04-61 徒花のリコリス その②
*
リコリスは肩の痛みに表情を歪めるヴァージニアの耳元で囁くように言った。
「ネエ、ヴァージニア……わらわ気になったのですが……もしかして侵入者と仲良しになったのですカ?」
「そ、そんなことなぃですょ……」
ヴァージニアの演技は完璧だったはず。なぜバレたのだろうか。図星をつかれたヴァージニアはあからさまに動揺してたじたじになっている。
「男の子があなたのことを『ヴァージニア』と呼んだのが引っ掛かるのです。なぜ名前を知られているのでしょうか? 侵入者と仲良くするなんてダンジョンの魔物として論外ですヨ? あなたにはあとでお仕置きが必要かもしれませんネ……」
「ぉしぉきって、リコリス様がハイエルフたちにょくやってた、ぁの……すごく痛そぅな……?」
「ええ……▼▼を剥いだり、■■を破ったり、●●を針で刺したりするアレですヨ」
リコリスは恐ろしいことを当然のように言った。
「た、助けて!!!」
恐怖のあまりヴァージニアはヘルメスに助けを求めてしまった。困ったとき
「ンー……敵に助けを求めましたカ。やはりそういうことなのですネ……」
「し、しまった……!」
迂闊な発言をしたヴァージニアは紛れもなくポンコツだった。
「待ってくれ! ヴァージニアは関係ないんだ。暴力で無理やり従わせてただけなんだ。断じて進んで協力なんてしてないよ!」
「ンー……」
リコリスは残酷な微笑みを浮かべて、ヴァージニアの肩に加える力を強めた。爪が服を突き破り、ヴァージニアの肩から白い肌があらわになった。傷ついた肌から血がにじみ出した。
「ぅぐぅ……痛ぃってば!」
「進んで協力したにせよ、無理やり協力させられたにせよ……ヴァージニアにはお仕置きが必要だと思うのです……少なくともむざむざ敵の人質になった弱さを反省してもらわなくてはネ」
「やめろよ! 弱いことは罪じゃないだろ! 悪いのはおれだ! ヴァージニアは悪くない!」
「……この子は弱いくせに訓練もせず、それなのにバアル様に気に入られて……前から気にくわなかったのです」
「ちょっと! 気にくゎなかったってなに!? さっきから痛ぃんだけど! ぁたしが天才だからってひがまないでょ!」
ヴァージニアもそんなに大人しい性格ではなかった。が、リコリスに立てつくには弱すぎた。リコリスが肩に力を加えると「痛! 痛い! ご、ごめんなさぃ、ゃめてくださぃ」と懇願するように床にうずくまった。
「やめろ! なんでヴァージニアを傷つけるんだよ! お前ら仲間なんだから仲良くしろよ!」
なぜ敵に仲間の大切さを訴えなければならないのだと思いながらヘルメスは言った。だが味方だからこそ、敵以上に不寛容になることはあるのかもしれない。
「ホホホ、ほんとうにお優しいことですわネ……ですが、あなたがヴァージニアを気遣えば気遣うほどこの子の立場が悪くなることをわかっていますカ? 本当にこの子は……弱いだけでなく! 敵と! 仲良くなった! そんなことはありえないワ!」
うずくまるヴァージニアの背中にリコリスは三度、手のひらを叩きつけた。
「叩かなぃで! 痛ぃのはゃめてょ!」
ヴァージニアはダンゴムシのように身を固め、耳を塞ぎながら叫んでいる。ヘルメスの人質になっているときよりも酷い扱いだ。ヴァージニアがヘルメスに進んで協力しようとしていた理由が分かった気がした。ヴァージニアはガレキの城の魔物たちから仲間外れにされているのだ。ガレキの城が自分の居場所だと思えないからすべてがどうでもよくなって自暴自棄になっている。ガレキの城の者たちがヴァージニアにつらく当たるから敵であるヘルメスに心を開いてしまうようなことが起こるのだ。ヘルメスはこの時、バアルに対して今までとは別の種類の怒りを覚えた。
バアル……お前もダンジョンマスターならちゃんとやれよ! 馴染めないやつがいるならちゃんとフォローしてやれよ……!
