05-10 ガレキの城の空白Ⅲ




 ガレキの城、100階層。バアルが沈む回復水槽の前には、大きめの丸テーブルが設置された。テーブルの中央にはクッキーという焼き菓子が置かれ、テーブルの周囲には放射線状に5つの椅子が並べられている。


 席に着いているのは5体の魔物……【ドド】、【シンロン】、【ヘクトリッテ】、【ミミルミル】、【リコリス】……すなわちガレキの城の最高戦力、『四天王』の面々である。こうして5人全員が揃うのは、アナトが死んでから初めてだった。


 会議の開催にあたり、4人全員に声を掛け、出席を渋る面々を説得し、どうにか招集にこぎつけた立役者ミミルミルは、すでに疲労困憊していた。椅子にもたれかかるように座り、兎耳をしおらせながら、自分で淹れた紅茶をすすり、自分で焼いたクッキーをつまんだ。口の中に放り込むとシナモンの香りが鼻腔をくすぐりサクサクとした歯触りのあとで甘い味が口いっぱいに広がった。


 美味しすぎて疲れが吹き飛び、ついでに会議に懸ける想いも吹き飛んだ。会議はドドに任せ、自分は静観することに決めた。


 テーブルの周辺には参加者たちのけだるい空気が漂っている。同時に『自分だけは面倒ごとに巻き込まれてなるものか!』というある種の緊張も感じられ、ミミルミルが苦労して焼いたクッキーを誰も食べなかった。


 これだから四天王はダメなのだわ。


 と思いながら悲しい気持ちで待っていると仮面をつけた赤マントの男……ドドが立ち上がった。


「忙しい中、招集に応じていただき感謝する。諸君に集まってもらったのは他でもない。すでにミミルミルから聞いていると思うが、バアル様不在の期間のダンジョン運営を我々5人で行うためである」


 とドドが開幕の口上を述べた。


 さあ始まったのだわ! とミミルミルは意気込んだ。ドドはみんなをやる気にさせられるのか。まずはそのハードルを越えることが課題だ。

 

 すると頭から2本の角を生やした大男……【シンロン】は読んでいた分厚い書籍をパタンと閉じた。シンロンは力任せの脳筋戦法を得意としながら、読書を嗜む一面も持ち合わせている。


「発言をしてもよろしいゴン?」


 とシンロンが言うと、ドドは「もちろんだ」と答えた。シンロンは最強の生命体とされる龍属の魔物である。しかし語尾にゴンをつけることをバアルに求められ、それを律儀に守る悲しい生き物でもあった。


「俺たちにはダンジョンマスターの権能や権限がないゴン。魔物の購入や名づけ、設備の設置といったダンジョンマスターの仕事はできないのに、どうやってダンジョンを運営するゴン……具体的に何をしたらいいんだゴン?」


 ドドは淀みなく答えた。

 

「シンロンの言う通り、我々だけでバアル様の代わりを務めることはできない。バアル様の権能は唯一無二であり代わりをしようなどという考えが烏滸おこがましいのは重々承知している。私は四天王がバアル様にとって代わりガレキの城の秩序を乱そうとしているわけではない。むしろ逆で、四天王全員で協力してガレキの城の秩序を守ろうと言っている」


 さすがにバアルに取って代わろうという野心家だけあってスピーチが上手い。けど前フリが長いのはドドの悪い癖だわとミミルミルは思った。質問に答えればいいのにそうしないのは、ドドが質問に回答するよりも自分の意見を語ることを無自覚に優先しているからだ。


「具体的には、まず『反逆の抑制』。バアル様がデリートの権能で行っていたダンジョンの治安維持を我々の武力を以て代わりとする。次に『人事権の代行』。各階層への魔物の配置、運用を我々が行う」


 とドドがいうと今度は蛇の骨を首に巻き付けた女……【ヘクトリッテ】が「いいかしらぁん?」と口を開いた。彼女だけは生身での参加が叶わず生霊を飛ばしての参加である。ガレキの城の玄関、第1階層『死の音がする森』のボスを務めるヘクトリッテにとって、第100階層は遠すぎたのだ。

 

