05 ■■■■■■(全?話)
05-1 ガレキの城の空白Ⅰ
*
ガレキの城、100階層。
天井に空いた穴から、午後の光が差し込んでいる。傲慢のバアルが住まうこの階層には普段はがらんとしているのだが、現在は多くの魔物たちがあわただしく動き回っていた。部屋の隅には高さ3メートルに及ぶ巨大な水槽が設置されている。
水槽の中には緑色の液体がなみなみと注がれている。複数の回復薬を特別な配合で混ぜ合わせたもので長期的なケガの治療に用いるものである。水槽にはひとりの男が浸け込まれている。【傲慢のバアル】である。衣服は身に着けておらず、その全身があらわになっている。皮膚は焼け焦げところどころ炭化し、髪型に至ってはアフロになっていた。かつての美貌は見る影もないが、回復水槽で治療すれば時間を掛ければすべて元通りになるはずだ。
「バアル様ともあろう者が……哀れなものだ」
仮面をつけた赤いマントの魔物――ガレキの城四天王のひとり【ドド】が回復水槽のバアルを眺めながら言った。主人にかけるものとは思えぬほど辛辣な言葉だった。
先日、ガレキの城96階層にふたりの侵入者――【ヘルメス】と【ステラ】が現れた。空間転移による侵入だった。バアルは侵入者を殺すなと命じ、96階層の魔物たちは侵入者の捕獲を試みた。96階層はハイエルフやミノタウロスを中心とする精鋭が揃った階層であり、侵入者を捕らえることなど容易と思われた。が、その予想は裏切られた。侵入者たちは96階層の精鋭たちをことごとく葬った。さすがにボスモンスター【リコリス】には勝てなかったもののあと一歩で倒せるところまで追い詰めた。さらに転移回線管理者【ヴァージニア】を寝返らせ、自分のダンジョンへの帰還を果たした。
ガレキの城は侵入者を捕らえられなかった。そればかりか多くの精鋭を失った。さらに侵入者はバアルを殴り、全身に大やけどを負わせた。これによりバアルは死んでいてもおかしくないほどのダメージを受けた。バアルはひとまず一命を取り留めたものの現在も意識を失っている。
バアルの意識が戻るまで、ガレキの城は新たなアイテムを購入することもできない。異世界から新たな魔物を呼び寄せることもできない。ダンジョンマスターの権能に依存する機能はすべて停止してしまっている。
たったふたりの侵入者によってガレキの城は機能不全に追い込まれたのである。
「【ミミルミル】、バアル様が全快するまでどれくらいかかる」
水槽の設置をする魔物たちを遠巻きに眺めながらドドが尋ねると、兎耳のメイド――ミミルミルは耳をピコピコ動かした。
「おそらく……ひと月は回復水槽に入ってもらう必要があるのだわ。それで身体が全快したとしても意識がいつ戻るかはわからないのだわ」
「そうか」
ドドはしばしの間思案した。そして仮面からのぞく口元を邪悪にゆがめた。
「ならばバアル様が不在の間、誰かが代わりに指揮を執る必要がある……ということだな」
ドドの野心の籠った言葉にミミルミルは眉を顰め、額の第3の眼をカッと開いた。
「あなたがバアル様の代わりをする気なのだわ? ドド……」
「ミミルミル……誰かがバアル様のかわりをせねばならん。そうしなければ侵入者たちに報いを受けさせることもできんからな」
バアルが回復するまで報復を待つという選択肢はない。できるだけ速やかに復讐する必要があるとドドが続けるとミミルミルは頷いた。
「報復には同意するのだわ……でもバアル様のかわりにドドが指揮をするのは違うと思うのだわ」
ドドは不敵に鼻を鳴らした。
「ミミルミル、私だけでバアル様の代わりをするのではない。四天王による合議――それを当面の意思決定とするのだ。最高戦力である我々の指揮ならば下々の者も文句はないはずだ。なにより君が納得できるだろう」
ドドが言葉尻にミミルミルへの皮肉をにおわせると、ミミルミルは耳をしおらせた。
「そんな言い方……ドドのことが気にいらないわけじゃないのだわ。でも、ほかの3人が納得しないかもと思って……私が代わりに言っただけなのだわ」
「そうか、ミミルミルは気が利くな」
ドドの直球の皮肉にミミルミルは「ドドはもう少し他人に気を使った方がいいのだわ」と返した。
「私たちが指揮を執るのはいいのだわ。でも四天王には解決しないといけない問題があるのだわ」
