04-73 コネクテッド(仮) その⑤




 ステラの放った炎の魔弾がバアルに迫っていく。ヘルメスはふらつくステラの体を懸命に支えた。魔術の使用は今のステラには負担が大きかったのだろう。今日だけで3度も戦闘不能状態からの復活を果たしたステラの体調がよいはずがなく、そんな状態でバアルをブン殴り魔術を行使したのだから、体にかかった負荷は相当なものだったはずだ。


 ヘルメスは「回復アイテムを作ろうか?」とステラに聞いたが「今日だけで回復アイテムを使い過ぎていて、そろそろ副作用が怖いです」と答えたので、回復アイテムは作らずにおいた。


 回復アイテムと聞くと体に良さそうな印象があるが、実際には自然回復を強制的に高めるという代物のため、傷をいやしはするが身体に負担をかけてもいる。使い過ぎれば不自然に急増した血流が血管を突き破ったり、いびつに回復した骨や筋肉により血管や器官の機能が阻害される場合もある。というわけで薬は用法と用量を守る必要がある。ステラはすでに用量を超えた回復アイテムを摂取してしまっているのだった。


 と、回復アイテムについて話している間に、火球はバアルに到達した。ボンと勢いよく火球が爆ぜバアルの体が炎に包まれる。バアルは幾重に張り巡らせた魔術的防御結界に守られており本来触れることすら困難な防御能力をもっているのだが、ステラの炎はそんなバアルの防御をを軽々と突破した。


 ステラは〈支配者殺し(マスターブレイカー)〉というスキルを所有する。ステラはダンジョンのオープン前にヘルメスをしこたま殴ったことで、〈下剋上〉とともにこのスキルを獲得していた。




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【スキル解説】

〈支配者殺し(マスターブレイカー)〉


 ……世界でステラだけが所有する五つ星ユニークスキル。フレーバーテキストには『ダンジョンマスターを攻撃するとき攻撃力が700%上昇ボーナスを得る』と書かれているが、効果対象のダンジョンマスターのスキルや魔術・アイテムによる防御を無効化する隠し効果がある。ダンジョンマスターと直接対峙する機会は滅多にないため死にスキルとなりがちだが、ハマったときには絶大な効果を発揮する。


 取得条件……自分のダンジョンマスターに対して死に至るダメージを4回以上与える。

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 〈支配者殺し(マスターブレイカー)〉が乗った防御不能の炎がバアルの体を焼いていく。


「終わったんだな」


 とヘルメスがつぶやいた。ステラも「はい」と頷いた。そしてふたりはほっと一息ついた。ふと横を見るとシャニが泣いていて、「ぁたし、バアル様の顔好きだった。もぅ二度と見られなぃんだね」と言った。


「シャニはバアルが好きだったのか」


 シャニは頷いて「顔だけね」と言った。たしかにバアルはイケメンだったが……敵の前でゲロを吐くような奴だ。そんな男でもシャニに泣いてもらえるとは、イケメンとはなんとうらやましい存在なのだ……。ヘルメスは少しショックを受けていた。


 ふと見るとステラがなぜかガッツポーズをしていて、「そんなにバアルが死ぬのがうれしいのか」と聞くと「いえシャニちゃんの好感度が下がったのがうれしくて」と答えた。ステラが何を言っているのかよくわからなかったが、好感度の下げ幅は面食いのシャニより他人の失敗を喜ぶステラの方が大きかった。


「ステラ、よく正気にもどったな……バアルの名前を受け入れるんじゃないかって心配したんだぞ……」


「あのとき……頭の中でマスターの”声”がしたんです」


 そう言うとステラは左手の甲をヘルメスに見せた。薬指にはリンクの指輪がはまっている。『わたしたち、離れていても繋がっています』というステラの言葉を思い出した。


「……そうか、念話が」


 ヘルメスも左手の甲をステラに見せた。


「はい」


 ふたりは少し顔を赤らめながらはにかみ、しばらくして「ハハハ」と笑いあった。確かにふたりは繋がっていた。


「敵ゎなぃなぁ……」


 とシャニが寂しそうにつぶやいたのだが、ヘルメスの耳には入っていなかった。


「そういえばマスター、とどめを刺そうと思うんですけど私の刀はどこでしょうか」


「え、ああ……そういえばあれどこやったかな。リコリスと戦ったときごちゃごちゃしたからあんまり覚えてないんだよな……あっちの部屋に置いてきたかも」


「えー! 失くすなんてひどい! お気に入りだったのに!」


「しょうがないだろ、リコリスと戦うのでいっぱいいっぱいだったんだ。あとで新しいの買うよ」


「えー! あれじゃないと嫌です」 


 このような無駄なやりとりは詰めが甘いとしか言えなかった。さっさとバアルのとどめを刺すべきだったのだ。


 炎に包まれたバアルから肉が焦げる異臭が立ち始めたとき、炎の中から「承認」という声がした。バアルの上方に光の球が発生し、その中から大量の回復アイテムが出現した。


「あ!」


 とヘルメスが気が付いた時には、回復薬がバアルに降り注いだ。


 ジュウ。


 と炎に焦げた回復薬が蒸発し白煙が立ち上る。ステラの炎は回復アイテムにより鎮まった。薬臭い湯気を昇らせながらゆらりと立ち上がったバアルは全身黒焦げで服は焼け落ち、髪型はアフロになっていた。


「なんてこと!」


「バアルが」


「ァフロになってる!」


 アフロになったバアルは最後の力を振り絞るように指を鳴らした。直後にパッと瞬間移動のような現象が発生し、バアルのそばに4体の魔物が出現した。


 仮面で目元を隠した赤い外套の紳士。


 背中に大剣を背負った二本角の戦士。


 骨の蛇を首に巻きマスクで口元を隠した修道女。


 兎耳と額に第3の眼を持つエプロンドレスの少女。


 その4体は全員が強者の雰囲気を醸していた。魔物の召喚――そんなことがバアルにはできるのか。


 バアルは4体に「ころ……」と言い残すと倒れた。


 4体の魔物がヘルメスたちに恨みの籠った視線を向けた。


 すっかり疲弊したヘルメスたちには戦う力は残っていない。バアルを倒すまであと一歩だったのに、この一手で距離が遠ざかってしまった。ヘルメスは奥歯をかみしめた。

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