04-70 コネクテッド(仮) その②





「ふう……吐いたら少し楽になったよ」


 すっぱい異臭が立ち込めるなか、バアルはポケットからハンカチを取り出し口元を拭った。ヘルメスがその様子を呆然と眺めていると、バアルはハンカチを床に捨て右手の中指と親指で輪っかを作った。


 指パッチンの形だった。


 それを見た瞬間、ヘルメスの脳裏に『デリート』の文字が浮かび、背筋がゾッと凍るような感覚に襲われた。


「でッ」


 バアルは自分の所有物をポイントに変換する――『デリート』を使おうとしている。ヴァージニアはバアルに生殺与奪を握られている。ヴァージニアの命はバアルの指先ひとつで簡単に消滅してしまう。


「や、やめろッ!」


「なにを?」


 パチン。


 バアルが指を鳴らした。するとバアルの吐しゃ物が光の粒となって消えていき、嫌なにおいも消えた。さらに天井から降ってきた瓦礫片も消滅した。バアルは吐しゃ物と瓦礫を掃除するためにデリートを使ったのだ。


 目を見開いてそれを見ていたヘルメスは心臓が高鳴るのを感じた。


 ヴァージニアが消えたわけではない。しかし次の瞬間には消えてしまってもおかしくない。生殺与奪を握るバアルという存在を恐ろしく感じた。このままではヴァージニアはバアルに消滅させられるかもしれない。


「バアルッ!!」


「なんだい……」


 どうにかしなければ。ヘルメスはバアルに飛びかかる寸前だったが、それをヴァージニアが後ろから肩を掴んで制した。


「ヘルメス落ち着こ! バアル様はぁれですっっごく強ぃんだから。ヘルメスじゃ、ゃられちゃぅと思ぅょ」


「でもこのままじゃ、ヴァージニアが」


「アハ!」


 バアルはファサ……と髪をかき上げた。恐ろしく様になるポーズだったがその顔色は悪かった。切れ長の眼差しはヘルメスに向けられている……ような、他のところを見ているような……どこか焦点があっていない感じがして不気味だった。


「面白いな……その子、なんだよね……その子がどうなろうが君が慌てる必要ないだろ」


「ああっ?」


 ヘルメスはすでに自分がバアルの醸す空気に吞まれつつあるのを感じていた。バアルはふたたび髪をかき上げた。


「君とは電話で話して以来だね。どうだった僕のダンジョンは? 。僕は常々思ってる。みんなが楽しんで攻略できるダンジョンを作りたいってね」


「あ?」


 バアルはこれまでの命がけの道のりをさぞだったかのように表現した。ヘルメスとステラによってガレキの城の魔物が多く死んだというのに、まったく意に介していないような余裕しゃくしゃくの態度だった。


