04-69 コネクテッド(仮) その①




「もっと手間取ると思ったけど、思ったよりも早く終わったわ」


 うつぶせに倒れ動かなくなったリコリスを見下ろしながらファムはつぶやいた。どんな魔物にも弱点はある。リコリスは世界最強を自負したとしても恥ずかしくない強さを持つ魔物だが、直情的で煽り耐性が低く冷静さを失いやすいという欠点がある。加えては視認できない攻撃に対して時を止める技が使えない。本来の力を発揮する夜であったならまた話は違っていたのかもしれないが。


 とりあえず我が子を泣かせた落とし前はこれでつけたということにしておこう。〈眷属化〉のスキルを受けているステラのことを考えれば、ここでリコリスを殺害したほうがよいのだろうが……今後ヘルメスのダンジョンで暮らすことになるであろう我が子にとってステラは最大の恋敵となるだろうし、そこまでしなくとも良いだろう。〈眷属化〉の解除のヒントはすでに与えてあるのだから。


「ふう」


 これで私の役目のほとんどが終わった……ヘルメスとステラがダンジョンに帰れば『ふたりを助ける』という我が子との契約は果たされ、“召喚魔術”の効果は切れる。ファムは強制的に元の世界へ送還され、その瞬間我が子は何かの記憶を失うのだ。


 我が子が何の記憶を失うのかはわからない。だが代償で失った記憶は二度と戻らない……


 我が子は召喚魔術ファムのことをすでに忘れてしまっている。二度と思い出すことはなく、母だと打ち明けたとしてもそれが記憶されることもない。

 

 召喚魔術の代償は重いのだ。


 我が子が召喚魔法を使うたびにファムが喚ばれるということは、忘れたはずの母の記憶が“最強”のイメージと結びついているということ。我が子との絆を感じてうれしくはあるが……最愛の娘に忘れられているというのはそれ以上につらい。


 我が子には幸せになってほしい。できれば二度と召喚魔法を使うことがないように、ストレスのないところで過ごして欲しい。ただ絶えずガレキの城との戦いを強いられるヘルメスのダンジョンはガレキの城以上にストレスだらけの気がする……ヘルメス以外の者たちと仲良くやれるかも心配だ。


 そもそも我が子はヘルメスの名づけを受け入れるのだろうか。ヘルメスは修羅場をくぐったことでずいぶん成長したようだが、まだまだ未熟なうえに自分の名前さえ噛んでしまう生来の残念さを持つダンジョンマスターだ。もし我が子の名前を噛まれてしまっていたら目も当てられない……


 せめてもう一目。ファムは転送魔方陣の部屋へと向かうのだった。







「ぜえ、ぜえ」


 ヘルメスたちは転送魔方陣の部屋へと駆けていく。ヴァージニアはすでに息を切らしている。最大の障害だったリコリスをファムが抑えてくれている。この機を逃さず、ガレキの城を脱出する。それは簡単だが、ヘルメスにはやらなければならないことがあった。


 扉をくぐり転送魔方陣の部屋へと到着する。と同時にヴァージニアが部屋の隅に置いてあった魔方陣の操作端末デバイスの操作を始める。


「ぜえ、ぜえ、待っててねヘルメス……すぐにダンジョンまで転送してぁげるからね!」


 2部屋分の僅かな距離を走っただけだがヴァージニアは息を切らしていた。リコリスとの対峙やファムの召喚はヴァージニアに大きな負担をかけていたようだ。


「待ってくれ、その前にお前の名前を付けさせてくれないか。ファムさんと約束したんだ」


「名前……? んと……ヘルメスはぁたしのこと、ぁだ名で呼びたいってこと?」


「え……いや……おれはダンジョンマスターだぜ。おれが名前をつける意味、わかるだろ。おれが名前を付ければヴァージニアはおれのしもべになる。しもべって言っちゃうとあれだけど、ようはバアルの支配から逃れられるんだよ。たぶんファムさんは、ヴァージニアがバアルにデリートされないか心配して、おれに頼んだんだと思うけど」


「んん……だったら名前つけなくてぃぃょ。ぁたしはガレキの城の魔物だし、バアル様には恩もぁる。自分の仕事放り出してヘルメスを助けるって決めたのぁたしだもん。ぁたしのゃったことの責任はぁたしがとらなきゃね……でもヘルメスは気にしなくてぃぃょ、ぁたしがゃりたくてゃったんだもん。バアル様にデリートされたとしても後悔なんてしなぃょ」


 ヴァージニアはそう言うと、再び端末デバイスの操作に戻った。きっと喜んで名前を受け入れてくれると思っていたので、ヴァージニアの反応にヘルメスは戸惑った。


「待ってくれよ。ヴァージニア死んじゃうかもしれないんだぞ。おれたちを助けたせいで。なんでそんなこと言うんだよ」


「なんでって……ぁたしたち友達だけど敵なんだよ。敵を助けたら裏切り者になるのは当たり前でしょ」


 ヴァージニアの言葉にヘルメスは視界が歪むようなショックを受けた。ヘルメスはヴァージニアのことがわからなくなった。


「おれたちを助けて死んでもいいのかよ!?」


「別にぃぃょ。バアル様のことは好きだけどぁたしのことなんか見てくれないし、大事な思い出も消えちゃってなんにも覚えてないし……弱ぃからみんなにぃじめられてるしね……ヘルメスたちを助けたぃ気持ちにウソはなぃけど、ホント言うとなんか疲れちゃったっていうのもぁるんだ……」


