05-8 捨てるという選択肢
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本編の前にひさびさに登場する人物の補足。 (括弧内は初登場の章)
『諸国連合攻略隊』……ガレキの城打倒を目指す4人の戦士。
【メイ】……弓術師。タンポポ国王位継承権所有者。雷の精霊を右目に宿す。尿意を我慢するためヘルメスの名づけを受け入れた。(3章)
【タフガイ】……冒険者。人間離れした再生能力を持つ。死の音がする森で頭部と右腕を欠損したがドッペルデビルと融合し復活した。(3章)
【マッド】……転生者。広範囲高火力の魔術〈神滅超撃激流波〉を使い第2階層に壊滅的被害をもたらしたが現在は協力関係にある。(3章)
【ラビリス】……騎士。諸国連合攻略隊最強の剣士(3章)
では本編をどうぞ。
***
*
トシャとクーの訓練をしばらく眺めたヘルメスは、そろそろと司令室へと向かいはじめた。ふたりの戦いをもう少しみたい思いはあったが、ヘルメスには心配ごとがあった。現在、ステラがヴィクターとふたりきりでいることである。
ステラがヴィクターをタイプとか言うから、こんな心配をすることになった。ステラはオネストと二人きりになったときに全裸になった前例もある。身持ちが固いようで案外ガバガバなのだ。そんなステラがヴィクターとふたりきりでいるとなると心配でたまらないのだ。
ヴィクターのことは信頼しているが、とはいえなにぶん付き合いが浅い。どんな本心を隠し持っているかはわからないし、例えヴィクターに鋼の自制心が備わっていたとしても蠱惑的キャミソールを着たかわいいステラを前にして、果たして自制心を保っていられるだろうか。
ステラが元気であればこんな心配をせずともいい。襲い掛かった者が返り討ちに会うに決まっているからだ。だが今のステラは弱っている。
それに最近のステラは妙に色っぽく誘惑めいた言動もするようになっている。タイプの男とふたりきりになれば、ステラの方から誘惑する可能性さえあった。
やきもきしながら階段を降りると、メイたち4人とばったり出会った。
「あら探してたのよ。ごきげんよう」
「チワース」
長話をする気にならず、あいさつもそこそこにヘルメスは通り過ぎようとした。のだが、
「ねえ」
と【メイ】に呼び止められ、足を止めざるを得なかった。メイたちが協力してくれるからこそ、ガレキの城との戦いにも勝機を見いだせる。彼らに見捨てられれば、ガレキの城に勝てる見込みはたぶんゼロになる。彼らとは丁重に付き合う必要がある。
ステラのことは心配だが、心配は脇に置き、メイたちの話に付き合うことにした。
「ヘルメスが調べてくれた【四天王】のことなんだけど」
「うん」
メイは四天王の情報についてしばらく質問をし、ヘルメスはそれに答えた。主要な情報はすでに伝えているので、確認のための質問といった感じだった。
「なるほど。姫の見立て通り、【ヘクトリッテ】の〈死霊魔術〉は僕たちが森で体験した『昼に殺した魔物が夜になるとゾンビになって生き返る』現象と符合する。ヘクトリッテは第1階層に配置されていると考えた方がいいだろうね」
「第1階層から最強クラスのボスを配置しているのか、えげつねえな」
「ヘクトリッテを倒せば、森の戦力は半減するということ。どうにか討たねばならんなッ」
と【タフガイ】と【マッド】、【ラビリス】が話した。会話から察するに彼らの関心はガレキの城の第1階層『死の音がする森』にある。転移回線によるショートカットができなくなってしまった以上、ガレキの城を倒すには第1階層から攻略しなくてはならない。さらに彼ら4人が自分たちの国へ帰還するにも森を超える必要があるのだ。
ふとメイが「ねえ、ちょっと気になったんだけど」とヘルメスに尋ねた。
「ガレキの城の、第1階層ってものすごく広いのよね。ヘルメスのダンジョンはせいぜい”城”くらいの大きさだけど、森は”国”くらい広い。同じダンジョンなのにここまで広さに差が出るものなの?」