「どうしたんだい。さっきから『あ』しか言ってないけど……ま、せっかく会ったんだ。ダンジョンマスター同士仲良くしようよ。ほら」


 そういってバアルは右手を差し出した。握手を求めているのか。ヘルメスはそれに応じない。


「あれあれ? ほら」


 バアルは差し出した手を上下に揺らした。


「君はヴァージニアと友達になれたんだろ。だったら僕とも友達になれるはずだろ?」


「うるせえよ」


 とヘルメスが応えるとバアルは両手で顔を覆い「アハハハハハ!」と笑った。


「いいね……正直なところ、君は……僕のんだ。だから君が僕の手を掴むようならと思っていたんだよ……」


「ああ!? 仲良くしたいんじゃなかったのか!?」


 仲良くしようと手を掴めば殺すとバアルは言ったが、手を掴まず敵対すれば結局殺されるではないか。どちらにせよ殺す気でいるのに、さも正解を選んだかのような言い回しだ。


「ヘルメス……バアル様の言うことまともに聞いちゃダメだょ。バアル様、嘘吐きで何考えてるか全然ゎかんなぃんだから。本心なんて絶対に話さなぃんだから」


「そんなことはないよ、ヴァージニア! たまには本心を話すこともあるさ!」


「そっちの方が厄介じゃねーか」


 ヘルメスが言うと、バアルは「アハハ!」と笑いはじめた。そして「ナイスツッコミ……」と言いながら、ふたたび指パッチンの形を作った。ヘルメスの顔色が青ざめた。


「アーハハハッ!」


 パチン。


「あ」


 今度こそデリートされたかと思ったが、ヴァージニアは消えていなかった。その代わり、バアルのそばにはステラの姿があった。気を失ったステラが瞬間移動しバアルにお姫様抱っこされていた。


 ファムが使った短距離空間転移ショートワープ……のような技をバアルも使って見せた。


「は!? 何やってんだよ、お前ッ!」


「フフフ……」


 バアルは不敵に笑いながら、ステラをそっと床に降ろした。


「君はヴァージニアを連れていく気なんだろ? だったらこの子は僕がもらおうと思ってね……交換というわけさ。この魔物はすごいぞ……是非うちに欲しい」


「ふざけんなァッ!」


 今度こそヘルメスは飛び出した。これまでステラと一緒に頑張ってきたのだ。ステラと一緒に帰るために多くの血を流したのだ。そのステラをこんな男に奪われるのは絶対に嫌だった。


「ふざけているのはどっちだろうね……?」


 気が付けば飛び出していた。ヘルメスは大ぶりのパンチをバアルに向かって繰り出した。


 が、その攻撃がバアルに届くことはなかった。突如空中に出現した幾何学的な模様が壁となってヘルメスの攻撃を防いでいた。魔術的力場マジックフィールドによる物理防御だったが、魔術の知識に乏しいヘルメスは変な模様に阻まれたという認識でいる。


「これまで僕の部下を何人か殺し、ヴァージニアまで寝返らせたんだ。君に何の代償もないのは不公平だと思わないか。何かを得たなら、何かを差し出せよ」


「関係ねえだろ! ステラを返せよ」


「んん~? だったら君はヴァージニアを返してくれるのか」


 返すとは言えなかった。ヴァージニアはガレキの城にあっていない。その上、ヘルメスとステラを助けるためにガレキの城を裏切っている。ガレキの城で生きていけるとは思えない。


「ヴァージニアはお前のところにいるべきじゃない」


「それを言うならこの『ステラ』も君のところにいるべきじゃない……負けるダンジョンに所属するなんて魔物がかわいそうだろ」


 それは一理あるのかもしれない。ヘルメスはこれまでの過程でガレキの城の強さを思い知っている。戦力を単純にぶつけ合えば負けるのはヘルメスの方だろう。しかしヘルメスは、


「……自分がどこにいたいかは、魔物自身が決めるべきだ」


 と言った。バアルは一瞬だけハッとした表情を見せた。しかしすぐに不敵な表情に戻り「アハハ」と笑い始めた。


「なるほど……君はそういう考え方をするのか」


「悪いかよ」


 「いや」とバアルは目を伏せた。そしてヘルメスの目を見て言った。


「君の流儀はわかった。そこで考えたんだが、この女とヴァージニアを使って、ちょっとしたゲームをやろう……フフフ」


 バアルは不敵に言うと「承認」と唱え、光の球を出現させた。ダンジョンマスターの能力のひとつ『アイテムの作成』である。光の球から現れたのは、上級回復アイテムであった。


「これから僕はこの女を目覚めさせて名前を付ける。君はヴァージニアに名前を付けるといい。お互いの魔物に名前をつけあって手駒を取り合うダンジョンマスターならではのゲームさ……」




***


あとがき


 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 お休みすいませんでした。休んだにもかかわらずあんまりストックを溜められませんでした。今までより文字数少なめ、更新速度遅めになります。毎日更新を掲げたかったのですが無理そうなので3日おきの更新を目標に書いていきたいと思います。これからも読んでいたけるとうれしいです。


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