04-68 手折ってファム・ヴァージ(仮) その④



 

「余計な入れ知恵をしてくれましたネ……ファム・ヴァージ」


 怒り心頭といった表情でリコリスはファムをにらみつけていた。この女にステラとヘルメスを逃がされ、ヴァージニアは擁護され、そのうえステラの〈眷属化〉の解除方法まで教えた。今すぐにこの女をくびり殺してやりたい……! 


「どうぞ。


 と涼しい顔でファムは答えた。ファム・ヴァージの能力はさきほど見た。ヴァージニアの額に手をかざしただけで、ファムはこれまでの状況を把握したように見えた。


「ホホ……あなた……心……読めるみたいですネ……」


「正確には現在進行形の記憶を読んでいます」


 心を読める相手に『見切り』を決めるのは難しい。『見切り』を成立させている要素のひとつにリコリスの洞察力と膨大な戦闘経験に由来する『読み』がある。ファムが現在進行形の記憶を読むのであれば、リコリスの読みはファムに読まれてしまうということになる。つまりファムはいつでもリコリスの読みの裏をかくことができるということ。そんな相手に見切りを前提とした立ち回りをするのはリスクが高い。


 ファムは魔術師だ。魔術師相手の戦いの基本はやられる前にやれだ。


 並みの魔術師であれば詠唱や属性変化の隙をついた速攻で倒すことができる。しかしファムの詠唱の速さ。詠唱に時間がかかるという空間魔術のデメリットがデメリットとして機能していない。下手に動けばファムの魔術攻撃が死角から飛んでくる……そんな予感にリコリスは動くことができずにいた。結局、発動すれば必勝の『見切り』に頼る立ち回りをせざるを得なかった。


「さて、リコリス。私がここに残ったのはシャニを泣かせたあなたに相応の報いを与えるため……ですが、私は魔物あっせん所職員……本来あなた達の戦いに干渉すべき立場ではない……あなたの命を奪うことはしません」


「ホホホ……お優しいのですネ。でどうする気なのです?」


「そうですね……シャニの記憶を読んだところ、あなたは”おしゃべり”にこだわりを持っているようですね。ですから”おしゃべり”で心を折ってやろうかなあと思っています」


 リコリスの表情があからさまな怒りに染まった。


「……あえて『見切り』を発動させるということですか!? ”おしゃべり”でわらわを倒すなんて、いくら何でもわらわを甘く見すぎです」


「そう……だったら抵抗してみせてくださいね?」


「言われずとも……そうさせてもらいますワ」


 リコリスはバックステップをし壁を背にした。壁を背負えば背後からの攻撃の多くは防ぐことができる。そして半身に立ち腰を落とし左手を前に右手は顎の横に構えた。死角を減らしたうえで相手の攻撃に備える。魔術は武術と違い体の動きにとらわれず多角的な攻撃を繰り出すことができる。またステラが放った風の魔弾のように視認性が低い攻撃も警戒する必要がある。リコリスは壁を背負い死角を消し、構えることで危機に備えた。すべてはファムの攻撃を『見切る』ため。


 対してファムは特に構えもせずカツカツとハイヒールの靴音を響かせながらモデルのような足取りでリコリスに近づいていく。これではまるで普段のリコリスの立ち回りそのもの……


「それは……わらわの真似のつもりですか?」


 とリコリスが尋ねると、ファムは答えた。


「あなたの真似なんかするわけないでしょうww あなたのことなんて知らないしww 意識高すぎですww ウケますww」


「は!?」


 ファムの言葉の節々から雑草のように生えている悪意に感情を逆なでされ、リコリスは思わず頭に血が上りそうになる。しかしさすが百戦錬磨の猛者、すぐさま冷静さを取り戻すべく、自分に言い聞かせる。


(そ、それはそうです。わらわとファムは初対面。ファムがわらわの真似をするわけがありませんでした……)


「はい、心読みましたww 自分の非を認めましたねww あなたの負けですww」


「は!? 何勝手なこと言ってるんですカ! わらわは何に負けてないし!!」


 そもそもなにに負けたというのか。ファムは「にやにや」というかんさわる笑みを浮かべてリコリスを見つめている。リコリスは正体不明の焦燥感に戸惑っていた。


(もしかしてファムの言っていた”おしゃべり”とはリアルの”おしゃべり”なのですか!? リアルの悪口でわらわの心を折ろうと!?)