「ヴァージニア……」


 ヘルメスはステラをゆっくりと床におろすと、ヴァージニアの肩を両手でつかんだ。


「ヴァージニア……お前、死にたかったのか? 死にたいからおれたちを助けてくれるのか? なんでそんなこと言うんだよ」


「ん……? ヘルメスはステラさんと一緒に帰りたぃって言ったじゃん……ぁたし、ステラさんのために一生懸命なヘルメスを応援したぃって思ったんだょ……なんかぃぃことしたなあって思ぇたら……それで死んでも別にぃぃじゃん」


「ダメだよ」


 ヘルメスはヴァージニアをまっすぐに見つめながら言った。


「ヴァージニアは死んじゃダメだよ……ヴァージニアはいいやつだ。出会ったばかりのおれたちのために命をかけてくれた恩人だ。ファムさんに頼まれたってのもあるけど、なによりおれがヴァージニアに生きて欲しいんだよ。だからおれたちのダンジョンに来てくれ、頼むよ」


「……ぁたし……転移回線の設定しかできなぃ。ほかには何にもできなぃんだょ。ヘルメスのところに行ったら……きっとぁたしヘルメスに迷惑をかけるょ」


「そんなことねえよ。一つでもできることがあるだけ上等じゃねえか。何もできなかったとしてもヴァージニアがおれたちのためにしてくれた恩は消えない。例え一日中寝て過ごしてたって迷惑だなんて思わねえよ。君が生きていてくれるだけで、おれはうれしい。だから」


 ヘルメスは言っていて恥ずかしくなってきた。告白しているような気分になってきたのだ。ヴァージニアも顔を赤らめていたが、ヘルメスは最後まで言い切った。


「おれのダンジョンに来てくれ。おれには君が必要なんだ」


「でもヘルメスにはステラさんが……」


 ヴァージニアも顔を赤らめながらモジモジとし始めた。 


「もちろんステラは大事だ。でもヴァージニアだってその次くらいには大事だよ」


 ヴァージニアの頬の赤みがすっと引いた。「だよね」とヴァージニアは口を尖らせ、端末デバイスに視線を落とした。会話の終わりの予感をひしひしと感じヘルメスはヴァージニアの肩から手を離した。


「ヘルメス……誘ってくれてぁりがとね……でもぁたしは行けなぃょ……だってぁたし、ガレキの城の魔物だもん……! さ準備できたょ! これでヘルメスとステラさんはいっしょにダンジョンに帰れるからね!」


 帰れる! それはうれしいが、ここで頷いたらきっとヴァージニアとは二度と会えない。それがわかっていたからヘルメスは食い下がった。


「ヴァージニア……頼むよ。こうして話している間にもバアルがヴァージニアをデリートするかもしれない。だから……おれが考えた名前だけでも聞いてほしい。おれの名前を受け入れるかはヴァージニアに任せる。もしおれの名前を気に入って、ヴァージニアが受け入れてくれたら……その時はヴァージニアもおれたちと一緒に来て欲しいんだ」


「……」


 ヴァージニアはヘルメスを下からジト目でねめつけた。機嫌は悪そうだった。断られることを予感したヘルメスだったが、ヴァージニアの答えは違っていた。


「……なに?」


「ん?」


「考えてくれたんでしょ……ぁたしの新しい名前……なに?」


 パッとヘルメスの表情が明るくなった。


「あ、ああ……! ヴァージニアの新しい名前は……」


 その時だった。ヘルメスの頭の上の天井が突如として震えだし、直後にがらがらと崩れ落ちた。


 なんだ!? 


 ヴァージニアを抱きかかえステラの上に押し倒すと、ヘルメスは二人の上に覆いかぶさった。ガラガラと天井の破片が降り注ぐ。背中にいくつかの破片が直撃したが、それは〈四の死デッドフォア〉でどうにかし、ヘルメスは天井の崩落が収まるのを待った。

 

 転送魔方陣の模様がすっかりガレキの破片に埋まったとき、ようやく崩落が収まった。


「ステラ、ヴァージニア! 無事か!?」


「ぅん……ぁたしは大丈夫、ステラさんも!」


 ヴァージニアの下にいるステラにもケガはないようだ。ヘルメスはほっと息を吐いた。それから立ち上がり、天井を見上げた。


 天井にはぽっかりと穴が開いている。穴は一つではなかった。ヘルメスたちのいる96階層の上……97階層の天井の上にも開いている。さらにその上の階層の天井にも穴はあった。いくつもの穴の先には青い空が見えた。


 天空からガレキの城を貫くように穴が開いていた。


「ゲェ~ップ」


 その人物は異音とともにどさりと上から落ちてきた。そして背中を打ち付け、ゴロゴロと床を転がったあとで、フラフラと立ち上がった。


 スラリとした長身、銀色の長い髪、なにより凄まじく整った顔立ち。


 ドッペルデビルが模倣した男の姿そのもの……


「バアル……本物なのか……!?」


「やあ……」


 バアルは苦しそうな表情でヘルメスたちを見つめた。直後、部屋の隅までふらふらと歩いていき、そこでかがみこんだ。そして。


「オロロロロロ」


 吐いた。





*****

あとがき


あとちょっとなんですけど、ストックがないため不定期更新になります。

早期の再開を目指してがんばって書いています。また読んでくださるとうれしいです。


毎日更新キャンペーンが始まったと言うのに不甲斐ない……

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