05-3 湖の乙女と怪物の父 その①




「はじめまして。わたくしはムスヒ。【ムスヒ・オーカミ】と申します。ファムに代わりヘルメス様を担当します。どうぞよろしく」


 その女性――ムスヒはそう言うと名刺を差し出した。名刺には『魔物あっせん所職員 【夫婦美・大神ムスヒ・オーカミ】』と書かれていた。


 眼鏡をかけた小柄で穏やかそうな女性だ。ファムと同じくスーツ姿で優しそうなお姉さんという印象だ。種族は不明。レベルは5555。べらぼうに高い。戦えばやはり強いのだろう。頼りになりそうな女性が担当になってくれてうれしいが、できれば命の恩人のファムに会いたかった。


「ヘルメス・トリストメギストぶひぇです。あとこっちはステラです」


「ステラです。よろしくお願いします」


 とヘルメスとステラは挨拶をした。ヘルメスが忌々しいフルネームを堂々と名乗れるようになったのは、ガレキの城での戦いを経て自信がついたからだ。


「ヘルメス様、今日巡り会えたのも何かのご縁……私たちの出会いを祝う舞を披露させていただいてもよろしいでしょうか?」


「え、いや、踊りは大丈夫です」


 とヘルメスは断わった。親睦を深めたい気はするが踊っている場合ではない。


「あら残念」


「それよりおれが購入した魔物は2体のはずなんですが……」


 ヘルメスの前にはムスヒの他には1体の魔物しかいない。もう1体はどこにいるのだろう?


「ふふ、名づけは1体ずつしたほうがいいと思って【湖の乙女】には隠れてもらったのです。まずは【怪物の父】をご紹介します!」

 

 その魔物は身長180センチの長身の男性で、スラッとした体形の上に黒いマントを纏っていた。黒い髪には白髪が混じっていた。鼻が高く精悍で十分男前に分類される顔つきだがすこし年を食っている。そして額から頬にかけて斜めに走った大きな傷跡があった。

 

「この魔物こそが【怪物の父】です! 皆さまこの出会いに拍手を!」

 

 ムスヒがパチパチと楽しそうに手を叩いた。つられてヘルメスとステラも拍手をした。


「さて怪物の父は〈診断〉と〈医術〉、〈肉体改造〉のスペシャリストです。膨大な魔物の知識を有し体の仕組みを知り尽くした魔物の専門家! 医術に関しては遺体をつなぎ合わせて生きた怪物を作り出してしまうほどのウデマエ! 彼がいれば部位欠損もなんのその! 死にさえしなければ救ってくれる最高のお医者さん! 最悪死んでもなんとかなる! 彼が居れば安心して大切な魔物を最前線に送り出せます! 敵の弱点を看破するのも得意なので、実は戦闘もいける!! とっても頼りになるオジ様ですよ!」


 とムスヒが怪物の父を褒めちぎった。「おお~」とヘルメスとステラが歓声をあげると怪物の父は眼を閉じてうつむいた。


「わたし、ああいう渋いおじさんってタイプなんですよね」


「え」


 ステラが聞き捨てならないことを言った。そういえばステラはロリコン男爵に異常に執着していたような……おじさんが好きというのも頷けるが、アフロの若造でしかないヘルメスの心中は穏やかではない。


「さて! ヘルメス様、ステラ様! このまま名づけに入られますか? それとも怪物の父と少し話してみますか?」

 

「少し話させてください」


 とヘルメスは言った。怪物の父に一歩だけ近づく。怪物の父はぴくりと片方の眉を上げた。


「えー、おれはヘルメス。ここのダンジョンマスターだ。あっちにいるのがステラ。おまえにはステラの治療を頼みたい」


 怪物の父は、車いすに座るステラをまじまじと見た。


「ひどい貧血だ。内臓の損傷、いや骨もか。血液を作る器官にダメージを受けている。血流の乱れもある。心臓にもダメージがあるのか、呪いの影響か。瞳の色にやや濁りが見える。たぶん呪いだろうな」


「見ただけでそこまでわかるのか」


「触れればもっとわかる」


 怪物の父は表情を変えずに言った。ステラを見ると、交差した両手で胸を隠して困ったような顔をしていた。

 

「お前ならステラを助けられるか」


「必要な知識はある。だが俺の治療には限界がある。呪いに関しては魔術の専門家の助けが必要だ」


 怪物の父は淡々と言った。ヘルメスは膝を折り、地面に正座すると両手を床につけた。


「だったら頼む。ステラを助けてくれ。ステラを助けてくれるなら何でもする。このとおり」


 そしてヘルメスは額を床につけた。まだ名付けてもいない話したこともない魔物に土下座をしたのだった。ダンジョンマスターが僕となる魔物に土下座をするとはダンジョンの常識からはかけ離れた行動だった。


「やめてくれ。こんななりでも俺は医者だ……患者を見たら治さずにはいられない性分なんだ。あんたに頼まれなくたって治すつもりだったんだ」

 

 怪物の父の言葉にプロの誇りのようなものを感じた。


「ヘルメスさん、あんたダンジョンマスターだろ。俺をしもべにする男がみっともない真似をするんじゃない。助けてやるからさっさと名付けをしろ」


 ヘルメスはバッと顔を上げ立ち上がった。そして「ありがとう」と再び頭を下げた。ステラがヘルメスの隣に車椅子を漕いでやってきて「お願いします」と頭を下げた。


「名前は事前に考えてあったんだ。お前の名は――【ヴィクター】。 死体から怪物を作った医者からとったのさ」


 ヘルメスは怪物の父に向かって右手を差し出した。怪物の父はにっと笑った。


「……いいだろう。今から俺はヴィクターだ。世話になる」


 ヴィクターはマントを翻し、ヘルメスの右手を握った。長袖の白シャツから除くヴィクターの手は傷だらけで縫った跡がそこかしこにあった。


「この両腕は友からもらったものだ。友にかけて、全力を尽くすと誓う」


「名づけ成立! おめでとうございます! ヴィクター、このダンジョンで末永くがんばってください! ムスヒ応援しちゃいます! みなさま、このご縁に改めて拍手を!」


 パチパチパチ……とヘルメスとステラが拍手をした。怪物の父の名づけは比較的円滑に進んだのだった。


「では! 次に行きましょう! 湖の乙女さん、カモン!」

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