04-64 徒花のリコリス その⑤
*
リコリスは今の自分にできる最大限の笑みを顔に張り付けて、ヴァージニアを見た。ヴァージニアの手にはナイフが握られていた。
「アラ? どうしたのですカ? ナイフなんか握って? 混ざりたいのですカ? いいですヨ? サア、それでこの男の子を刺してごらんなさい? 無理やり言うことを聞かされていたんですよネ? きっと胸がすっとしますヨ?」
「そんなことしなぃょ! ヘルメスは友達だもん!」
リコリスはため息を吐いた。
「友達……ということはそのナイフはわらわに向けているということですカ」
「……ぁたしはヘルメスを……ヘルメスとステラさんを助けたぃの」
「ヴァージニア、そんなあからさまに裏切りを表明されてはわらわも見過ごすことはできませんヨ。そのナイフでわらわを刺せますか?」
ナイフを握りしめたままふるふる震えるヴァージニアをリコリスは「ホホホ」と笑った。
「ん、ふぅ、ふぅ、ぁたし、ぁたしは!」
ヴァージニアは目をつぶったまま「ぅゎー」と突っ込んできた。しかし途中でつまづき、すっころんでナイフを落としてしまった。
「ふん……本当にくだらない娘。あなたは心が弱いのです。いつもそうやってドジなふりをして、無意識に戦いから逃げているのです。わらわと戦う覚悟がないなら、敵のことを友達などと呼ぶのはやめなさい。ここで踏み留まれば、一時の気の迷いで済みます。バアル様はきっと許してくれると思いますヨ」
わらわは許さないけどネ。という言葉をリコリスは飲み込んだ。
「友達だもん……ぁたしたち友達なんだもん」
ヴァージニアはふらふらと立ち上がった。ほう……リコリスは内心で嘆息した。ヴァージニアが意地を見せようとしているように感じたからだ。戦いを好まぬヴァージニアにもそういう一面もあったのか。
「……リコリスさんだってそぅじゃん……ステラさんを友達だって言ってたじゃん」
「ン?」
「ヘルメスから聞いたよ? リコリスさん、ステラさんを守るためにたくさん仲間を殺したんだって」
「ギクゥッ」
図星を突かれてリコリスは動揺した。
「……たしかにわらわは敵の命を救うため多くの味方の命を奪ってしまいました。ですがわらわがそうしたのは『殺すな』というバアル様の命令を守るため。ヴァージニアがやろうとしていることは、単なる利敵行動ですワ……」
「じゃぁ、リコリスさん。言ってみてょ。『ステラは友達じゃない』って。『敵だ』って。ぁたしをステラさんだと思って言ってみて」
「そ、そんなの、か、簡単です。ス、ステラは友達じゃ……友達では、あ、あがっ」
リコリスは『ステラは友達じゃない』と言えなかった。それを口にしたら今までステラと築き上げてきた友情をすべて否定することになってしまう。
「ねぇリコリスさん……ぁたしたち、似てると思わない? ぁたしはヘルメスの友達だし、リコリスさんはステラさんの友達でしょ? だったらふたりを帰してぁげょぅょ! このままここで捕まるなんてかゎぃそぅだょ。リコリスさんも友達には幸せになって欲しいでしょ!?」
たしかにステラには幸せになって欲しい。ステラを逃がせば、ステラは幸せになるだろう。あのヘルメスと一緒に。しかし幸せなステラのそばに自分はいない。そんなの……リコリスには耐えられない。ステラを幸せにする存在は自分でなければ許せない。
「ヴァージニア……あなたはそれでいいのですか……ヘルメスの幸せを願うあなたは……あなた自身は幸せでなくてもいいのですか」
「え? 友達が幸せなら、ぁたしだって幸せに決まってるじゃん!」
「グ」
知らなかった。ヴァージニアとはこういうやつだったのか。こんなバカげた考えを心から語れるやつだったのか。リコリスの脳裏には謎の敗北感が到来していた。リコリスは自分の心の矮小さを思い知らされ、自己嫌悪に陥りそうになった。
「ねぇリコリスさん、ふたりを逃がしてぁげょぅょ!」
「黙りなさい」
