05-11 最悪の侵入者 その①



 ――タンポポ歴578年。蠍の月16日。午後7時30分。ヘルメスのダンジョン第4階層。

  

 ステラの解呪の儀式に伴って指令室の大規模な改修が行われた。絨毯はタイルに変更され、ふかふかのベッドは手術台にかわった。部屋の真ん中には分厚いカーテンが引かれ、中の様子が見えないようになっている。儀式を執り行うトシャとヴィクターはカーテンの向こう側で待機している。儀式へ向かうステラは貫頭衣の上に白いガウンを羽織り椅子に座っている。


 儀式直前の張り詰めた空気が部屋を満たすなか、ヘルメスとクーとマッドはステラをとりかこんだ。

 

「お姉ちゃん、きっと無事に帰ってきてね。ボク応援しているからね」


「ありがとう、クーちゃん」

 

「ステラちゃん、無事に帰ってきてくれよ。あと良かったら俺と結婚してくれないだろうか」


「ありがとうございます、マッドさん。結婚はお断りします」


 ステラがプロポーズを断ったのでほっとしたヘルメスだった。てか普通するか? このタイミングで。


「さあさ、ふたりとも出て行ってくれ。儀式の邪魔だよ」


「ボクたちお姉ちゃんの無事を祈っているんだよ! 邪魔とか言わないでよ」


「そうだぞ、このクソアフロ! ステラちゃんを返せ、ぶひぇ野郎!」


 追い出そうとするヘルメスにーとマッドは居座ろうと抗う。「はいはい、ありがとよ」とヘルメスは交互に張り手を繰り出し、ふたりを部屋から追い出した。部屋の鍵をかけると、外から「お姉ちゃん頑張れ! トシャもヴィクターさんも頑張れ!」とクーの声援が聞こえた。ついでに「ステラちゃんはすべての生あるものの宝であり、彼女に好意を持つものに公平に分配されるべき財産である! ヘルメスの独占には断固反対する!」という気持ち悪い負け犬の遠吠えが聞こえたがこれは無視した。


 クーとマッドは、指令室の扉の向こうで待っていてくれるそうだ。下心が見え隠れするもの、ステラの無事を祈ってくれることにはかわりない。ヘルメスは改めて感謝した。


「それじゃあ、行ってくるね」


 ステラがガウンを脱ぎはじめた。ヘルメスはステラの背後に回り、ガウンが床に落ちないよう支えた。


「おれはここで待ってる。頑張れよステラ」


「うん」


 ステラは左手に嵌ったリンクの指輪を外した。リンクの指輪は儀式の邪魔になる可能性があるから外すよう、トシャに言われていたのだ。ヘルメスはステラから手渡された指輪を、掌の上に置き、少しの間眺めた後、ぎゅっと拳を握りしめた。


「大事に持っていてね」

 

「うん。大事に持ってる」


 ステラはにこりと微笑むと、カーテンを開き、トシャとヴィクターの待つ手術台へと向かって行った。







 ――同時刻。ガレキの城第100階層。


 天井の穴から屋上に飛び出したミミルミルは、夜空を見上げ嘆息した。外は雲ひとつない快晴できらめく星空がどこまでも広がっていた。手を伸ばせば届きそうなほど、星空が近い。


 視線を屋上にやるとリコリスの後ろ姿があった。強く冷たい風に髪の毛とスカートをなびかせている。背中の羽根は大きく開き、飛び立つ瞬間に備えていた。ミミルミルの予想通り、リコリスはひとりだった。リコリスはやはりひとりで、死地に赴こうとしている。


「リコリス」

 

「アラ、あなたが来てくれたのですカ? ミミルミル」


「言われたものを用意したのだわ」

 

 ミミルミルはリコリスの隣に立った。遥か下方に広がる森を睥睨へいげいする。森の一画、ガレキの城からやや離れた地点に、こんもりと盛り上がった丘がある。ヘルメスのダンジョンの入口だ。


「まずは、これで良いのだわ?」


 ミミルミルは鞘に入った『銀のナイフ』をリコリスに手渡した。リコリスは素手で戦うスタイルだから、このナイフはおそらく自決用だろう。リコリスのただならぬ覚悟に、ミミルミルは尊敬の念さえ抱いていた。

 

「頼んでいた回復魔法の使い手は用意してくださらなかったのですカ?」


 ミミルミルは首を横に振った。

  

「リコリスみたいな仲間殺しに大切な部下を預けられるわけがないのだわ」


「そうですカ。そうですよネ……ではきっとこれが今生の別れになりますわネ。ミミルミルは……あなただけはなにかとわらわのことを気にかけてくれましたわネ……今までありがとうございました」


 リコリスは深々と礼をした。


「待つのだわ。部下を預けるのは無理だけど、回復魔法の使い手を用意できなかったとは言ってないのだわ」


「それでは」


「私が一緒に行ってあげるのだわ!」


 とミミルミルが言うと、リコリスは大きく目を見開いた。


「驚きました……あなたには嫌われているものだと」


 とリコリスは言った。


「勘違いしないで欲しいのだわ! リコリスなんか全然好きじゃないのだわ! 誰の手も借りれないのが哀れだから、仕方なくなのだわ! 2人で行けば戦力的にはお釣りが来るのだわ!」


 リコリスは「うふ」と微笑んだ。笑うつもりはなかったのに思わず笑ってしまったと言う風だった。


「ありがとう、ミミルミル」


「礼は生きて帰ってから言うのだわ!」


 と言うと、2体の魔物はすっと真顔に戻り、ヘルメスのダンジョンを見下ろした。


「それでは」


「行くのだわ」


 リコリスが羽根を広げて屋上から飛び降り、ミミルミルはそれに続いた。




 



 

 

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