04-71 コネクテッド(仮) その③
*
「ゲーム……」
ヘルメスはごくりと唾を飲み込んだ。なるほどヘルメスがヴァージニアの名前を上書きできるのだから、バアルがステラの名前を上書きできるというわけだ。少し前、ファムから魔物の名前が上書きできると聞いたとき、ヘルメスは魔物の所有権をめぐる戦いを予想した。その前哨戦が今ここで行われるのだ。
ヴァージニアの生殺与奪をバアルの手から奪う絶好の機会だが、もしステラがバアルの名づけを受け入れれば、ステラはバアルの
こんな条件はあまりにも……
「どうだ怖いかい」
「たしかに怖いな」
ヘルメスに有利すぎて怖い。ステラとバアルは初対面だ。なにより最大の敵なのだ。暴力の化身のようなステラがバアルの名づけを受け入れるとは思えなかった。それともバアルにはなにか策があるのだろうか。受けない方がいいのだろうか……。もしステラがバアルのものになってしまったら……そんな不安が頭をよぎったが、
「わかった。受けるぜ」
「よし」
ヘルメスはバアルの申し出を受けた。あのステラがバアルの名づけを受け入れるわけがないと判断した。なによりバアルがヴァージニアに名づけの機会を与えてくれたことが大きい。ヘルメスはまだヴァージニアに名前を付けることができていない。名づけさえできればヴァージニアはきっと自分の名づけを受け入れてくれるはず。そう思った。
――ヘルメスはこの時点で懸念すべき事項をいくつか見落としていた。
が、それはそれとして、バアルとの名前をめぐるゲームが始まった。
「先を譲ろう」
とバアルが肩をすくめたので、ヘルメスはヴァージニアに向き合った。そしてじっと目を合わせてこくりと頷いた。ヴァージニアも頷きを返した。ヘルメスは唾を呑み込もうとしたが喉が渇いていて上手くいかなかった。緊張しているのだ。
良くない感じだ。ヘルメスは自分が名前を噛んでしまわないか心配になってきた。
「ヘルメス……正直ぁたし迷ってる。ぁたしはガレキの城の魔物だから、ヘルメスの名前を受け入れられるのか、ゎからなぃんだ……でも、ぁたしがどんな結末を迎えても気にしなくてぃぃからね。ヘルメスを助けるって決めたのはぁたしなんだから」
ヴァージニアの男前な発言にヘルメスはハッとした。この名づけが失敗したらヴァージアはバアルにデリートされてしまうかもしれないのだ。プレッシャーで余計言葉に詰まってしまった。
「ん? もしかしてぁたしの視線が気になるの?」
視線が気になっていたわけではなかったが、ヘルメスはとりあえず頷いた。ヘルメスをリラックスさせようと気を使ってくれている。
「なら目を閉じててぁげる」
ヴァージニアが目を閉じた。ヘルメスは一歩踏み出した。そして少しかがんで目の高さを合わせた。顔を近づけると改めてかわいい顔をしているなと思った。赤みがさした唇が目に入り、なんだかヘルメスはドキドキしてきた。
言うぞ……とヘルメスは心の中で意気込んだ。噛まないように。絶対に噛まないように。しかし意識すればするほど噛んでしまうことへの恐怖が湧き上がってくる。ヘルメスの呼吸が荒くなって来た。
ええい!! ままよ!! ファムさん、おれはあんたを信じるぞ!
「君の新しい名前は――」
ヘルメスは噛まないように慎重に、共に過ごすことになるであろう未来に胸を高鳴らせながらその名を呼んだ。
「――”シャニ”」
「……それがヘルメスが考えた、ぁたしの名前?」
眼を開いたその少女は少し頬を赤らめていた。ヘルメスは噛まずに名前を言えたことに対する安堵と、名前を受け入れてくれたかわからない不安。二つの感情が混ざり合いせめぎ合ってヘルメスの胸の内に渦巻いている。
パチ、パチ。
とまばらな拍手に、ハッと現実に引き戻され、バアルを見るとニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。その表情にヘルメスの不安は強くなるのだった。
「名づけは済んだようだね。さて新入り。君の名づけが上手くいっているか確かめてあげよう」
と言いながら、バアルは指パッチンの形を作った。その瞬間バアルが発する不吉な雰囲気が部屋を呑み込み、ヘルメスは言葉を失った。
「これから僕はヴァージニアに対してデリートを使う。消滅すれば失敗、生き残れば成功。シンプルでいいだろ?」
ヘルメスは息を呑んだ。無意識に少女を引き寄せ、肩を抱いた。少女はヘルメスの腰をぎゅっと抱きしめ返した。一瞬後には消滅してしまうかもしれない小柄な少女の体温と震える肩の感触をヘルメスは感じていた。
パチン。
バアルの指が鳴った。しかし少女――【シャニ】は消滅することなく、ヘルメスの腕のなかで生命の脈動と熱を放っていた。ヘルメスはシャニに向けてニカっと笑いかけた。シャニは涙交じりの笑顔でそれに応えた。
「き、消えてないぞ! や、やった! シャニ! 受け入れてくれたんだな! やったな!」
「シャニ! ヘルメス、ぁたしシャニ! ヘルメスのダンジョンのシャニだょ!」
ふたりは「やった! やった!」と大いに笑いあった。手をつないだままピョンピョンはねて喜んだ。ガレキの城という大ダンジョンの真っただ中で、そのダンジョンマスターを前にはしゃぎあった。
ふたりは比較的善良ともいえる精神性の持ち主だった。だからこそ、悪意に対して無防備を晒してしまうこともある。
「おめでとう……さてあのふたりずいぶん仲が良いみたいだけど、君はどう思った? 僕に囚われた君を差し置いてはしゃいでいたのを見てどう思った?」
「……」
目を覚ましたステラが虚ろな表情ではしゃぐ姿をみていたことに、ヘルメスは気づいていなかった。
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