「『四天王5人いる問題』か」
「ええ……
「枠が定まらなければ、際限のない増大が生じ、やがて枠自体が崩壊する……」
ドドとミミルミルはふうとため息をはいた。
数年前までガレキの城の四天王は4人だった。リコリスがダンジョンにやってきてからすべてが変わった。リコリスは四天王とそん色ない戦闘能力を持っており、その強さは誰もが認めた。シンロンやヘクトリッテなどは相性の問題でリコリスには勝てないと公言した。さらにリコリスは最強の一角とされる魔物あっせん所の職員まで討ち果たした。リコリスは四天王全員の推薦を受け、『四天王』のメンバー入りをしたのである。
しかし、リコリスの四天王入りは思わぬ問題を引き起こした。それが『四天王5人いる問題』である。
「やはり誰かを四天王から降ろ……」
とミミルミルが言いかけたのを、「それ以上はいけない」とドドは制した。
「我々は5人で四天王なのだ。今はそれでいい。誰が四天王にふさわしいかを言い出したら、最悪四天王同士の殺し合いに発展しかねん」
「それはわかるけど……5人のままではモヤモヤするのだわ……」
「その感情は呑み込むのだ……いいな」
ミミルミルは眼を閉じこくりと頷いた。
「よし、では早速会議を始めよう。すまんが君は四天王全員を集めてくれ」
「それ、私に言ったのだわ? 私をパシリ扱いするのはやめて欲しいのだわ」
「すまない。では私も一緒に行こう。道中ともにガレキの城の未来を語り合おうではないか」
とドドが言うとミミルミルは露骨に嫌な顔をした。
「やっぱり一人で行くのだわ。ドドはここで待っているのだわ」
というと、ミミルミルは床に空いた穴のなかにぴょんと飛び込んだ。
これまでは空間転移によって階層間の移動ができていたのだが、ヴァージニアの張った結界があらゆる空間転移を拒む。そのため階層間の空間転移ができなくなってしまってた。おかげで階層をまたぐ移動は徒歩しかなくなり、移動時間が増加していた。ヴァージニアが張った結界のおかげでダンジョン内の移動がすさまじく不便になってしまった。
「いまいましい侵入者め。ここまで損害を与えるとはな」
ドドはすでに『新入りを殺害する』と決意している。これまでバアルはなぜかこれを行わなかった。バアルが発した『新入りを殺すな』という命令のせいで多くの命が失われる結果になった。バアルなりに考えがあったのだろうが、ドドにはバアルの真意が理解できない。いや。バアルを理解することはだれにもできないだろう。
「新入りを生かそうとしたバアル様のお心は私にはわからん。だが私が指揮を執るからには生かしてはおかん」
ガレキの城の精鋭たちやリコリスを相手にして生還するなど、ただ者ではない。それだけでも十分な成果なのにヴァージニアを寝返らせ、バアルを半殺しにした。これをたったふたりで成したというのだから恐ろしい。ガレキの城の繁栄のため一刻も早く滅ぼさねば。ドドは復讐心に燃えた。
さて新たな指揮系統を確立したらどうするか。大軍でダンジョンに押し入ろうか。それともダンジョンの外に誘い出そうか。ガレキの城と言う巨大な戦力を自分の裁量で動かす。その期待にドドは胸を高鳴らせた。
*****
あとがき
読んでいただきありがとうございます。第5章が始まりました。第4章の反省から第5章はテンポよく進めていくと決意しました。うどんの上の天ぷらくらいサクサク進めていく予定です。なので4章ほど長くはならないと思っていますが、どうなりますやら。
章タイトルは今は伏せさせていただきます。お楽しみに。
それと私事になりますが仕事の都合で執筆にあてる時間がなかなか取れない状況です。そしてこの状況は仕事をする限り解消できないため、隙間時間で執筆習慣を確立している最中です。第5章は週2回の更新を目指しますが、ストックが切れたら不定期更新になると思います。申し訳ありません。
ただ読んでくれる人がある限り、最後まで書くつもりです。引き続き読んでいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。
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