「武力で治安維持……と言っても、あまりピンとこないわぁん。バアル様は気に入らない奴や使えない奴をデリートしていただけ……四天王がそれをするってどうなのおん?」

 

「そういう言い方はよくないな。その言い方ではバアル様が適当にデリートをしていたように聞こえる。バアル様はわれわれには理解できない高尚なお考えの上でデリートを行っていたのだ。我々にはバアル様のような判断はできない。だからこそ話し合って罪を裁くのだ」


「話し合いってそもそもダンジョンの善悪も決まってないのよおん。強いて言えばバアル様そのものがルール……ヘクトリッテたちは何を基準に『悪』を決めるのおん?」


「君の言う通り、善悪の基準は定める必要があるが、生き死にを生業とする我々が道徳を語るわけにもいかない。我々にとって明確に悪と言えるのはガレキの城の存続を危険にさらす行為……例えば、裏切りや仲間殺しなどは断罪に値するのではないかな?」


「仲間殺しいん?」

 

 とヘクトリッテが言ったとき、全員の視線がリコリスに集まった。『仲間殺し』と聞いて真っ先に連想するのがリコリスだったからだ。他のメンバーも仲間殺しはやっているのだが、なぜかリコリスを責める雰囲気になったのは普段の行いが悪いからとしか言えなかった。


 リコリスは仲間殺しの常習犯で、それを責められても弱いのが悪いと開き直っている。リコリスにとって『仲間』とは同じダンジョンに所属する者を指すのではなく、自分に並ぶ強さを持つ者を指すらしい。


 リコリスは皆に注目されていることに気が付くと悪びれもせず「ホホホ」と笑いだした。「ホホホホホホ」と周りの四天王たちを小馬鹿にするようにリコリスは笑い続け、十分にヘイトを上乗せしてから、口を開いた。

 

「つまらないワ。こんなお話をするために、わらわは呼び出されたのですカ? もっと楽しいお話をすると思ってましたのヨ。だれが魔物のなかで一番強いか決めるトーナメントをやるとか、くじ引きをして当たった国を亡ぼすとか……わくわくするようなお話をわらわは期待していたのに、それが秩序? 治安維持? ホホホ、皆さん、本当にまじめでいらっしゃるのネ」

 

「貴様ッ! バアル様の前でする発言か!」


 ドドは声を荒げてしまった。あーあ、とミミルミルは思った。


 リコリスが会議そのものをひっくり返すような発現をすることは事前に予想しておくべきだった。リコリスが最もやる気がなく、さらには四天王を抜けたがっている……という情報は事前に伝えておいたはず。

 

「そもそもこのような状況を招いたのはバアル様の落ち度。わらわたちは尻ぬぐいをするわけですから、いい思いをしたいですワ。こんなのは所詮『ダンジョンマスターごっこ』。どうせごっこ遊びをするならもっと楽しい役を演じたいワ」


「ごっこ遊びだと! ダンジョン運営は遊びではない!」


「ホホホ、いつもバアル様は酔っ払いながらダンジョン運営してましたのヨ? 遊びでないにしても、真面目にやることとも思えませんが」


「リコリス貴様! 我々の前でバアル様を侮辱するか」


「侮辱などしていませんヨ。事実を申したまで」


「やめるのだわ!」


 収集がつかなくなりそうな事態になる前に、ミミルミルはふたりを制した。


「ふたりとも、クッキーを食べて落ち着くのだわ!」


 ミミルミルが素早い手つきでクッキーを手裏剣のように投げると、リコリスとドドは指で挟むようにキャッチした。


「あー、なんかしらけたゴン。悔しいけどリコリスの言うことにも一理あるゴン。俺たち強いだけが取り柄で、ダンジョン運営なんてできないゴン。知ったかぶりでやってもどうせ上手くいかないゴン」


「今までバアル様に言われた通りにやってただけで、運営とか全然わからないからねえん」


 シンロンとヘクトリッテの心が会議から離れた。彼らの言葉にミミルミルは会議の終わりを感じた。リコリスが終わらせた。


「アラ、おいしいですワ」


 とクッキーを口に運んだリコリスが顔をほころばせた。会議が終わったことは悲しいが、クッキーを褒められてミミルミルはうれしくなった。


「さあ! どうやら会議はここまでだわ! みんなもクッキーを食べるのだわ!」

 

