3. 私の必殺技でも笑わないんですの!?



「お……様、おじょ……ま」


 うう、なにやら黒い物が私を揺すって……煩いですの……あと五分眠らせてくださいま……。


「お嬢様!! 起きてください!」

「ひゃあ! 起きますの!」


 ああ、クロエの黒髪でしたの。あまりに激しく揺らされたものだから、残像でわかりませんでしたわ。それで……ここは……。

 辺りを見回すと、少なくとも自室ではないことがわかりましたの。シックでありながら豪華な内装。暖炉と伝統工芸品らしいカーペット。窓から見える雪国の青空。


「……私、昨日グレイシャルに嫁いできたのだったわ」


 悪逆王と結婚なんて逃げようと思っていたら、なんとも予想外な方だった。優しくて寛容で、思わず仕えたくなってしまうような。そんなお方だった。


「寝坊お嬢様、お湯を持ってきましたので、さっさと顔を洗ってください。その後着替えて、朝食ですよ。遅刻したらどうするおつもりで?」


 あ、これ相当怒ってますわ。これ以上怒らせないようにしないと大変なことに……。

 というわけで急いで言われた通りにしますの。


「それにしても、国王陛下はお優しい方でしたね」

「そうねぇ。普通悪女が妻として送られてきたら酷い扱いするものじゃなくて?」

「まさか初夜どころか婚姻までせず、ここまで至れり尽くせりとは……」


 わたくしは妻になることを宣言した時点で、逃げる気など毛頭なく、婚姻でも良かったのですが……「無理やり嫁がされて婚姻なんて酷すぎる。いざとなったら逃げられるように」と陛下が譲りませんでしたの。

 それで結局婚約だけ結んだのでした。


「はい、メイクもお着替えも終わりましたので、食堂へ向かいますよ」


 と、もう城内図が入っている有能なクロエに引っ張られて食堂へ。朝のクリアな思考で考えてみると……なぜ婚約なのかしら。

 浮気殿下事件のように、婚約だなんていつか破棄されるものだし……陛下はお見合いが上手くいかなかっただけで想い人でもいらっしゃるとか? まあ、陛下の強面や小さなお声が治ればきっと成就するでしょうし、それまで婚約者でいさせていただきましょう。




「陛下、おはようございますわ」


     「ああ、おはよう… …」

 食堂に入ると、陛下はすでにお席に座られていらっしゃいました。私も席に座りますの。

 それにしても陛下は今日も朝から酷く怖い顔ですわね。そしてさすがにもう驚きませんけど……真逆すぎるほど小さくて優しいお声だわ。


     「……よく、眠れた か」

「ええとても。私、寝具が変わっても熟睡できますの!」


     「……そうか」

 なんなら寝坊してクロエに怒られたほどですわ。って、あ、少し微笑みましたの。口角が一ミリほど上がってますわ。


 さて、運ばれてきた朝ご飯は……。

 野菜たっぷりのスープ、焼きたてプレッツェル、チーズ、サラミ、マッシュポテト……。意外だわ。


     「その……気に召さ    ないかもしれないが」

「なんだか実家の朝食に似てますの!」


 てっきり地面からとれるものは貧しいなんて考える王族らしい、そんな不健康なお肉ばかりなご飯かと思いましたのに。ってあの忌々しい王城での会食を思い出してしまったら少々吐き気が。


     「……意外だ」

「我が家は公爵家とはいえお母様が元平民なのもあって、農作物に偏見はありませんの」


 お父様は昔偏見を持っていたようですが……お母様に教育されましたし、なんて考えながらスープを一口。野菜の旨みが口いっぱいに広がって……たまりませんわ。


     「あぁ、なるほど」

 何がなるほど、なのでしょう。あ、このマッシュポテトも味が濃くて美味しいわ。なめらかで。

 ふと、陛下の方を見ると……、凄い綺麗な所作。さすがは王族ですの。私も王妃教育でマナーは厳しく叩き込まれましたけど、美しさが段違いですわ。……あ、目が合いましたの。


     「口にあったようで  何よりだ」

「えぇ! とても美味しいですわ!」


     「……我が国は、自    然の恵みを大事にする    。他国に比べると農作   物の出来がいい」

「とてもいいと思いますわ! 健康的ですし!」


 なんだか、この国とは肌が合う気がしますわね。上手くやっていけそうだわ。


 なんて気分をよくしてパクパク食べているうちに、いつのまにかお皿に何もなくなっていましたの。

 食事の際は相手にペースを合わせる。基本中の基本ですのに私ったら……と陛下を見れば、どうやら合わせて下さったようで。相変わらず優しいですの。



「シェフに、美味でしたわ。ありがとうと言付けを頼みますわ」

「か、かしこまりました」


 と、お皿を下げにきた使用人に頼みましたところで。

 お昼は何かしら。今から楽しみですの。あら、そういえば……。


「陛下、私これからどうしたら良いのでしょう? 嫁いできたのですから、王妃教育とかありますよね?」


     「……来たばかりで    疲れていないのか?」

「いいえ、全然」

 

 陛下が、なんだこのタフさ……って目をしてますわ。いえ、当初は逃げる予定でしたので本当に全然王妃教育なんて楽ですの。


     「予定より早いが…   …ジェームス頼む

「御意」


         * 



 そうして日々、午前中は王妃教育、午後は城内をお散歩して……今日も好きに陛下を観察しているのでした。そろそろこの生活にも慣れてきましたわ。

 声は声帯の問題もあるかもしれませんが、表情は違うもの。絶対に原因をつきとめて見せましょうと意気込んだはいいものの……。


「……これは難問ですわ」



 陛下は、食事中も、鍛錬中も、公務中も、謁見中も、休憩時間すら全て表情が一切変わりません。眉を寄せてしかめっ面で……なんですの! これでは声が大きくなっても誰も近寄らないわ!?

 もう我慢できませんの!


「陛下、陛下! 何をそんなに怒っていらっしゃるのです?」


     「……怒ってはいな いが」

 この顔で怒っていないなんて表情筋がおかしくなっているのかしら! もうこうなったら意地でも笑わせて差し上げますわ……!



「バァ!」

 


 ご覧になりまして? 私一番の変顔を!

 ご令嬢には相応しくないと、後でクロエどころか家族全員に怒られますが、これをすれば皆様笑ってくださるほどの破壊力ですわよ!



     「……どうした?」

「わ、私の変顔が通じないですって?」


 ま、眉すらぴくりとも動かさないなんて……。そんなの……。


「悲ししゅぎましゅわ゛」


    「プッ……」

「噛んでません!!」


     「……まだ何も言っ  てない」

 そう優しく呟くと、陛下はまたクツクツと笑い始めました。眉間の皺は取れ、眉は下がり、目尻が低く。思わず守りたいと思ってしまうようなお顔。

 ……なんですのなんですの! もうなんですの! 私の変顔では笑わないというのに!



「……お嬢様」

「ヒィッ! ク、クロエ……これは深い訳が……」

「ご実家の奥様に報告ですね」

「か、勘弁してくださいましーーー!!」


 もう私は本当に焦っていますのに、陛下ときたら私の懇願を見て今度はクスクスと……!

 いつもその顔でいて欲しいものだわ。


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