05-7 魔女っ子は死なず。ただ消え去るのみ

***

 

 本編の前に、ひさびさに登場する人物の補足。(括弧内は初登場の章)

 

【クー】……セタンタという魔物。武術の達人。ヘビ男の訓練を担う。実は女の子。(4章前半) 

【ヘビ男】……ヘルメスのダンジョンで生まれた魔物。総勢200名。実戦経験はない。いわゆるモブだが、ヘビオ、ヘビーナというネームドもいる。(4章前半) 

【ジンリン】……ハッグという魔物。魔術の達人。今後の活躍を期待されたがドッペルデビル、グリフォノイドロードが襲来した際、相打ちとなる。(2章)


 では本編をどうぞ。


*** 

 

 



 

 ステラが治療のためヴィクターと話しをする間、ヘルメスはトシャを伴って第2階層を訪れることにした。その道中で第3階層を経由したが、クーが中心になってヘビ男に訓練をしていた。剣や槍をブンブン振り回しながら縦横無尽に跳び回るヘビ男たちの動きの鋭さにヘルメスは驚いた。

 

 あんな動きは自分にはできない。厳しい訓練を経てヘビ男たちは戦力として仕上がってきた。賞賛の念と同時に、だが、あの動きではリコリスには勝てないとも思った。


「おーい、マスター!」


 タンクトップ姿のクーが手を上げてヘルメスを呼び止めた。ガレキの城から生還して以来、クーはヘルメスのことをマスターと呼ぶようになった。困難を乗りこえたことで仲間たちからの尊敬を勝ち取ったのだ。


「おー、クーやってるな!」


 とヘルメスも手を上げて応えた。トシャはヘルメスの後ろにさっと隠れた。 


「ヘビ男たちずいぶん修行を積んだみたいだ。レベルそのものが上がった」


「はっきり言ったらどうだ? ガレキの城には通用しないと」


「ああ、通用しないな」


 クーは顔を背けて「チッ! 本当にはっきり言いやがった」とふてくされたので、やさしくしてほしかったのなら素直に言え、この甘えんぼめ! とヘルメスは思った。ただその場限りのやさしさは彼らのためにはならないと思ったので言わなかった。


「で、そのお姉ちゃんが湖の乙女? すごくきれいな人だね」


 とクーはヘルメスの背中に隠れているトシャを見ながら言った。


「ああ【トシャ】っていうんだ。回復のエキスパートでケガをしたら治してくれる」


「マジで!? あのさ、訓練でケガしちゃったヘビ男がいるんだよね。治してもらえると助かるんだけど」


「……」


 ヘビ男たちには回復アイテムを渡してあるから、軽いケガであればそれで事足りるはず。なのにクーはトシャに回復を頼んだ。おそらくケガをだしにトシャとコミュニケーションをとろうとして。なるほど、いいアイデアかもとヘルメスは思った。しかしトシャは初対面の人と話すのは苦手なので気になった。ヘルメスは「大丈夫か」とトシャに聞いた。トシャはわずかにうなずいた。ヘルメスはトシャの代わりに言った。

 

「大丈夫だって」


 クーは「そうか」とトシャに話しかけた。


「はじめまして。ボクはクー。よろしくね、トシャ……」


「……」


 トシャはなにも応えず、にこ……と、とってつけたような笑顔を浮かべて、頭を下げた。しゃべらなければ幸薄げな美人だが、挨拶くらいは帰したほうがいいと思った。しかしクーは嫌な顔をせず、トシャに話しかける。


「トシャ、かわいいね!! 仲間になれてうれしいな。ねえ、こっちに来てよ。ケガしたヘビ男、見てほしいんだ」


 とクーはナンパみたいなセリフとともにトシャの手をとった。トシャは「ひ……!」と短い悲鳴をあげた。


「大丈夫か? トシャ?」


 トシャはヘルメスの目を見て深く頷いた。大丈夫という意味だろう。少し不安げな表情だったが、それでもやってみるという意思を感じた。「さあさ、こっちだよ」とトシャはクーに手を引かれてヘビ男の輪の中へと入っていく。好奇心旺盛なヘビ男たちに囲まれ、次々に質問を浴びせられしどろもどろになっていた。


 コミュニケーションに難があるトシャにとって知らない人たちとの会話は苦痛なはずだ。でもダンジョンで生きていくためにコミュニケーションは重要だ。たぶんそれはトシャもわかっている。苦手なのはわかるが、がんばってもらおう。上手くいけば友達になれるかもしれないし。友達にまではなれなくても、居心地のよい距離感は見つけられるかもしれない。


 頑張れよ、トシャ。と背中で語って、ヘルメスは第3階層をあとにした。




  

 

 

 ホント言うとトシャをジンリンに会わせたかったんだけどな。


 と第2階層に向かう階段でヘルメスは思った。なんとなくトシャにはジンリンという魔物がいたことを、ジンリンがヘルメスを守って死んだことを、今は第2階層で眠っていることを知っていて欲しかった。

 

