05-2 ステラと黒いキャミソール
*
白を基調にした壁。 赤い
司令室の扉を開くと見慣れた光景が出迎えた。記憶を失った状態で目覚め、ステラとともにダンジョンづくりをはじめたヘルメスにとっては特に思い出深い場所だ。部屋の隅には新たにベッドが置かれている。寝かされているのはステラだ。ガレキの城で負ったダメージと疲労、加えてリコリスによる〈眷属化〉の呪いがステラを蝕んでいた。
というわけで絶賛療養中のステラはベッドでひたすら眠る日々を送っていた。ダンジョン運営に忙殺されるヘルメスと真逆の穏やかな生活。そのおかげでダメージと疲労はずいぶん抜けたとのことだが、〈眷属化〉はどうしようもなかった。
前に「眠るのが怖いんです」とステラは言った。眠るとリコリスがでてきて、裸で抱き合ったり互いの血を飲み合ったりする夢を見るらしい。そのたびに自分の存在がリコリスと混ざり希薄になっていく気がするとステラは言っていた。目立った変化こそないが、ここ数日でステラの透き通るような青い瞳が少しずつ変色しているのにヘルメスは気が付いていた。
「あらマスター、おかえりなさい」
ゆっくり上体を起こしながらステラが言った。現在ステラは普段の白いドレスではなく黒いキャミソールに着替えている。キャミソール姿のステラはふだんよりも露出が多い。肩の曲線や鎖骨のライン、胸元の隙間の空間が気になり、ヘルメスは少し顔を赤らめた。
「ただいま」
ステラはヘルメスの帰りが待ちきれなかったように笑顔を浮かべた。目の下にはすこしクマができている。ダメージが蓄積した体を休めるには眠らなければならないのに、眠れば眷属化が進行する。十分な休息がとれているとは言い難い状況だったし、なんならいくら休んでもステラの体調は悪化する。
「さあマスター、こっちへきて」
「……うん」
ステラはベッドに腰かけ足を床につけると、左手でベッドを叩いて隣に座るよう促した。ヘルメスはそれに応じた。隣に座ると、ヘルメスの肩にステラの肩があたり、そこからステラの体温がじんわりと伝わってくるようだった。視線を斜め下方向に動かすと、キャミソールの隙間から除く豊かな谷が目に入り、ヘルメスはあわててステラの顔に視線を戻した。ステラの唇がわずかに開いた。
「ねえ、マスター」
「うん?」
「そろそろ返事……しないとですね」
「……!」
ステラはじっとヘルメスを見つめた。揺れる青い瞳から注がれる視線をヘルメスはだまって受け止めた。鼓動が高まっていくのがわかった。
「あのね。わたし、マスターのこと……」
言葉の続きを待つヘルメスの緊張は最高潮に達した。
「す」
「待って! 心の準備が」
ヘルメスはステラの言葉を遮り、胸を抑えて深呼吸をした。それからステラに向かい合った。
「怖いんですか?」
とステラはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「やっぱり今返事をするのはやめときましょうか」
「そうだな」
ヘルメスは安堵した。すこし残念な気もしたが。
「マスター最近頑張ってますね。休みもせずに。疲れてるんじゃないですか。ちょっと寝たら?」
「そうしようかな……」
とヘルメスはベッドから立ち上がった。椅子で寝ようと思ったのだが、「なにしているんですか?」とステラがヘルメスのズボンを引っ張った。
「せっかくベッドがあるのに、なんで椅子で寝ようとするんですか?」
「ステラが寝てるじゃないか」
ステラは首を横に振った。ベッドに横になるとコロンと回転し、端の方へ移動した。ベッドには人がひとりくらいは横になれそうなスペースができた。
「マスターも一緒に寝たらいいじゃないですか。ベッドはダンジョンの資源です。私が独占してしまうのは、良くないと思いませんか?」
とステラはにやにやしながら、ベッドに空いたスペースを手でたたいた。ここで寝ろと。ヘルメスは唾をのんだ。
(そうだよな。ベッドはダンジョンの共有財産だ。当然、おれにも使う権利がある……)
