2. 私貴方の妻になりますの!


     「ありがとう……」

 応接間にはすでにお茶の用意がされていて、先ほどまで王座にいらっしゃった陛下がソファに腰をかけていらっしゃいました。

 え……これって……。


「ま、魔法か何かですの??」


 思わずそう言うと、陛下とジェームスは目が点のように。クロエはまた頭を抱えましたの。


「お嬢様。お嬢様が宰相様と“お話”されている間に、国王陛下はもう謁見室を退室しておられましたよ。国王陛下自ら案内しようとしてくださっていたのにお嬢様ときたらそのご厚意を……」


 どうやらわたくしが周りを見ていなかったのが原因なようで……その……ごめんなさい。わざとじゃなくってよ……。

 ああ、もう、クロエ。目は口ほどに物を言う、を体現しないでちょうだい! どれだけ私がその菫色の瞳に叱られてきたと思ってるの! わかりますわよ、言いたいことは! ごめんなさい!!



「とても愉快なお方ですね、ダグラス様」


     「ああ。くるくると    表情が変わって愛らし   いな。彼女は」


 愉快だなんて! というか愛らしいってなんですの!?

 全く表情の変わらない陛下と穏やかに微笑んでいるジェームスは、私の百面相で談笑しておりました。

 心外ですわ!


「ちょ、ちょっとそこ! 聞こえてましゅのひょ!」


 うぅぅ……。舌が痛いですわ……。


「お嬢様……」


     「今噛んで……」

「ましぇん!!」



 ……私は完璧な令嬢だと自負しておりますの。必死に維持した抜群のプロポーションを誇りに思っていますし、王妃教育を受けていたこともあって令嬢の鏡と学園で名を馳せておりました。

 少々欠点としては、思っていたことがすぐ口に出て、しかも大事な時に限って噛んでしまうのです。

 身内しか知らない欠点だったというのに、まさか他国に嫁いできてすぐにバレてしまうなんて。……うぅっ!



「噛んだ噛まないなんて、そんなことどうでもいいじゃないの!」


 私が叫ぶように言うと、すかさずジェームスがフォローしてくださいました。


「ほほ、ダグラス様、女性……特に妻となる方の機嫌を損ねてはなりませんよ。しかも、ダグラス様の声が聞き取れる方なんてそうそういませんぞ」

「国王陛下は何も仰っていないような……」

「あらクロエ、貴女も聞こえていないの?」


 クロエは何が何だかわからない様子。まあ、私くらい耳がよくなければ無理よね。


「僭越ながら、私めから話させていただきます」



 ジェームスが言うには、先王夫婦……つまりは陛下のお父様もお母様も十数年前の流行り病で亡くなっていて、ご兄弟もおらず、お妃様探しは死活問題に。

 けれど陛下はこの強面と小声のせいで、23歳になった今の今までお妃様どころか婚約者すらできず、側近一同頭を抱えていたらしいですの。

 そこに罪人とはいえ、他国から無理やり嫁がされた私が登場。一応他国の公爵令嬢だからメンツも保てます、と。

 それより罪人扱いですのね、私。あの浮気殿下もう一発殴ってくればよかったですわ。

 


「ダグラス様の御声はとても小さく……私も最近耳が遠くなっているものですから、アレッタ様が御耳の良い方で嬉しい限りでございます」

「ふふん! 私は悪役ですもの! 小さな声だなんて陰口で慣れっこですわ……って笑うところですのよ」


 自虐なんですから。そうですか、そうですか。私は罪人なのですか!

 ふ、ふふふ、ふふ……。浮気をしたのは殿下ですのに。



     「慣れてはいけない    と、俺は思うんだが…    …。アレッタ嬢は強い のだな」


 ……慣れてはいけない? 私は……強い?


 いいえそんなことは置いておいて。……笑いも、怒りもせず、ましてや納得するのではなく、同情してくださるなんて。

 私は最初、この方をなんて呼んだの?

 薄々思っていたけれど、この人絶対悪逆王じゃないわ。むしろ心優しい善人じゃないの。

 考えてみれば簡単なことだわ。あんな蔑称、グレイシャルの評判を下げたい周辺諸国のでっち上げだったのね……。


「いいえ、私は陰口を仰っていた方々と同じですわ……。謝罪申し上げますの。貴方は絶対悪逆王なんかじゃないのに、デマを鵜呑みにした上にあんな風に言ってしまって……」


     「……いや、アレ    ッタ嬢は強い。己を信    じ、謝罪のできる人は    、なかなかいない。こ    んな所に無理やり嫁が    されて嫌だろうに ……」

 このお方……陛下はどうしてこんなにも寛大なのかしら。まさしく王に相応しい。あの浮気殿下の方がよっぽど向いてませんわ。私だって、このお方には敵わない。私、殴ってしまいましたもの。今でも許すつもりなんてないですし。

 

 ……悪逆王からなんて逃げてしまおうと思っていたけれど。


「決めましたわ! 私、貴方の妻になりまひゅわ」

「お嬢様……」


     「ふふっ……またっ    ……噛んでっ……」

「ませんったらません!! 私が妻になるからには、その怖ーいお顔と小さすぎる声を直していただきますわよ!」


 さっき謁見した時に思いましたけれど、やっぱりその、目つき、顔つき、体つきは怖いですの。いや体つきに罪はないのですけれど。

 

     「プッ……ハハハッ   !! フハハッ!!」

 陛下はクツクツと笑い始め、いつのまにか爆笑なさっていました。な、何が面白いんですの! 何が! 人が真剣に考えている時に!

 と、いいますか……そ!


「それですわ陛下! そのお顔です!」

「ダグラス様のこのような顔……私久々にお見受けしました……」

「とてもいい笑顔ですね……」

「あぁまた険しくなられましたわ! ダメです!! 眉間の皺をこう、伸ばして!!」


 思わず、陛下の眉間の皺を物理的に伸ばそうとしたけれど……なんて硬いのかしら。

 ああもうテーブルが邪魔だわ。もっと力を入れないと。


「側から見たら嫁いできたご令嬢が国王陛下の眉間の皺を伸ばそうとしてる変な図ですよ、お嬢様」

「ほほ、頼りになりそうな方で私めは嬉しい限りでございます」


 


 こうして、私の、陛下汚名返上計画が始まりましたの。


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