5. あ、愛称呼びだなんて……!


「喜んでお受けしますわ!」


 そのまま手を繋いで、城下町へ。

 優しいエスコートなんて嬉しすぎますの。



 子供の笑い声。賑やかで活気のある人々。ふわっと香る美味しそうな匂い。

 青空の下、大通りには、露店やお店が立ち並んでいて。


「はわわ……はわわわわ……!」


 もちろんお忍びくらいしたことはありますわよ。ありますけれども。こんなに賑やかな所を自由に見て回れるのは初めてと言いますか……!

 串焼きや大きなソーセージに、プレッツェル、蒸し芋、果実水。あのワインのような大鍋に入っているのは……。


「あれはなんですの陛k……ゴホン!」


 お忍びなことを一瞬忘れてましたわ。気をつけなければ。

 で、でもなんて呼べばいいのかしら……。ダグラス様? いいえ、そんなに親しい間柄じゃないわ。いっそ偽名で……。


    「ダグ、でいい」

「まさかの愛称ですの!?」


 まるで恋人のようだわ。違うけれど。ただの無理やり嫁を取らされた哀れな王様と笑わせたくて嫁ぐことを決めた令嬢ですけれど。

 ほんの少し……その……恥ずかしいですわ。ですが、大人になったくせに、愛称を呼ぶくらいでたじろぐ方が恥ずかしいことはわかっておりますの。


「で、では私もアレッひゃげ」


 うわずった上に噛んで!!!

 恥ずかしいですの!!


    「ハハッ」

「噛んでないですの!!」


     「まだ何も言ってな   い……行こうか、ア レッタ」

「ええ、ダグ!」


 あ、少し笑いましたわ。……また表情筋が無に戻りましたの。

 そのまま、気になる屋台の方へ。陛下はじっと、串焼き店を見ていますの。

 もしかしてお腹が空いていらっしゃるのかしら。私も準備でお昼を食べられていないのよねぇ。

 ……ジュージューと焼ける音が耳をくすぐり、香ばしいお肉のいい匂いが鼻を通り抜けて。


「へ……ダグ、買いましょう」


   「!?」

「この串焼きを二ついただけるかしら?」

「毎度!」


 お金を渡して、お肉を受け取って、一つ陛下に渡して……。

 パクりと一口。

 焼きたて熱々で肉汁ジュワッと……たまりませんわ。それにしてもこれこの後どうやって上品に食べようかしら。

 陛下を見ると、一口も食べていらっしゃいませんの。私の早とちりだったとか……。

 

     「……下の肉は、食    べづらくないか?」

 へ? ちょうど迷っていたところではありますけど。でもこのような形状な時点で食べずらいのは宿命……。


     「俺が下の肉を食 おう」

 そういうと、陛下はひょいっと私の食べずらいところしか残っていない串と、まだ食べていないのを交換してくださいました。

 ……優しすぎませんこと?


     「それと、料金  を……」

「私が誘ったのですから払わせてくださいまし。でないと、私の矜持が許せませんの」


   「……」

「納得いかないのはわかりますが、私は傲慢なのですわ!」


 なにせ、悪役のような立ち位置ですし。ああ思い出したらイライラしてきましたわ。怒って串焼きを食べ切ってしまいました。なんて勿体無い……反省ですわ。

 ふと陛下を見ますと、大きなお口に鋭い八重歯で……なんというか王族らしからぬワイルドな食べ方をなさっていましたの。

 な、なんでしょう、こう……凄くかっこいいですわ。


     「こっちにも、う   まい店がある」



 と、そのまま気になっていた屋台を一通り周りましたの。全部美味しくて、ちょっとコルセットを締めるのが怖いくらいに食べてしまいました。特にホットワインとクランベリーのケーキが最高でしたわ!