 ジンリンはもういないけど……トシャはジンリンの代わりというわけではないけれど。


 階段にはびっしりとツタや根が張りめぐっていた。成長した様々な植物型魔物が第2階層に納まりきらずに階段まで侵食してきているのだった。


 ジンリンの葬儀以来、第2階層の植物型魔物は異状な発生と生育を見せた。もともとここには酸獣草さんじゅうそう(酸を撒く草)と乙斬草おとぎりそう(斬撃を放つ草)の2種類しかいなかった。そのはずなのに、今は数え切れないほど多くの種類の植物型魔物が生い茂る無法地帯と化している。植えてもないのに勝手に生えてきたのである。


 ステラに聞いたところ、こんなことは通常起こらないので、第2階層では通常ではないことが起こっているのだと思います。となんかモヤモヤする説明をされた。


 思うに、第2階層ではマッドの神滅超撃激流波がぶっぱなされた階層なので、その影響もあるだろう。それにこの階層にはジンリンの墓がある。ヘルメスには死んだジンリンがこの現象を引き起こしているような気がしてならなかった。


 階段を上り切ると、ジャングルのようになった第2階層がヘルメスを出迎えた。地面にはヘルメスの背よりも高い草がびっしり生えていて、枝の広がった樹木が視界を遮っている。


「何度見てもすげえ草だ」


 ジンリンの墓標にたどり着くにはこの草の海を掻き分けて進む必要があるが、ヘルメスはダンジョンマスターである。親指と中指でわっかを作り、パチンと鳴らすと植物型魔物の何体かが消滅し、光の粒になって消えていく。ジンリンの墓までの道ができた。せっかくの戦力を消滅させるのはもったいないが、こうしないと毒やら酸やら斬撃に襲われるので安全に進めない。それに消滅した草はしばらくしたらまた生えてくるのだ。


 様々な種類の植物型魔物の横目にすり抜け、ヘルメスはジンリンの墓に到着した。ツタにびっしりと覆われたジンリンの墓。ジンリンとともに強敵をを倒したときに使った“砕魔の槌”。その真下にジンリンが眠っている。


 ヘルメスは背筋を伸ばして墓に向き合い右手を胸に当てた。そして目を閉じてうつむいた。


「ジンリン、なかなか会いに来れなくてごめん。いろいろあったけどなんとかやってるよ。ステラとは付き合えそうな雰囲気だけど付き合えてないよ。ステラは今病気だ。心配だけど、なんとかなりそうだ」

 

 とヘルメスは記憶の中のジンリンに語り掛けた。


「それからトシャっていう魔法の使い手が仲間になったよ。ジンリンに負けず劣らずの凄腕さ。……だけど、お前のこと忘れたわけじゃないからな。おれたちがここまでやれたのは、お前のおかげだ。お前が命を懸けておれを……」


 ヘルメスの目から熱いものがこみ上げてきた。やはりトシャを連れてこなくてよかったのかもしれない。

 

「ジンリン……おれ、ステラを守れたよ。ステラは呪われちゃったけど生きて帰れた……おれにしてはよくやってるだろ。ガレキの城との戦いは続くけど、見守っていてくれ」


 もしジンリンがこの場に居たら、ヘルメスを褒めてくれただろうか。ステラが呪いに侵されてしまったことを責めるだろうか。


「また会いにくるよ。今度はステラも一緒に。じゃあな」


 ヘルメスは顔を上げ、ジンリンの墓に背を向けた。強い風が吹き、周囲の草木が揺れた。ざわざわと喧騒のような草木の擦過音がヘルメスの耳朶を撫でた。


(しっかりやるんやで、ヘルメス!)


 ジンリンの声が聞こえた気がしてヘルメスは振り返ったが、そこにはジンリンの姿はなかった。墓標があるだけだった。

 







 第3階層へ続く階段を降りると、ヘビ男たちの熱気のこもった声援が飛び交っていた。ヘビ男の視線の先には、クーとトシャがいる。ふたりは向き合い、戦っていた。近くのヘビ男をつかまえて何が起こっているのか塔と、「クー様とトシャ様が対魔術の実戦訓練を始めたんです」と答えた。


 自身の周囲に魔術で作った水の玉を浮かばせながら、ひらひらと服をなびかせた華麗な動きでトシャが跳ぶ。水の玉からは水の粒がつぎつぎに発射され、青い槍をかまえたクーに凄まじい速度で殺到する。クーはその場を一歩も動かず、最小限の槍さばきで水の粒を撃ち落としていく。


「エレメントチェンジ!」


「武装変換!」


 風の属性に変化したトシャがさらに上空へ飛び上がると、素早く緑色の槍に持ち替えたクーの姿が消える。一瞬でトシャの下方へ潜り込んだクーが、トシャの下腹部へ蹴りを見舞う。トシャに直撃したかと思われた蹴りは、空を切った。トシャが液体状になることで回避したのだった。


 スタと地面に着地したクーは、額に汗を浮かべながら無邪気に笑った。


「ウソー、今のが当たらないんだ!? トシャ、魔術師なのにかなり動けるね!!」


「フ、フヒヒ! わ、私! 戦い! 大好き! フヒヒ!」


 トシャは右手に水を集め、三又の槍を形成する。クーが青い槍に持ち替える。突き出したふたりの槍がぶつかり合う。


「た、た、楽しい!! クー! もっと本気だしていいよ!」


「わかった!」


 ニ合、三合と槍をぶつけ合いながらふたりは笑っていた。


「やるなあ」


 トシャがなじめるのか心配だったが、なんかうまくやっていけそうだなとヘルメスは思った。

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