6. 春の狩猟祭ってなんですの!?



「結局デートの意味教えてもらえたんですね」

「うぅ……陛下もクロエもどうして言ってくれなかったの!」

「まぁよかったじゃないですか、国王陛下を笑わせるという目的は達成ですよ?」


 お土産のケーキばかり見てないでわたくしの目を見て話を聞いてくださいまし、クロエ! と私は自室で腹を立てているのでした。


 もう一度思い出しますと、あれは王城に帰ってきて部屋に戻る寸前でしたわ。自室の方へ向かおうとした私に陛下は言ったのです。「デートは基本、好いた人と出かける時に使う言葉だ。使う相手には気をつけた方がいい」と!

 私はもう顔が焼石になったかと思いましたの。


「もう!!! 全部クロエのせいですわ!!!  人が知らないと知っていた癖に!!!」

「お言葉ですが、お嬢様が知らなかった方が悪いかと」

「なぜですの!? おかげで陛下の前で恥をかきましてよ!!」

「お言葉ですが、お嬢様に振り回されて婚期を逃した私のささやかな報復くらい許してください」


 うっ……それは悪いと思ってますわよ。殿下と結婚した後いい人を紹介するという約束がこんなことになってしまって。でもしょうがないじゃない略奪聖女によって浮気殿下になったのですから……。


 ……って私が心を痛めている間に、いつのまにかケーキを三切れも食べ終わってるじゃないの!


「と、というかお言葉ですがってつければなんでも許されるわけじゃないですわよ!」

「……」


 都合の悪い言葉は無視して……!

 食べ終わったと思ったら私が怒っている間に私の分までお皿を片付けて湯浴みの準備をしてますわ。

 まぁ、いじわるなところは嫌いですけれど、優しくて仕事のできるところは大好きですの。



「ああ、そういえばジェームスさんから、春の狩猟祭の予定について聞きましたけど」

「は、春の狩猟祭!?」


 珍しく驚いた様子で、「知らなかったんですか?」とクロエ。全く知らないですわ。なんですのそれ。日中あれだけ話す機会があったというのにどうして話してくれなかったのです陛下!?


「聞きたいことがあるのは分かりましたからさっさと浴槽に入ってください」

「ハッ! いつのまに脱がせて」

「はいはい、目を閉じないと沁みますよ」


 何かの流れ作業か何かかしら。もう勝手に慣れてきた頃とはいえ。


 あれよあれよという間に湯上がりほっこりに。これじゃあもう陛下に聞きには行けませんんわね。


「あとお嬢様、これはなんですか? 洗濯するところでしたよ」

「あああああああ!! 陛下に渡すの忘れてましたわ!」


 クロエが持ってきたのはあのアクセサリー店で買ったブローチ。これいつ渡しましょう。

 ああ、そうだ。その春の狩猟祭とやらで渡しましょう。そうだわそうしましょう、ええ。


「ありがとうございますわ、助かりましたの!」

「なんかまた自己完結してますね、さては」

「それで、春の狩猟祭っていつなの?」


 今日はたまたま暖かかったけれど、まだ寒いですし……来月とかかしら。狩猟用の服とかどうしましょう。実家にもないですし……。ああ、剣はあるけど弓はないわ。貸していただけるのかしら。


「明後日です」


 明後日……。明後日だと流石に実家から弓を取り寄せるのは……んん?


「明後日!?」

「はい、明後日です」

「嘘ですわよね?」

「いえ、明後日です」



         * 



 それで、まさか急いで準備している間に当日になるなんて思いもしませんでしたわ。

 国中朝からお祭り騒ぎですの。まぁ、その通りお祭りなんですけども。


「賑やかですね……」

「本当に賑やかですわ!」



 春の狩猟祭とは、春の訪れを祝って国の民全員が参加する祭りで、平民は王都や街の広場で肉料理に舌鼓を打ちつつ、狩猟民族の子孫、騎士や貴族の男性、強いては国王陛下は山で狩りをする。特に見どころはその日一番の獲物を持って帰ってきた人によるプロポーズや愛の言葉だとか。



「アレッタ様、お伝えするのが遅れてしまい……」

「普通嫁入りするとしたら、文化くらい学んでくるものですの。私も悪いわ。そんなに気にしないで下さいませ」


 逃げるつもりだったのもあって、周囲の地理しか学んで来なかったのがここで仇と……。これから年中行事についても授業があるでしょうし、頑張りますわ。

 ああでも、こうなるとわかっていればこんな見るからに狩猟用な服装で来ませんでしたわ。



「はい、どうぞ」

「ありがとうございます! 王妃様が自ら……」

「まだ王妃じゃないのだけれど……。熱いから気をつけて頂戴」


 ここまで張り切ってきたのに、ただ待つだけなんてつまらなすぎる……と思った私は、広場の調理班に参加しているのでした。


 ええ、そこのこちらを見ていらっしゃる貴族のご令嬢方、分かりますの。狙っていた王妃の座を突如として奪った他国の悪名高い公爵令嬢が肉シチューを民に配ってる図ですものね。分かりますけどその視線やめてくださいまし。このシチューあげますから。



「陛下がお戻りになられないぞ」

「何かあったのだろうか」

「まずは私が……」


 狩り班が騒がしいですの。何かあったのかしら。


「ジェームス、どうかなさいまして?」

「アレッタ様……ダグラス様のお帰りが遅いのでございます」

「なんですって!?」


 あの屈強なお体の陛下が遅いなんて……何かあったに違いないわ。まだ魔物は冬眠期間のはずですが……もしや先日の暖かい日で起きたとか!? こうしてはいれませんの!

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