04-65 手折ってファム・ヴァージ(仮) その①
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『コラム:最強の職業について』
たまに読んでおる雑誌の記者がちょくちょくわしのダンジョンに遊びに来る。来る度にわしにも何か書けとうるさいので、仕方なく筆をとっておる。とはいえなにを書いたら良いのかもわからぬ。とりあえず興味のあることについて書く。わしは文才がなく、クソのような文章しか書けぬゆえ、お目汚し失礼する。
わしはダンジョンマスターじゃから、やはり最強の魔物に興味がある。最強の魔物を所有してみたいと思うのはダンジョンマスターなら誰もが一度は夢見ることじゃろう。とはいえ『最強』というものはなかなか一筋縄ではいかぬ。どれだけ強い魔物にも得手不得手はあるゆえ、何度も戦わせれば情報を分析され、いずれ攻略されてしまうのじゃ。
あまり知られておらぬことじゃが、ダンジョンの魔物にも『ダンジョンは攻略可能なものでなければならない』の法則が適用される。それゆえ、ポイントで購入できる魔物の強さには限度があるのじゃ。ポイントに糸目をつけずに購入した魔物や手間暇かけて育てた魔物が、あっさり攻略されてしまうこともある。その時の虚無感と言ったら!
この問題ばかりはいくらポイントを稼いでもどうにもできぬ。
ゆえにわしはポイントでは購入できぬ魔物、絶対に攻略できない無敵の魔物を所有したいと思っておるのじゃ。
そこで注目したのがダンジョン関連組織の職員じゃ。やつらはポイントでは買えんからの。
わしらのダンジョンは様々な組織の助けを借りて成り立っておる。銀行、あっせん所、転移管理局、死体屋……等々、異世界をまたにかける様々な企業の助けなしにダンジョン運営は成り立たんほど、わしらはダンジョン関連組織に依存しておる。
銀行は融資を通してダンジョンマスターのポイントのやりくりを助けておるし、転移管理局は転移回線を管理することでダンジョンの流通を円滑にしておる。
魔物あっせん所がなければダンジョンマスターは魔物を購入することができんし、死体屋が死体の買い取りを行わなければダンジョンは死体まみれになってしまう。
様々な組織の助けなくしてダンジョン運営は成り立たん。ダンジョンマスターたちはこれらの組織への感謝を忘れてはならんし、何よりこれらの組織に対する“恐れ”を忘れてはならん。
間違ってもダンジョン関連組織を敵に回してはならん。ダンジョンマスターはこの言葉を肝に銘ずることだ。彼らは一見腰が低く、従順で、何の害もないように見えるが、必要があってそう振る舞っているだけで、柔和な仮面の下に獰猛なほどの商売意識と、ダンジョンの魔物を遥かに上回る戦闘能力を有しておる。
職員の戦闘能力に関して、特に名高いのが地獄の一丁目銀行の行員たちだ。
借金を返済できなかったばかりに滅びたダンジョンは数知れず。地獄の一町目銀行のトイチというふざけた暴利がまかり通るのは、銀行に所属する銀行員たちが圧倒的な戦闘能力を有しておるからだ。
ダンジョンマスターにポイントを貸し付け、10日ごとに利息を回収する──そんな業務を成立させるのに必要な戦闘能力とはいかほどか。
ふと興味がわいたわしは自分のダンジョンに銀行員を招き入れ、殺してみることにしたのじゃ。あわよくば借金を踏み倒したかったのじゃが、結果をいえば銀行員は殺せんかった。そればかりか、わしのダンジョンは滅茶苦茶にされてしまったうえ、多額の賠償をするハメになった。いや、ひどい目に遭うた。
多数のダンジョンモンスターに囲まれ、致死性のトラップの群れの中に放り込まれたとしても、それでもなお生還する。それにとどまらずモンスターは全滅させトラップはすべて破壊する──位階の低い銀行員でさえそれぐらいはやってのける。それくらいの強さがないとダンジョンマスターからポイントを取り立てることはできんのだ。
高位階の銀行員などは破壊不能とされるダンジョンオブジェクトさえ破壊する。あらゆるダンジョンの工夫は彼らの前では無力じゃ。
ここまでやれるのだから銀行員たちが“最強”と呼ばれるのも頷ける。
だがわしはあえて銀行員最強説を否定したい。
わたしが思う“最強”──それは魔物あっせん所の職員じゃ。
ダンジョンマスターが使役する多種多様なモンスター──そのどれもが魔物あっせん所を介してダンジョンに届けられる。例外はあるがの。
遠距離から人を呪い殺す悪魔、人体を石化させる死霊、一国を滅ぼしうる魔法使い、概念に作用し理不尽な現象を引き起こすタツジン、そして言わずもがなの最強種ドラゴン……そのどれもが魔物あっせん所があっせんする。
魔物あっせん所の職員は、異なる世界を股に掛け様々な野生の魔物たちを捕獲する。倒すのではなく生きたまま捕獲するのだ。それも無傷でだ。魔物を傷つけてしまっては売り物にならんからだ。
魔物を生け捕りにするには魔物の能力や習性に関する知識が必要になるし、捕獲するための策略、なにより魔物を圧倒的に上回る戦闘能力が必要である。