と煩悩にまみれた理屈をこね、ステラと一緒に寝ることを正当化したのも一瞬、それを自覚したヘルメスは理性を最大限に働かせどうにか煩悩を断ち切った。
「バ、バカ! からかうなよ」
以前のステラならこんな誘惑めいたことはしなかった。ケンカばかりしていたし、体に触れようものなら致死の暴力を振るわれた。ガレキの城でふたりの距離が縮まったことの証……といえばそうかもしれない。だがもしかしたら眷属化の影響かもしれない。ステラの真意はヘルメスにはわからない。
だが一線を越えてしまったらこれまでのステラとの関係が壊れてしまいそうな気がして怖かった。
「わたしと寝るのいやなんですか?」
ステラは口をとがらせている。言外にわたしを好きだと言ったくせにと言っている。
「い、いやじゃないけど……その前にちゃんと返事をしてくれよ」
「ええ……さっき聞きたくないって言いましたよね」
「それは、そうだけどさ」
「いつになったら心の準備ができるんですかね。マスターのどちゃくそヘタレ」
ここ最近、ステラとヘルメスはこのようなやりとりを延々と繰り広げていた。ふたりはくっつきそうでくっつかない感じを楽しんでいる風でさえあった。
ヘルメスが「どちゃくそとはなんだ。ヘタレだけどどちゃくそってほどじゃないぞ」と言ったとき、テーブルの上の水晶玉が光った。
『転移魔方陣にアクセスがありました。魔物あっせん所の職員が空間転移の許可を求めています。許可しますか?』
アナウンスが流れると、ヘルメスとステラは顔を見合わせてうなずいた。先日購入した2体の魔物。【
ヘルメスはこれらの魔物に名づけをしなくてはならない。果たして彼らが仲間になってくれるか。不安はあったが、まあどうにかなるだろう。何とかならなかったらその時はその時だ。
「“承認”」
とヘルメスが言うと、『転移魔方陣に3名が来客しました』というアナウンスが流れた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「あ、わたしも行きます。治してくれる魔物たちを見ておきたいし……わたしが行った方が『名づけ』が上手くいく気がします」
「その格好で行くのか」
「これ、かわいくないですか?」
ステラはベッドから立ち上がった。ステラのキャミソールの丈は臀部が隠れるほどしかない。そのためステラの脚が丸見えになってしまっている。すらりとしながらむっちり感もある白くてすべすべした太ももはどこにだしても恥ずかしくない美脚だが、これは初対面の魔物には刺激が強いのではないか。
「かわいいけど、なんか下にはいたら?」
というとステラは「ンー」と思案しつつメイからもらった着衣の中から黒いストッキングを選んで着て、それからかかとの高い黒いサンダルを履いた。寝間着があっという間によそ行きのワンピースドレスのような装いになった……のだろうか。ヘルメスにはファッションのことはよくわからない。だが、黒い服でもステラがかわいいのはたしかだ。
「どうですか、マスター?」
ステラはくるっと回った。
「黒い」
ヘルメスは照れ隠しでそういった。少しステラの目つきが鋭くなった。
「ごめん、すごくかわいいよ」
「はい」
ステラはにっこり笑った。
ステラはまだ本調子ではない。立っていると急にめまいに襲われ倒れることがあった。血が足りないとステラは言っていた。ヘルメスはステラを車椅子に座るよう促した。ステラの療養にともないポイントで購入したものだ。ステラが腰を下ろすと、ヘルメスは車いすを押して指令室のドアをくぐった。ダンジョンの廊下にでる。
「行けー! マスター全速力!」
ステラが楽しそうに笑いながら両腕を上げた。こんなはしゃぐ娘だったかなとヘルメスは少し気になったが、ステラが楽しいならいいかと思い直した。
「行くぞー!」
ヘルメスはステラの乗った車椅子押しながら駆け出した。
*****
あとがき
次回、新キャラが3人も出ます。できるだけ小出しにしますが、混乱したらごめんなさい💦
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