04-63 徒花のリコリス その④
*
「ステラ……!」
気を失っていたステラが動いている。ステラの復活はリコリスを少なからず驚愕させた。ステラの回復は間違いなく阻止したはずなのに。
なるほど。おそらくステラを回復させたのはヴァージニア。ヘルメスは何らかの方法でヴァージニアにも回復アイテムを渡し、ステラの回復を指示していた。リコリスの注意がヘルメスに向いたタイミングでヴァージニアを動かし、ステラを回復させたのか。
「リコリスちゃあぁぁあん!!!」
ああ……! 聞こえないはずの耳にステラの叫びが響いてくる! ステラがこれほどまでに怒りを露わにしている……! 先ほど戦った時は策をめぐらせながら冷静に戦っていたのに、感情をむき出しにして……! 動かない体をわらわへの怒りで無理やりに動かして! そんなに主人を傷つけたわらわを許せないの!
リコリスはぞくぞくと肩を震わせて恍惚の表情を浮かべた。無音の奇襲に気が付かなければ危なかった。リコリスは死角からの攻撃は見切ることはできない……しかし視界に入ってしまえば、その攻撃は『見切る』ことができる。
ステラとの3度目の“おしゃべり”の予感に胸が躍る。
リコリスは下唇に舌を這わせながら目を見開き、接近するステラの姿を凝視した。
早く来て! 早く来て! 首を絞めながら待っているから! あなたの
今のステラの攻撃は感情こそ乗っているが、技術的には素人と変わらないほど稚拙なものだ。殺意丸出しのステラの突撃を見切るのは容易い。ステラは冷静さを欠いている。せっかくの背後からの奇襲なのに怒りに任せてリコリスの名を叫ぶなど、正気とは思えない。それだけヘルメスが大切なのだろう、が……?
「ン?」
違和感があった。ヘルメスとヴァージニアが試験終了チャイム直前まで問題を解いている受験生のような必死こいた気分で作ったチャンスを、あのステラがわざわざ台無しにするような真似をするだろうか。……なにかがおかしい。ステラはリコリスの『見切り』の仕組みをもっとも理解しているはず。ステラのわかりやすい突撃には、何か別の目的があるのではないか。
例えば……他の攻撃からリコリスの意識を逸らすための陽動とか。
「アッ」
突如、激しい風がリコリスの顔面に吹きつけた。リコリスは思わず目をつぶった。魔力と砂埃を孕む風の痛さに目を開けていられなかったのである。
やられた。風の魔弾か。
風属性の魔術は火力が低い。しかし火力を補ってあまりある特性も備えている。攻撃範囲が広いということ、つぎに攻撃速度が迅いということ、そして視認が困難だということ――。
リコリスがヘルメスの首を絞めている間、ステラは前もって風の魔弾を放っていた。リコリスが奇襲に気が付き振り返ることを想定して……そして魔術の威力を底上げするため風の魔弾には陶器の破片をさらに細かく砕いたものが混ぜられていた。リコリスが取るに足らない愚行として警戒すらもしなかったヘルメスの陶器が、ステラによって効果的な攻撃へと昇華された。
ヘルメス、ヴァージニア、ステラの三名による連動。
ヘイトの塊であるヘルメスがリコリスの聴覚を封じた上で注意を引きつけ、その隙にヴァージニアがステラを回復し、目覚めたステラが周囲の状況を把握し、虚実織り交ぜた効果的な攻撃でリコリスを刺す。
偶然の要素もあるのだろうがおそらくヘルメスとヴァージニアは事前にこの形に持ち込むことを打ち合わせをしていたのだろう。そうでなければここまで見事に連携はできない。とどめを担うステラに関しては意識を取り戻した一瞬で状況を把握し、即興で攻撃を組み立てたに違いなく、天才としかいいようがない。
しかしあきらめてはいけない。リコリスもステラの天才に応えなくてはならない。そうでなければステラのおともだちを名乗ることはできない。
今、まさに、ここが、ステラとわらわの
目を閉じた状態ではリコリスは『見切り』を使うことができない。目が見えない状態で突っ込んでくるステラの対処をしなくてはならない。ステラの攻撃が達するまで1秒の猶予もない。
