04-62 徒花のリコリス その③
*
「ンー……あなたは弱いのにすごいですネ。バカだからでしょうか。なにをするのか予測するのが難しい……ちょっとあなたと戦うのが面白くなってきましたワ……」
飛び回る光の球を視界に収めながらリコリスは
ステラとのおしゃべりの時にリコリスに流れ込んできたのは、ヘルメスとの思い出だった。ステラはヘルメスの未熟さをもどかしく思いながらも、彼とのダンジョン作成を楽しんでいた。いがみ合いながらも本音でぶつかりあうふたりの姿に、リコリスは腹の底から嫉妬がこみ上げてくるのを感じていた。
リコリスは目を細めて飛び回る光の球を見つめた。球の数は5つ。不規則な軌道で飛んでいる。これらを同時に操作しているのだから、ヘルメスの
あと1秒ほどでこれらの球の中からなんらかのアイテムが現れる。
最も警戒しなければならないのは土砂による広範囲質量攻撃。だが、これはない。リコリスと1対1であれば自爆覚悟で放たれる可能性はあったが、今の状況ではステラとヴァージニアを巻き込む形になる。仲間想いの少年がそんな攻撃をするとは考えにくい。
次に警戒すべきはリコリスの死角からの攻撃、および閃光や煙幕による目つぶし、およびそれを絡めた攻撃だ。これは警戒に値する。
さらに……回復アイテムを作成しステラを回復させる可能性もある。少年の性格やステラとの関係性を
こんなところか。少年がリコリスの想定を上回らなければ、リコリスの勝ち。つまらない攻撃をしたら即座に意識を刈って勝利を確定させる。心を折るのはそれからでいい。捕らえたうえでステラを絡めた拷問をして、ステラのそばに立つ者としてふさわしいのが誰かを思い知らせてやる。
光の球の数は5つ。
さて何が出てくるか。
5つの光の球のうち3つは
あと2つの光の球、リコリスの頭上にあったそれからは大きな陶器が出現し落ちてきた。土砂の攻撃の簡易版というわけだ。
「なるほどなるほど」
バカにしているのか。リコリスが難なく躱すと床に落ちた陶器が粉々に砕け散った。
そして最後のひとつ。やはりこれが本命だった。ステラの頭上に飛んでいた光の球からは上級回復アイテムが落ちてきた。
「やはり、どさくさにまぎれてステラの復活を狙っていましたカ。不自然に刀を転がしたのであやしいと思ったのです」
リコリスは上級回復アイテムを空中でキャッチし、ケガをした右腕に振りかけた。するとたちどころに傷が塞がり、負傷した腕が動くようになった。
「わらわ完全復活。すごい効きますネ、このアイテム」
動くようになった右手で横向きのブイサインを作ったリコリスは少年に向けてにっこり笑った。
「…………!!」
少年は声をださずに口をパクパクさせている。ステラの回復に失敗して言葉を失ってしまったのだろうか。いい気味だ。ステラとこいつにさんざん煽られ、レスバの弱さを露呈したリコリスは少し胸がすっとした。次の瞬間には、リコリスは床を蹴りヘルメスへと迫って行った。
ヘルメスはリコリスの接近を簡単に許したうえ、攻撃をガードすることもできなかった。右腕の負傷から回復したリコリスはヘルメスの襟首を両手で掴みつつ右脚で足払いをかけた。ヘルメスがバランスを崩すと同時に前傾し、体重をかけてヘルメスを背中から床へ倒す。
「……」
ヘルメスにはうめき声を与える間すら与えてはならない。リコリスは間髪入れずに少年に馬乗りとなった。まず左右の手刀をヘルメスの両肩に撃ち込み、肩関節を外す。その上で両脚で肩を押さえ込み、身動きを封じる。
「これでわらわの勝ちです」
後は両手で少年の首を絞めるだけでよかった。
「こうしてしまえば、身動きはとれずしゃべることもできません……意外と苦労させられましたが」
継続ダメージ+アイテム作成能力の封印。首締めはもっとも効率よく少年を無力化できる手段だ。
「…………」
しばらくの間少年は首を動かしたり、足を動かそうと抵抗していたが、それらはリコリスが抑えた。さすがの少年も観念したのか、なんの抵抗もしなくなった。ヘルメスの顔色が徐々に悪くなっていく。あと10秒もあれば意識を失うだろう。
ふう……。
土砂の攻撃で多数の部下を殺害し、バアルの指示の裏をかいてリコリスに多数の部下を殺害させ、ヴァージニアまで手懐けた侵入者たちの快進撃はこれでようやく終わる。
たったふたりでこれだけのことを成したのだ。今思えば恐るべき侵入者だった。
ガレキの城は多くのものを失った。ハイレベルな精鋭たちを何人も……亡くした人材を補填するにはポイントも時間もかかる。勝ったとはいえ、これだけの損失を出したからにはリコリスにも何らかの処分が下されるだろう……デリートまではないだろうが、ボスから降格させられて第1階層に配属させられるくらいの罰は受けるかもしれない。
などとヘルメスの首を絞めながら今後のことを考えていたときだった。
リコリスはふと違和感を覚えた。さっき……ヘルメスはなぜ口をパクパクさせていたのだろうか。リコリスは少年がショックのあまり言葉を失ったと解釈したが、あれだけ口八丁で窮地を切り抜けてきた少年が、ステラの回復に失敗したくらいのことで言葉という自分の武器を手放すだろうか。あの時ヘルメスはなんらかの指示を出していたのではないか。
リコリスには聞こえなかっただけで。考えてみれば、先ほどから一切の音が聞こえていない。組み敷いたヘルメスのうめき声さえも聞こえなかった。
リコリスはこの時ようやく自分の聴覚がおかしくなっていると悟った。先ほどの閃光爆弾は閃光とともに爆音を撒き散らしていた。少年が爆音と閃光の配分を自由に設定出来るとすれば、閃光に警戒を割かせたうえで、より強い爆音を生じさせリコリスの聴力を封じるというわけか。耳も鍛えているつもりだったのだが、生命線である目と比べれば鍛錬が足りなかったらしい。
リコリスはヘルメスの無力化に注力するあまり、自分自身の聴覚の異常にも気が付くことができずにいた。
ステラの心をつかんだこの少年――ヘルメス・トリストメギストぶひぇ――に嫉妬するあまり、ずいぶん冷静さを欠いてしまっていた。
あのときヘルメスが指示を出していたとしたら、その相手はヴァージニアに他ならない。
ヘルメスはヴァージニアにどのような指示を出したのだろうか。
もっとも警戒すべきは死角からの奇襲だった。足音が聞こえづらくなっている今、背後からの奇襲には気づきにくくなっている。その可能性に考えが及んだとき、リコリスは背中がちりちりと焦げ付くような感覚に襲われた。
背後から何か来る。
リコリスにはある懸念があった。背後から迫ってくるものがヴァージニアであれば問題はない。ヴァージニアは戦闘に関しては素人以下だ。ヴァージニアが死角から奇襲してきたところでリコリスには通用しない。でも。もしかしたら……
リコリスはヘルメスの首を絞めたまま素早く首を動かした。そして横目で見た。
リコリスの背後から迫って来たものは、美しい金色の髪を振り乱し鬼の形相で刀を手に突撃するステラの姿だった。
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