 ミミルミルがクッキーパーティーを始めようとしたとき、ドドが言った。

 

「いや、待て。確かに会議は瓦解した。我々をまとめられるのはやはりバアル様を置いて他にない。それがわかっただけでもよしとするよ。だがひとつだけ、ハッキリさせたいことがある」


 ドドは手にしたクッキーを口にほうりこみ味わいもせずに飲み込んだ。取り繕ったポーズはもうやめたようだった。


「『ヘルメスのダンジョンをどうするか』ですカ?」


「そうだ。私がこのような合議を提案したのは、皆でやつのダンジョンを滅ぼしたかったからだ」


「それならそうと早く言えゴン。その話題ならやるかやらないかだけだし、たぶん意見が割れることもないゴン」


 ミミルミルも同感だった。


「どう思う、リコリス? 君の意見を聞きたいな」


 皆がリコリスに注目した。


「わらわはバアル様の指示があるまで手を出さない方がいいと思います。バアル様は事前に『殺すな』とわらわたちに指示をしていたのですから」


「あら、意外だわあん。リコリスはヘルメスのダンジョンを滅ぼしたがっていると思ったのに」


 ミミルミルも意外だった。部下を殺された雪辱に燃えていると思っていたからだ。だからこの件については全会一致をするものだと思っていた。


「あれだけのことをされたのだ。報復しない選択肢はない」


「あいつらの成長速後はマジ危険だゴン。これ以上強くなる前に潰しておくべきゴン」


「そろそろ森のみんなも我慢の限界なのよねえん」


「私も滅ぼしておくべきだと思うのだわ」 

 

 ドドはリコリスに言った。


「どうするリコリス、4対1だ」


 リコリスは「ンー」としばらく考えた。


「わかりました。新入りは『殺す』のですネ……ならばその役目はわらわに任せてもらえないでしょうカ。あの子たちには借りがあります。殺された部下の敵討ちをわらわにやらせてほしいのです」

 

「お前は部下を失っている。ひとりでやるつもりか」


「きっと〈見切り〉も対策されているのだわ」


 というとリコリスは「ホホホ」と笑った。


「能力がバレてもやりようはあります。どうにかします。わらわひとりでもがんばりますワ。命を懸けて……!」


「おお!! さすがだリコリス」


「頑張るゴン!」


「それでこそ四天王の鑑だわあん! 森の魔物は邪魔しないよう抑えておくからぞんぶんに敵討ちをするのだわあん!」

  

 リコリスの発言に、会場は心から拍手を送った。先ほどまで全員で攻め込む雰囲気だったのにリコリスがやると言ったとたん、皆一斉にリコリスに丸投げしはじめた。頑張れ! と口では応援しながらも誰もリコリスを助けようとしない。


 みんなリコリスに死んでほしいからだ。


 リコリスがヘルメスのダンジョンで死んでくれれば、四天王5人いる問題は解決するし、会議の輪を乱すやつもいなくなる。しかも自分から死にに行くと言ってくれたのだから、罪悪感も抱かずに済む。


 皆の声援は事実上「死ね」「死ね」「死ね」と連呼されているのに等しいのにリコリスは悦に入っているのか、楽しげに笑っている。救いようのないバカだ。もっと賢く立ち回るやつだと思っていたのに。


 空気を読まない発言をして、みんなの輪を乱すから、こういうことになるのだわ。 


 ミミルミルは心の中で毒づいた。生死を分けるのは戦闘能力ではなく、政治力。周りと上手くできないリコリスはたった今、政争に敗れ自ら死地に向かう。ミミルミルはクッキーをおいしいと言って食べてくれたリコリスを哀れに思った。


「リコリス、必要なものがあれば言うのだわ。用意するから」


「ありがとう、ミミルミル」


 リコリスはニヤニヤ笑いながら言った。バアルは沈黙を保ったまま回復水槽に浸かっていた。



*****

あとがき


 会議シーン、長くなってすいません💦💦


 第5章が平和なのはここまでで、この後つらい展開があります。そういう展開が苦手な方は注意してください💦💦

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