これじゃあ、あまりにヴァージニアがかわいそうだ。
気が付けばヘルメスは「“承認”」と唱えていた。頭上に現れた光の球を操作してリコリスの方へと向かわせる。瞬間、リコリスの顔色が変わった。
それは戦いの合図に他ならなかったからだ。
「ふん……戦う気になったということですカ……ヴァージニアを助けるために」
それだけではない。ステラのためでもある。ふたりを助けるためには戦うしかなかった。
ヘルメスは目をつぶり耳を塞ぎつつ、リコリスのもとへと駆け出した。直後、宙に光の球のなかから黒い塊が現れる。『
そしてその判断は決して間違ってはいないのだった。ステラが看破した通りリコリスの『見切り』は目に映った攻撃にしか適用できない。よって閃光による目つぶしはリコリスに対して有効な対策となるのだ。偶然とはいえヘルメスはリコリス攻略の答えにたどり着くことができていた。
リコリスは黒い塊から目を逸らさない。当然だ。リコリスからすれば爆音閃光矢は未知の『なにかわからない物』。それがなにかを見極めるには爆音閃光矢を凝視する必要がある。
それが命取りだ。まもなく凝視したりすれば目がつぶれてもおかしくはない閃光がリコリスの目を直撃する。
爆音閃光矢が空中で炸裂し、まばゆい閃光とキーンという爆音が部屋を満たす。2歩ほど走ってからうっすらと目を開けるといくらか薄まった光の中にリコリスの影が見える。それに向かってヘルメスは体当たりを仕掛ることにした。まずはリコリスを転ばせる。そしてヴァージニアを取り戻す。それからステラを連れて逃げるのだ。
その予定だったのだが。
「ん?」
ふとヘルメスは自分の脚に灼けるような熱さを感じた。膝の力が抜ける。ヘルメスは崩れるように前のめりに倒れた。目を見開くと、自分の脚には刀が突き刺さっていた。ステラが落としたニッカリ青江だった。
「う、うわあああ!!!」
ヘルメスは絶叫した。脚からは血がドクドク流れていた。ヘルメスが目をつむっている間にリコリスは床に落ちていた刀を拾い
「な、なんで!?」
「眼も耳も鍛えておくのは戦闘者として当然の
目と耳を鍛えれば閃光や爆音は効かなくなるのか。そんなことは初耳だった。リコリスは「さて。今度はわらわの番ですわネ」と下唇に舌を這わせた。
「あなたは攻撃を無効化するスキルを持っているから、わらわと戦っても勝てるとか思っているのかもしれませんガ……それは大きな間違いです」
〈
「あなたの攻撃無力化のスキルは、攻撃の終了後、時間回帰的にダメージを無効化するという性質があります……ということは継続的なダメージに対しては攻撃終了の判定がなされず無効化のスキルが発動しない可能性が高い」
「何言ってんだ?」
リコリスが急に難しい話を始めたのでヘルメスは混乱した。
「ンー……難しいですかネ? あなたのスキルの話をしているのですヨ……? つまりその刀を引き抜かない限り、あなたが今受けているダメージや痛みは無効化できませんヨ……と言いたかったのです」
「あァ? だったら引き抜けばすむ話じゃねえ、か!?」
とヘルメスが刀に右腕を伸ばしたところ、その腕に衝撃が走った。ボキィという音と凄まじい痛みでヘルメスは自分の腕の骨が折れたことを悟った。リコリスの蹴りがヘルメスの腕に叩き込まれていた。
「ぐああああ!」
「当然、あなたは刀を引き抜こうとしますよネ……わらわがその邪魔をするわけですガ」
たしかに〈
クーの締め技がヘルメスを気絶させたことも、この攻撃が終わらないと無効化が発動しないというスキルの仕様が関係していたのだ。が、そんなことを思っている余裕はヘルメスにはなかった。ひたすらに痛かった。ヘルメスが痛みに悶え叫んでいるうちに、リコリスがヘルメスの左腕に蹴りを入れた。左腕の骨が折れ、ヘルメスの両腕は動かなくなった。
「両腕を動けなくしましたからもう刀は抜けませんネ……あなたはとても頑張りましたが……これでおしまいということです。残念でしたネ」
これで終わり……そんなわけがない。ひとりでもやれるとステラが送り出してくれたのだ。友達だから助けるとヴァージニアが命を懸けてくれたのだ。自分のことを信じてくれたステラもヴァージニアも救えずに、終われるわけがない。
「勝ち誇ってんじゃねえ」
ヘルメスは「承認」と唱えた。ヘルメスの頭上に現れた光の球から液体状の上級回復アイテムが現れ、それが両腕に振りかかるととたちどころに腕の骨折が治った。腕さえ動けば刀を抜くことができる。一瞬だけ驚愕したリコリスの隙を突き、ヘルメスは素早く刀を引き抜いた。攻撃終了判定を経てすぐさま〈
腕が動かなくとも口さえ動けばどうにでもなる。ステラの言った通り、痛みを無効化できて多彩なアイテムを作り出せるダンジョンマスターという存在が弱いわけがなかったのだ。これまでの戦闘を通してヘルメスも成長をしていた。自分の能力を戦闘に活かすために思考できるようになっていた。
「振り出しに戻しましたカ……少し驚きました……能力を暴くことで心を折りにいっていたのですけどネ」
「おれが今までどれだけひどい目に合ってきたと思ってるんだ……そんな程度で折れるかよ」
骨は簡単に折れるがな。ヘルメスは引き抜いた刀を床に転がすと「“承認”、“承認”……」と何度か唱えた。ヘルメスの頭上にいくつもの光の球が現れる。それらの球が不規則な軌道で部屋中を飛び回った。
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