04-74 コネクテッド(仮) その⑥




 仮面で目元を隠した赤マント。


 背中に大剣を背負った二本角の戦士。


 骨の蛇を首に巻きマスクで口元を隠した修道女。


 兎耳と額に第3の眼を持つエプロンドレスの少女。



 4体の魔物たちがヘルメスたちを睨みつけると、その瞬間ひりつくような殺意が部屋に充満した。ヘルメスはステラとシャニをかばうように一歩前に踏み出した。魔物たちが発する目に見えない圧力はすさまじく、空気が重く感じるほどだった。


「こいつ怯えていやがるゴン……」


 と大剣を背負った二本角の戦士が言った。バカみたいなしゃべり方だなとヘルメスは思った。


「とりあえず殺せばいいのよねぇん?」


 と骨の蛇を首に巻いた修道女が言った。バカみたいなしゃべり方だなと思った。


「待つのだわ。バアル様は『ころ……』としか言ってないのだわ。『殺せ』とも『殺すな』ともとれるのだわ」


「ならばどちらでも良いということ。バアル様をこのような目に合わせた者は殺すべき……と私は思うがね」


「賛成」


「殺す方向でいくゴン」


 4体は示し合わせたようにこくりと頷くと、ヘルメスたちに対して明確な殺意を向けた。


「はあ、はあ、ヘルメス……この人たちは『四天王』。リコリスと同じくらいヤバイ人たちだよ……」


 緊張で過呼吸気味になりながらシャニが言った。ヘルメスも粘っこい冷や汗が全身から溢れて止まらない。リコリスは見切りの能力を最大限活用するため、強者の圧力を可能な限り押し殺していたが、この4体は違う。暴力の匂いを惜しげもなく垂れ流しヘルメスに死を連想させた。


「【ドド】、【シンロン】、【ヘクトリッテ】、【ミミルミル】……」


 ステラが息を呑みながら〈ステータスチェッカー〉のスキルを用いて取得した敵の情報をヘルメスに念話で伝えた。


 【ドド】(赤マント)    

 ……鳥獣属:カオスキメラロード

 

 【シンロン】(二本角)   

 ……龍 属:剣竜ドスダンビラ


 【ヘクトリッテ】(骨蛇の修道女) 

 ……不死属:地獄の案内人


 【ミミルミル】(兎耳多眼) 

 ……悪魔属:ゴルゴーン亜種


 そのどれもが購入価格10,000,000ポイントを超える最上位の魔物らしい。しかも手名付けることが最も難しいとされる龍属の魔物が当然のように所属している。この一体一体がリコリスと同程度の戦闘能力を有しているならば、ステラが万全でも戦っても勝ち目はないだろう。ステラがダメージを負っている今はなおさらだ。ならばバアルを倒すのは一度諦め、ファムと合流した方がいいだろう。という冷静な判断をヘルメスは下すことができた。


「退こう……ステラ歩けるか」


「はい」


「おれが光と音で逃げる隙をつくる。みんな目と耳を塞いで……”承認”」


 ヘルメスの頭上に2つの光る球体が発生し、ふよふよと4体の魔物の方へととで行く。光球の中から閃光爆裂矢ノイジーフラッシュアローが現れると同時に光と爆音が炸裂した。


 膨大な光量と音量が満ち、部屋はまばゆい白で塗りつぶされた。耳鳴りのノイズの静寂の中、ヘルメスは「いくぞ」とステラとシャニに合図を出した。ヘルメスは4体に背中を向けずに、素早く後ずさろうとした……のだが。


「ん!?」


 なにかがヘルメスの足首を掴んでいてヘルメスは動くことができなかった。徐々に薄らいでいく閃光の中で目を凝らすと、床から何か腕のようなものが生えているのが見えた。白い腕の骨がヘルメスの足首を掴んでいたのだった。


「う、うわ!」


 ヘルメスは自由に動く方の脚で、骨の腕を蹴飛ばした。骨は脆く、簡単に粉々になったが、瞬く間に再生してヘルメスの足を掴み続けるのだった。骨はつぎつぎと床から生えてきて、ヘルメスたちの脚を掴んでくる。


「これは死霊魔術ネクロマンシー……死んだ者の霊を使役し利用する魔術です……おそらくあの【蛇女】の術です」


「ジンリンが使ったやつか。どうすりゃいい?」


「……まだわかりません」


 とステラは言った。初見の魔術への対処方法を即興で閃くことはステラをもってしても難しい。もしステラの状態が万全であれば魔術や武術を使って切り抜けえたのかもしれないが、今のステラは魔術が使えず得意とする刀も失くしてしまっているのだ。