 陛下も口数は少なくても優しくて、聞き上手で。ついつい饒舌に。


 ……そろそろ日も暮れてきましたわね。


「ん? このいい匂いは……ってキャァ! …………そういえば手を繋いでいたのでしたわ」


 まるでリードにつながれたやんちゃな犬のような状態になってしまい、そのままよろけて、陛下のご立派な胸筋に後頭部がクリティカルヒット。そーっと上を向いて陛下を見れば……本日二度目の岩化。


「助かりましたわ!」


    「しかし……」

「手を繋いでいたおかげですの!」


 ああ、そんなシュンとなさって。表情筋は相変わらず動いていないのにわかるほど……。


「ダグ、ここのお店に入っても?」


 聞いておきながらも有無を言わせずズカズカ入りますの。今度は先ほどみたいにならないように手を引いて。

 ちょっと気まずい雰囲気になったらさっさと次の話に変えるのが一番ですから。

 

     「こ、ここは俺が入    っていいのか……?」

「何言ってますの。殿方がお財布……選ぶ係となって入るのなんてざらにありますわ」


 ご学友の令嬢方もよく婚約者様をお財布がわりに連れ回しておりましたわね。まあでも陛下が気後れするのも無理はありませんの。アクセサリーショップなんて殿方はあまり出入りしませんもの。

 でもどうしても買いたいものがあるのですわ。ショーケースに飾られていた、陛下の瞳の色のような水色のリボン。普段使いにもパーティーにも良さそうなデザインで、屋台を周っている間もずっと頭から離れませんでしたの。


「これっ……」


 買おうと手に取った時、隣の十字のブローチが目に入りました。シンプルなデザインで、陛下が普段着ている服に似合いそうですの。

 そっと、お財布を確認しますと……流石にショーケースに並べられているものを二つも買うほどは持ってきておりませんでした。不覚ですわ。

 クロエとジェームスにお土産も買いたいですし……リボンは諦めましょう。

 代わりに陛下へのブローチを買いまして、と。さて。


「ダグ、何かお気に召すものはございまして?」


     「いや、特には ……」

「ではお土産にクランベリーのケーキを買って帰ろうと思うのですが……いかがでしょう?」


 そういうと、陛下は少し考えられてから、大きく頷きましたの。これはYESってことかしら。



「ケーキの屋台はあちらですわね」


     「ああ……すまない   、先に行っていて くれ」

「? わかりましたわ」


 お花でも摘みに行くのかしら。私ったら配慮が足りてなかったですわ……。



 そうしてケーキを買ったのですが……まだでしょうか。案外時間がかかるものですのね。お店で借りればすぐだと……まさか口下手すぎて借りられないとか、怪しい商売人に引っ掛けられてしまったとかだったらどうしましょう!


     「遅くなった」

「陛下無事ですの!?!?」


     「は? ぶz……」


 ついあちこちペタペタ触って確かめてしまいましたが、何もなかったようで一安心ですの。


     「よくわからないが    、俺は大丈夫だ。    ……アレッタに、これ    を渡したくてだな」

「これ……」


 私が諦めたリボン……。しかも宝石もついて。


「フフッ……綺麗……」


 日が完全に落ちて、街に光が灯って。

 陛下の瞳色のリボンに、瞳奥の深い青のような宝石がついていて。これが恋人同士だったらどれだけ熱烈なラブレターだったことでしょう。

 クロエには悪いけれど、せっかくセットしてもらったサイドテールを解いて、いつものハーフアップに戻しまして。


「つけてくださいませんこと?」


 陛下につけてもらって。


     「すまない……」

「お願いしたのは私ですわ! それに、これがいいですの」


 不恰好なリボンが、とても嬉しい。慣れない手つきでしたものね。

 ああ、なんて穏やかなのでしょう。


「陛下、さあ帰りましょう」


     「ああ……言い忘れ    てたがさっきから呼   び方が戻ってる」

「そ、そういうことは早く言ってくだしゃいまじ!!」


 まったくもう!!



    「よく、似合って いる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る