜索されている現状を話したら落ち込んで萎まれてしまいましたわ……。まったく、表情は全く変わらないくせに。無事でよかったですわ!



「ねぇ、陛k……」


    「っ危ない」

 耳元で囁くように聞こえたお声、引き寄せられたことで突如目の前に現れたご立派な胸筋。

 油断していた私に、大きな猪が突進してきて……、気付いた陛下が私を守りながらも猪の目を射て……。

 胸の音とっ、体温とっ、そんなっ耳元で「大丈夫か?」なんて低くて優しいお声で言わないでくださっ……。


「わ、私、生娘でぢで!!! ……え?」


 今まで生きてきて体験したこともないようなシチュエーションに、思わず体を押すようにして逃げ出して、そこにあった何か……もう一度突進してきたらしい猪をザクっと。


 や、殺ってしまいましたわ。というか私は何を……。


 まとまらない思考のまま陛下を見上げれば、まさかの陛下も岩化。私はおそらく頭から煙が。

 現実逃避しようと、今度は下を向けば、そこには無惨にも犠牲となった猪が。

 ごめんなさ……ん? この猪、なかなか大きいのでは。


「陛下、この猪、今日一番の獲物なのでは!?」


 この一言でやっと人間に戻ったらしい陛下は、猪をよく観察した後頷くと、手際よく運ぶ準備を。私は猪を持ってくださる陛下の代わりに犬を抱きまして。


 こうしてお互い無言でスタスタと歩き始めたのでした。

 私、何か怒らせてしまったかしら。

 と思いながらも歩いていると、くしゃみが。流石に冷えたようですの。


    「風邪を引い   たらいけない」

 陛下が着ていたファーコートを肩に掛けてくださって……。目と目が合った時気づきましたの。陛下は耳が、陛下の瞳に映る私は顔が、真っ赤で……これは恥ずかしくてお互い顔を合わせられませんわ。これがお互い霜焼けだと思えたらよかったのですが。

 そのまま無言で歩いていると、森の外へ。


「ダグラス様、アレッタ様、ご無事でしたか」

「心配かけてごめんなさい、ジェームス」


 猪は運搬係に預けて、私は陛下と共に馬で戻りました。一応、次期王妃ということで。いつもならなんとも思いませんが、正直今だけは相乗りしたくなかったですわ……。あと陛下の背中の筋肉凄いですの。



「やっと帰ってきましたかお嬢さ……また何かやらかしたんですね」

「やらかしたってなによ!」

「大方失言でもしたのでしょう? というかその返り血……染みになる前に着替えてください。予備の服持ってきてますから」


 主人が無事に戻ってきて、開口一番がそれですの? とはいえ素直にお店の一室を借りて着替えますけれど。

 広場が少々騒がしいですわね。どうやら遅れてあの獲物も到着したようですの。


 着替えて、戻れば、もうすでに先ほど以上の騒ぎに。ああ、ジェームスが詳細を伝えに来てくださいましたわ。


「やはり、あの猪が一番大きかったですわね」

「流石でございます」

「射ったのは陛下よ。私じゃないわ」

「仕留めたのはアレッタ様でございますゆえ……」


 ヤケだったというか、パニックだったというか……でも確かに仕留めたのは私ですわね。


「今年の愛の捧げ人はアレッタ様となりました」


 あ、愛の捧げ人? あのプロポーズやら愛の言葉やらを云々のあれを、私が!? え、私が!?

 ちょーっと、待ってくださいまし。ええっと、あの気まずい雰囲気のまま、陛下に愛を伝えろと……? 無理ですの。

 助けを求めようとクロエを見れば、あの意地悪な顔をされ、もう一度ジェームスの顔を見れば「ああこれ逃げられませんの」と思わせられ……。



 夜の帳が下り、焚き火に火がつけられまして。民衆はシチューや串焼き片手に今か今かと待っていますの。


「今年の愛の捧げ人はなんと、今話題の次期王妃様。アレッタ様です!」


 司会の方、煩いですのぉ……。愛……愛……?? そんなロマンス物語のような甘酸っぱい物持ち合わせていなくてよ!? 愛……そういえば愛にもいろんな形がありますわね。これですわ!


 

「陛下、私は、陛下に一生の忠誠を誓いますの」


 今はズボンなので、令嬢らしいお辞儀ではなく、騎士のように片膝をついて。胸に手を当て、高らかに。

 民衆は大盛り上がり。陛下は……相変わらず表情は変わっていないですけど、驚いていらっしゃるのが、なんとなくわかりますの。

 私からの敬愛は、如何でしたか?



 そのまま盛り上がりに乗じてそっと舞台を降りて、陛下の元へ。


「これ、陛下のために買ったのに、渡すの忘れてましたの。つけても?」


     「あ、ああ……」

 デートの際に買った、シンプルな十字のブローチを首元につけさせて頂きました。

 さすが私、見立て通りですわ。よく似合ってますの。


     「なんだか、首輪を    つけられた気分だ」

「先ほど私が忠誠を誓ったのに?」


     「今は反対だな。…    …だが、悪くない   。ありがとう」

「ふふっ、どういたしましてですわ!」

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