誇り高き最強種ドラゴンが自分が認めたもの以外の言うことを聞かないのは有名な話。――魔物あっせん所はそんなドラゴンを売り物にしてしまっておる。
非常に高い知力を持つとされる悪魔は命に関わる代償なしに使役できないと言われている。――魔物あっせん所はそんな悪魔を売り物にしてしまっておる。
触れることすらできない死霊も、神出鬼没の魔法使いも、気難しいタツジンも。――魔物あっせん所はそのどれもを売り物にしてしまっておるのだ。
あらゆる魔物を傷ひとつつけずに圧倒する魔物あっせん所の職員たち……優しさと賢さと強さを併せ持つ彼らの実力たるや、破壊と恫喝しかせぬ銀行員とは比較にならん。
ゆえにわしは魔物あっせん所の職員こそ“最強”だと叫ぶのじゃ。
彼らの強さが今一つマイナーなのは、銀行員と違いダンジョンマスターと敵対する理由がほぼないため、戦闘をする機会が少ないからじゃろう。
どうにか魔物あっせん所の職員を捕らえるなり洗脳するなりして最強を手駒に加えたいと思っておるのじゃが、強すぎて今のところどうにもできぬ。ポイントで購入したか弱い魔物たちを使ってどうにか運用していくしかなさそうなのじゃ。
手駒の魔物が戦闘能力を十分に発揮できるよう環境を整えるのはダンジョンマスターの腕の見せ所ではあるしの。
とはいえ、最強を手駒にする方法もどうにか模索したいところ。いいアイデアがあったらどなたかこっそり教えて欲しいものじゃ。
記:嫉妬のラビア(第6世界DM)
『季刊ダンジョンマスター通信 春号』掲載
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「……ファム・ヴァージ」
睨みつけるリコリスをよそに、ファムは泣きじゃくる我が子を抱き寄せ、そっと頭を撫でた。ヘルメスに名刺を渡してから数日。こんなに早く我が子と再会できるなんて。
”縁を結ぶ”というふざけた魔術を使う同僚に頼んで作った名刺は巡り巡っていずれ我が子とヘルメスをめぐり合わせることになっていた。同僚の魔法は縁結びという牧歌的な名前に反して凶悪なもので、特定の縁を結ぶために運命を無理やりに捻じ曲げ、本来あるべき世界の形を少なからず歪める。そして世界の歪みは縁結びに成功した後、何らかの形で使用者に降りかかる。
名刺は運命に従いヘルメスの手を経て我が子の手に渡った。そしてファムを召喚する触媒となって、こうして我が子と再会することができた。
「ぉねぇさん、誰……? なんか……すごく安心する……」
「シャニ……」
ぉねぇさんじゃないよ……私はあなたのお母さんだよ……
とは言うことはできなかった。ファムはこみ上げてくる涙を指でぬぐった。我が子は過去に使用した召喚魔法の代償で、実の母であるファムのことを忘れてしまっている。そしてその記憶が蘇ることは二度とないのだ。そして今回の召喚でまた別の記憶を失うことになる。
その記憶がとるにたらないものでありますように。ファムは我が子を抱きながら、眼前の女――リコリスに鋭い視線を向けた。
「……あなたがシャニを泣かせたの? 第4世界産雌型ヴァンピール1号」
ホホホ……とリコリスは笑った。
「”出荷”時の型番で呼ぶだなんて失礼ですネ……今はリコリスという名があるのですヨ……それにその娘はシャニではなく今はヴァージニアというのですヨ」
「シャニを泣かせた人は型番で十分」
そしてファムは床に転がるヘルメスとステラの姿を確認した。ふたりとも意識を失っていた。
「ヘルメス君とステラ様が……ガレキの城に」
名刺に仕込んだ魔術は偶然を積み重ねて運命を歪める。ヘルメスとステラはそれに巻き込まれ、おそらくたったふたりでガレキの城に転移してきたのだろう。なるほど運命を歪めるとこうなるのか。恐ろしい魔法だ。縁結びの使い手である同僚が窓際に追いやられている理由がわかった。縁を結ぶ相手によっては世界規模の歪みを生じさせかねない。巻き込んだヘルメスとステラには謝っても許してもらえないだろうが、黙っていれば運命操作のことはわからない。
しらばっくれて黙っておこう。うん。そうしよう。必ず埋め合わせはするから……
ファムが罪悪感を覚えていると、我が子が目を丸めながら言った。
「……ぉねぇさん、ヘルメスを知ってるの!?」
「え、ええ。ちょっと縁があってね……ねえ、あなたの記憶を読ませてもらってもいい? 詳しい状況を知りたいの」
「記憶を?」
ときょとんとしている我が子にろくな説明もせずファムはかがみこみ、その額に手をあてた。そして無許可で記憶を読んだ。すると我が子の体験した様々な記憶が流れ込んでくるのだった。
****
あとがき
PCに向かうも寝落ちし、毎日朝まで気持ちよく寝ていた私。
気が付けばストックがない……うわああ!
寝ているうちに執筆してくれる妖精が欲しいです。
サブタイトルは(仮)とさせていただきました。いろいろ考えてるのですがなんかしっくりきてないので、エピソードの区切りがついてからつけます……
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