この窮地を乗り切れるか。リコリスの真価が問われている。
リコリスはヘルメスの首から両手を離した。ヘルメスの体を後ろ足で蹴りつけ吹き飛ばしつつ、ステラがいた方向へ膝を突いて向き合う。直前まで完璧に読んでいたステラの突撃の軌道をイメージしタイミングを調整する。
目は塞がれ、耳も聞こえない。ならば肌で感じ取るまで。
「ここか」
リコリスは胸の前で両掌をパンと合わせた。手のひらにひんやりと冷たい刃の切っ先が挟み込まれた。リコリスは自身が出しうる筋力の最大出力を両腕にこめた。手のひらの皮が破れ、突き出た刃がリコリスの服を裂き、皮を裂き、脂肪を裂き、筋肉を裂く。しかし骨までは裂けない。リコリスの心臓を刺し貫かんとしていたステラの刃がそれで止まった。
「はあ、はあ……真剣……白刃取りというやつです……本当に危なかったですワ」
体に突き刺さった刃を引き抜き、取った刃ごとステラの腕をひねり上げながらリコリスはうっすらと両目を開けた。鍛え上げたリコリスの目は回復も早い。ダメージを受けた視力はおおむね戻っていた。涙に滲んでぼんやりとした視界の中でリコリスが見たものは、力を限界まで使い、刀を手放して前のめりに倒れ行くステラだった。
ステラにもっと余力があったならば、おそらくこのような目をつぶっても防げる攻撃を仕掛けることはなかったであろう。限界を超えた体を回復アイテムと怒りで無理やり動かし、殺気全開の前回の突撃を繰り出しながら風の魔術まで行使したのだ。余力など残っているはずもなかった。ステラが万全であったなら負けていたのは自分だった。さすがはわらわのおともだちだ。
「すごい! すごいワ、ステラ……! 弱いのに……弱った体でみんなと協力してわらわをこんなにも追い詰めるなんて……よくがんばりましたネ」
「くたばれ、リコリス」
聴力も戻ってきたようだ。「うん! 私、頑張ったよ! あとでたくさんおしゃべりしようね、リコリスちゃん!」というステラの元気な声が聞こえた。それを最後にステラは動かなくなった。
リコリスの目から涙があふれてきた。
そして、
「よくやったステラ、あとは任せろ」
との声がした。声の主の方へリコリスは振り返った。
大きく振りかぶった体勢から放たれたヘルメスの右拳、リコリスは首を少しだけ傾けるだけで躱すと、手に持った刀をくるんと回転させ、刀身をヘルメスの喉に深々と突き刺した。
こいつ相手なら多少荒っぽくても問題はない。
「ごぼっ」
血を吐いたヘルメスの顎をリコリスは掌底で殴りつけた。少年の意識はそれで途切れたようだが、リコリスは念のため倒れ行くヘルメスの顎にダメ押しの回し蹴りを叩き込むと動かなくなった。殺してしまうところだったかも。いけないいけない。心を落ち着けなくては。
「こんなに弱いくせになにがあとは任せろですカ……わらわを笑い死にさせる気ですカ」
リコリスはにこりともしていなかった。侵入者のたちの決死の攻撃は実を結ぶことなくリコリスの前に散った。
勝った。勝ったのに。この虚しさは……なんなの。
倒れたヘルメスから荒っぽく刀を引き抜き、ダメージが無効化されたのを確認すると、リコリスはヘルメスの頭部を思いきり踏みつけた。
「お前が! いるから! ステラは!」
何度か踏みつけても怒りは収まらず、勝ったというのになんでこんなに自分が怒っているのだろうか。ダメヨ、ダメダメ! 生の感情むき出しにするなど、淑女としてあるまじき行為ですワ! と自分の内なる声がリコリスを引き留めようとするのだが、体がいうことをきかない。どうせダメージは無効化されるのだから、好きなだけいたぶってやりたい衝動が理性に勝ってしまう。
その時だった。
「リコリス様、もぅ、ゃめてくださぃ! ヘルメスがかゎぃそぅです!」
という声が聞こえてきた。そういえばまだいたな。裏切り者が。
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