「あー」
ヘルメスはステラと一緒にダンジョンを作ったときのことを思い出しながら答えた。
「ダンジョンの階層ってポイント使って買うんだよ。広い階層ほど必要なポイントが多くなってくんだ。おれのダンジョンだって、第1~3階層は広いけど、第4階層はいくつか部屋があるだけで狭いだろ。第4階層は階層に使ったポイントが少ないんだよ」
「ガレキの城の森があれだけ広いのは、ポイントを多く使用したから……ってことかしら?」
「それもあるけど、森には入口がないだろ? どこからでもダンジョンに侵入できるタイプの階層なんだ。守りづらいかわりに広くできるんだよ」
今度はメイが「なるほど。勉強になるわね」と唸った。ヘルメスは、(ただ、いくら入り口がないタイプだからって、国土に匹敵するほど広いのはおかしいよな)と思った。
「既存の階層はダンジョンマスターの権限で広げられるのかい?」
「できますよ。ポイントを追加すればいいんです」
タフガイの問いに答えると、今度はメイが尋ねた。
「ねえヘルメス……このダンジョンの階層を広げて、あたくしたちの国までつなげたりできる? それができれば森を通らずに安全に帰還できると思うのだけど」
「いや。階層の拡張には上限があるんだ。第1階層ならせいぜい今の9倍くらいの大きさにするのが精いっぱいかな。だから、メイの国までは届かないと思う」
と答えると、メイは「なるほどね」と少し落胆した口調で言った。
「やっぱりあたくしたちが帰るには、森を通るしかないみたいね」
「ステラさんがバアルをぶっ飛ばしたおかげで、ガレキの城は混乱してるんだろ。帰るなら今だ」
「ヘルメスのおかげでおれたちの装備もパワーアップしてるしなッ!」
「だが、ヘルメスのおかげで敵に目をつけられてもいる。雑魚ならともかく四天王まで出張ってきたら、俺たちだけじゃ厳しいかもしれないぞ……」
メイたち4人はドッペルデビルに敗北してヘルメスのダンジョンに逃げ込んできた。ドッペルデビルも相当強かったはずだが、リコリスはもっと強かった。ガレキの城にはそれに近い実力の者がまだいる。不安に思うのも無理もなかった。
「ねえヘルメス、怒らないで聞いてほしいのだけど」
メイが申し訳なさそうに切り出した。
「このダンジョンから出て……あたくし達と一緒に森を抜けるってできないかしら? ステラやクー、ヘビ男……なによりあなたの力があれば、森を抜けられる確率はぐっと高まると思うの」
「……」
ダンジョンを捨てて逃げる。ガレキの城の強さを思い知ったとき、ヘルメスも一度は考えたことだった。だがそれをメイから提案されると困惑してしまう。ステラと作ったこのダンジョンには愛着があるし、ダンジョンの外で生きる自分が想像できなかった。
「ダンジョンを捨てて、人間の国に行って……それからどうなるんだ? おれたち人間じゃないんだぜ。魔物のサガで人間に嫌悪感を抱いているやつもいるかも。そんなおれたちが外で……人間の中で生きていけるのか?」
「……たしかに人間の世界ではあなたたち魔物は生きづらさを感じることになるでしょう。だけど、少なくとも、この場所よりは、安全よ。あたくしたち、あなたたちが国で暮らしていけるように全力でサポートするつもり……」
「……おれたちに人間として生きろって言うのか」
ヘルメスがつぶやくように言うと、メイは言葉をつづけた。
「……あなたたちがあなたたちのまま暮らしていくのは難しいでしょうね。当然、ある程度の妥協は必要になる……苦しい決断だと思うわ。でも考えてほしい」
「……わかった」
メイは「ありがとう」と言った。ひさしく忘れていたダンジョンマスターの責任がヘルメスの肩に重くのしかかった。
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