これ以上、ヴァージニアと話したら、自分のことを嫌いになる。残酷な世界に絶望し、暴力を生きる支えにしてきたこれまでの人生がすべてひっくり返る。これまでの常識が常識でなくなり世界が変わってしまう。リコリスには耐えられないことだった。だからリコリスはヴァージニアとのコミュニケーションを拒絶することに決めた。リコリスの最も得意とする分野。暴力に訴えることに決めた。
「……世間知らずなあなたに良いことを教えてあげましょう……意見が対立したとき……分かり合えない相手に出会ったとき……最後にモノをいうのは暴力なのですヨ……?」
リコリスはつかつかと怒気を孕んだ歩みを進め、ヴァージニアのツインテールを掴んだ。
「ひ、」
それだけでヴァージニアは泣いてしまっていた。
「泣いてもあなたを助ける者はいません……これは必要な暴力……裏切り者の更生のための……正義のためのお仕置きなのですワ」
「ゃめて」
「やめません」
「助けて」
「助けません」
「ヘルメス!」
「敵に助けを求めるな!」
「ぃゃ!」
リコリスは平手を振りかぶるとヴァージニアの頬をぶった。
「ぃゃぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間、ヴァージニアを中心に青白い魔方陣が広がった。空間転移のための魔方陣が構成されたのだ。
*
ヴァージニアは転移回線技術者であると同時に空間転移魔法の使い手である。彼女の両親はともに空間転移の使い手であり、ヴァージニアにも空間転移の才能は受け継がれていた。ただしヴァージニアのそれは別の空間へ渡るための転移魔法ではなく、別の空間から呼び出すための転移魔法。いわゆる“召喚魔術”と呼ばれる魔法体系である。発動には様々な発動条件をクリアする必要があり、その条件は召喚者によって異なる。ヴァージニアの場合は4つの発動条件を満たす必要があり、さらに使用後に代償を支払う必要があった。
①ヴァージニアが強いストレスを感じている
②前回の召喚から1年以上が経過している
③被召喚者が生存している
④ヴァージニアの周囲3メートル以内に媒体となる被召喚者の私物が存在する
代償:召還後ヴァージニアは何らかの記憶を失う。
なお、ヴァージニアの召喚魔法で呼び出される者――被召喚者は、ヴァージニアが思い描く“最強”のイメージに最も近い者が無意識に選出される。
これまでヴァージニアはガレキの城での生活で強いストレスを受けてきた。召喚魔術が発動しなかったのは④の被召喚者の私物が存在しなかったためである。この度、召喚魔術が発動したのはこれら条件を満たしたからであった。
①ヴァージニアはリコリスによって強いストレスにさらされ。
②前回の召喚から1年と3か月が経過しており。
③《被召喚者》は生存しており。
④かつヴァージニアの周囲3メートル以内に被召喚者の私物が存在していた。
ヘルメスがヴァージニアに渡した名刺……それこそが被召喚者の私物であった。ヘルメスに出会ったことで偶然にもヴァージニアの召喚魔法は発動条件を満たしたのである。ヴァージニアのそばに光の球体が発生。異なる次元を繋ぐ『次元光球』――その中から現れた《被召喚者》はメガネを掛けたスーツ姿の秘書めいた女性──
──魔物あっせん所職員……ファム・ヴァージであった。
「喚んだのね……シャニ……!」
ファムはヴァージニアに微笑みかけると、リコリスを睨み付けた。リコリスは肩を震わせ掴んでいたヴァージニアの髪を離し、後ずさった。
****
あとがき(というか補足)
今回ファムがヴァージニアのことをシャニと呼びましたが、
ヴァージニア = シャニ・ヴァージ
です。
ファムの娘、シャニ・ヴァージはガレキの城でバアルに名前を上書きされ、現在ヴァージニアとなっています。ややこしくてすいません。
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