 たしかにファムはおしゃべりでリコリスの心を折るとは言ったが、『見切り』を発動させるとは言っていない。ファムの言うおしゃべりとはリアルのおしゃべりのことだったのかもしれない。つまり今リコリスはファムに”おしゃべりバトル”を挑まれているということになる。


 おしゃべりバトル……レスポンスバトル(レスバ)とも呼ばれる。互いに会話を繰り出し、煽り合い、あるいは論理的に反論し合い、相手を黙らせた方が最終的な勝者となる。なるほどそれならば先ほどの『負け』発言も通る。おしゃべりバトルという頭脳戦の土俵にリコリスはいつの間にか引きずり出されていたのだった。


 頭脳戦は苦手ではない。『見切り』と言うピーキーな技を戦法として成立させているのはリコリスの洞察力に基づく読心術めいた読みなのだから。しかし、このおしゃべりバトル、いつもの頭脳戦とはなにかが根本的に異なっている。そんな予感にリコリスは焦った。


「勘違いのリコリスさんww 恥ずかしいですねww 誰もあなたに注目してないのにあなたの真似なんてするわけないですよねww」


「ぐぅう!!」


 何か言い返さなければ負けてしまう。だというのにリコリスは言葉を返すことができなくなっていた。そもそもおしゃべりバトルの心づもりができていなかったのだ。そのため(わらわの真似のつもりですか……?)などと勘違いな発言をしてしまい、ファムに煽りの材料を与えてしまった。おしゃべりバトルではひとつのミスが敗北につながる。不用意な発言をしたことをリコリスは後悔した。


「自意識過剰ww 自己顕示欲の塊ww 居丈高ww 傲慢ww コミュ力低いのをミステリアスな雰囲気でごまかしている人ww」


「ふ、ふひいい! 違うもん! 」


 リコリスは頭を掻きむしっていた。な、なにも言い返せない! 自分がこんなにも口げんかが弱いとは! なにか反論の糸口を見いだしたいが、ファムは一貫して(わらわの真似のつもりですか……?)の煽りに徹しているため隙が無い。さきほどの罵詈雑言の連打にしても、同じ意味の言葉を言い換えるだけに留め的外れなことを言わないように考慮されており、さらにコミュ力が低いのを雰囲気でごまかしているのはその通りなので突破口がつかめない。


「今、ふひいいww って言いましたねww ふひいいww ふひいいww 何語でしょうかww 叫ぶだけで反論できないの無様ですねww」


 なにか発言すればそれをもとに煽られる。煽られないようにするには沈黙するしかないが、沈黙はおしゃべりバトルでは敗北を意味する。


 こ、このままではやられる。


 話題を変えなければ。仕切り直さなければ勝てない。リコリスは話題を変えるべく渾身の悪口をひねり出した。


「お、お前の髪型、流行遅れ!!」


 起死回生の話題転換……どうだ少しは傷ついたか!?


「はい、自己紹介おつかれさまですww あなたの髪型も大概じゃないですかww あと議題はリコリスの真似を私がしたかどうかですよねww 苦し紛れに話題代えようとしたのがバレバレなんですけどww」


「悪口返ってきたー!! 話題も戻されたー!!」


 リコリスは悶絶した。まずいこれではこれまでに築いてきたミステリアスな女のイメージが崩壊する。


「あれあれww もしかしてもう何も言い返せないんですかww おしゃべりはまだはじまったばかりなんですけどww 雑魚過ぎませんかww」


「ぐおおおおお」


 黙れ黙れ黙れ。さっきから言葉の端々に生えている雑草のような悪意を止めてくれ。 てか、もう~頭にきた!


 リコリスは地面を蹴っていた。気が付けばコミュニケーションを放棄し、暴力による実力行使を選択していた。コミュニケーションが行き詰ったとき、モノを言うのは暴力なのだ……リコリスが一目置かれているのは誰よりも暴力に秀でているからだ……が今回は相手が悪かった。リコリスの鋭い拳を、ファムは半歩体を回転させるだけで難なく躱した。拳の先端がファムの鼻先を通り過ぎたとき、リコリスの耳元にファムの唇が近づいた。


「あらあら手を出してしまいましたね。私は”おしゃべり”というあなたの暴力に訴えてしまいましたね。では”おしゃべり”も戦いもあなたの負けということで」


 リコリスは冷静さを失い不必要にファムとの距離を詰めてしまっていた。ファムはリコリスの両目にそっと手のひらをかざした。そしてリコリスの視界がファムの掌によって狭まった瞬間、決着はついた。


 「ほい」という声が聞こえたときにはファムの攻撃魔術が発動しており、直後にリコリスの意識は途絶えていた。さすがのリコリスも見えない攻撃は見切ることはできなかった。


 あとリアルのおしゃべりは別にリコリスの得意分野ではなかった。




*****

あとがき


 やっとリコリスを倒すところまで書けました。

 モデルはある漫画に出てくる吸血鬼+時間停止の人です。なのでリコリスも強くないとモデルに失礼だろうと張り切って強くしました。結果、強くなりすぎて作者にも倒し方がわからなくなりました。


 さて長かった第4章も終わりが見えてきました。がんばって書いていこうと思います。


 あとカクヨムのPVが10,000を超えてました!! 読んでいただき本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る