「とりあえずこの術を覚えて、逆算して仕組みを解析してみます……どうにかできるかも」


 と言ったステラだが、それを始めた途端ふっと顔色が青ざめ、ふらつき、倒れそうになった。


「どうした!?」


「あれ……コピーができない」


 先ほどまで普段の元気さを取り戻していただけに、ヘルメスは心配になったが、その前にヘルメスたちを殺す気でいる眼前の脅威をどうにかしなくてはならず、逃げるには死霊魔術をどうにかしなければならず、どうにかしなければならないことがたくさんありすぎてヘルメスは混乱していた。


 ふと前方の空間が歪んだ気がした。二本角が背負った大剣を振り下ろしていた。広範囲の衝撃波のようなものが迫ってきているのだった。敵は冷静になる間も与えず攻撃を仕掛けてきた。


「くそ」


 ヘルメスはダメージを無効化できるが、ステラとシャニはそうではないのだ。身を挺してかばおうにも骨の腕のせいで身動きがとれない。八方ふさがりの状況の最中、


「大丈夫だょ。もぅすぐ来てくれるから」


 とシャニが言った。


「ほい」


 背後から声がした。ヘルメスたちにまとわりついていた骨と迫りくる衝撃波がたちまち消え去った。振り返るとファムが立っていた。傷ひとつない元気な姿だった。


「ファムさん!」


「やはり早めに切り上げて正解でしたね」


 ファムの登場に四天王の面々は驚愕の表情を浮かべていた。


 ファムは「さて」と四天王に向き合いつつ、


「まずは眼前の脅威を排除します……この世界では使用が禁じられている魔術を惜しげもなく使いますのでステラ様はどうか目を閉じてくださいませ」


 するとステラは逆に目をギンギンに開いた。見るなと言われるとかえって見たくなるものだ(カリギュラ効果という)。ステラはファムの魔術をコピーする気満々だったのだろうが、ファムが困った顔をしていたので、ステラの両目はヘルメスがふさいだ。ファムは「ヘルメス様、ありがとうございます」と言って即座に魔術を発動させる。


「ほい、ほい、ほい、ほい、ほい」


 とファムが省略した呪文を立て続けに唱えた。ヘルメスたちの前に立ちはだかっていた4体の魔物たちとバアルがつぎつぎにパッと消えていく。ファムは四天王に何もさせず完封した。


「おお、スゲエ!」


「何をしたんですか?」


 ヘルメスの目隠しを振り払ったステラが尋ねた。


「別の場所へ強制的に空間転移させました。階層を超える転移はできませんが、可能な限り遠くへ転移させたので5分程度の時間は稼げるかと」


「強制転移の魔術ですか。すごい……覚えたかったな……なんで私に見せてくれなかったんですか?」


「ステラ様の身体を思ってのことです。今のステラ様は控えめに言って瀕死。その上、リコリスの〈眷属化〉まで受けている。その体で取得難易度の高い禁術をコピーするのは危険です。脳と目に負担がかかりますから」


「ああそれで、死霊魔術がコピーできなかったんだ……」


 とステラが言うと、ファムは頷いた。


「ステラ様は現在瀕死の状態で立ってしゃべっていますが、それが異常なのです。おそらくバアルに『デッドポーション』を飲まされたのでは。動かぬ体を無理やり動かすための劇薬です。これ以上体に負荷を掛ければ死んでしまいますよ」


「そんな状態なのか……妙に元気だなとは思ったんだ。ステラ、休んどけ。死ぬぞ」


「そうだったんですね……」


 と言うと、ステラは床に座り込んだ。


「ヘルメス様、私が購入を勧めた魔物を覚えていますか?」


「えーと、『池女』と『怪物おやじ』でしたっけ」


「全然違います。『湖の乙女レディ・オブ・ザ・レーク』と『怪物の父ファーザー・オブ・ザ・ネイムレス』です。湖の乙女は〈眷属化〉の解除に役立ち、怪物の父は傷ついた身体を治療するのに役立ちます。ステラ様の治療にこの2体の魔物は不可欠です。ステラ様の治療後はダンジョンの癒しの要となるでしょう。ぜひともご購入を」


「助けてくれた上、ステラや魔物のことまで気にかけてくれてありがとうございます。必ず購入します」


「ステラ様のためではありません。私がステラ様を気にかけるのは、ヘルメス様がバアルに勝利しシャニが生き残る確率を上げるため。つまりシャニのためなんですからね」


 ファムの言い回しに棘を感じたヘルメスだった……もしかしてこれもツンデレの一種なのか。とはいえ、気にかけてくれていることに変わりないのでそこはありがたく思った。


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