04-66 手折ってファム・ヴァージ(仮) その②
*
ファムは流れ込んでくる大量の記憶情報を要領よく処理していった。
さて我が子はどんなガレキの城生活を送って来たのかな。
ガレキの城に所属してからの我が子の生活は充実しているとは言い難かった。転移管理局を退職したさい転移に関する記憶を消去された我が子は文字通り『何のとりえもない魔物であった』。また虚弱な我が子は周囲の仲間たちから馬鹿にされていた。戦闘の訓練に参加した我が子だが体力がなくてついていくことができず、やがて訓練に参加することはなくなった。
あらあら。
そして「ここのレベルはひくすぎるゎ! ぁたしはライオンになる!」と転移魔方陣の部屋に引きこもり、修行と称して獅子を模したストレッチや鳴きまねするなどして半年の時を過ごしていた。当然体力もつかず全く強くならなかった。
不遇すぎる。そしてアホすぎる。
しかしその引きこもっていた2年間で転移魔方陣の仕組みをなんとなく解析し、転移回線の理論をゼロから構築し直し、
さすがだわ!
転移回線を操作できるようになってからはバアルに厚遇されこれまで以上に好き勝手に過ごしていたようだ。仲間たちからは嫉妬され以前よりも関係は悪くなっていたが……その後は転移回線の技術を使ってガレキの城内の交通インフラを整備していたらしい。階層間の空間転移を可能にし、ガレキの城の魔物運用効率を破壊的に高めた。
すごすぎる!
そして我が子はヘルメスと関わることになる。グリフォノイドロードとドッペルデビルを送り込んだり、ブラックハットの引いた直接転移回線を転移結界でブロックするなどした。なおこの転移結界によりガレキの城内の交通インフラも停止している。さらにヘルメスとステラだけをガレキの城に空間転移させ、危機的な状況を作り上げた。この辺から運命操作の影響がでているのだろうが……
ごめんなさい。
そして我が子はヘルメスと出会った。侵入者であるヘルメスと我が子は敵対し戦闘になった。
わかる。
ヘルメスとの死闘を経て友情を深めた。我が子はガレキの城を裏切ってでもヘルメスをダンジョンに帰したいと思うようになった。ヘルメスはヘルメスで、裏切った後も我が子がガレキの城でやっていけるようにそれなりに配慮してくれたらしい。
わからない。どういうこと!?
不可解なことだが、もしヘルメスが我が子を殺害しようとしたなら、我が子の召喚魔術をヘルメスに対して行使されていただろう。……しかしそうはならなかった。
ヘルメスと我が子は友達になり、我が子の召喚魔術はリコリスに対して行使されることとなった。
なるほど。
我が子の辿った道のりは不可解だったが、そういう運命だったのかなとも思う。
我が子の運命なのか、それともヘルメスの持ち合わせた運命なのか。はたまた”縁結び”の魔術が引き起こした人為的なめぐり合わせなのか。
なんとも数奇な成り行きにファムは戸惑ったが、これも我が子の選択の結果だ。我が子はヘルメスと戦う道を選ばなかった。友情を結び、ガレキの城と敵対してでもヘルメスとステラを帰すと決めたのだ。
運命の分岐には選択が伴う。我が子が選択した道ならば、ファムはそれに応えなければと決意した。
ここまでが一瞬であった。ファムは我が子に問いかけた。
「シャニの口から聞かせて……? あなたはどうしたいの? 私は何をしたらいい?」
我が子が望むことはわかっていたが、それでもファムは我が子の選択を尋ねた。
我が子は迷うことなく即答した。
「ふたりを助けてぁげて!」
我が子はバアルへの反逆の意思をはっきりと告げた。今、この瞬間に我が子がバアルにデリートされてもおかしくないほどの言葉だ。
ファムは我が子の覚悟の重さをひしひしと感じ取った。
出会って間もないヘルメスのために、なぜ我が子が命を懸けるのか……。友達だから……で済ませていいのだろうか。奥ゆかしい我が子は友達で満足しているようだが、出会ってすぐの相手に命を懸ける友情なんてあってたまるか。ヘルメスには男として責任を取ってもらわなければ。
「わかった。ふたりがダンジョンに帰れるよう手伝ってあげる」
「ぁりがとう……ぉねぇさん」
ファムはニコリと笑うと、リコリスを再度睨みつけた。
「というわけでリコリス、ふたりを渡して
「渡すとお思いですカ? 多大な犠牲を払い苦労して捕まえたのです……」
当然、リコリスが立ちはだかった。このリコリスと言う魔物は甘く見ていい相手ではない。まともに相手をするのは厄介だ。
だったらまともに相手にしなければいい話ではあるが。
ファムは〈空間魔術〉と〈記憶魔術〉を極めた魔術師である。それらの魔術を軸に基礎的な武術と魔術を組み合わせた非殺傷戦闘技術体系【ファム式】を構築し、未捕獲だった魔物【乱世龍ミヅチ】の捕獲に成功した功績から、魔物あっせん所からは【年間MVP】の称号、また世界魔術連合からは【超世界級魔女っ子】、魔物ハンター協会からは【三ツ星ハンター】の称号を賜った猛者である。
ファムにとっては、リコリスが守るヘルメスとステラを取り戻すなぞ、造作もないことだった。
「ほい、ほい」
パっ! とヘルメスの体が光に包まれ、次の瞬間にはヘルメスはファムの背後へと転移している。ファムは超上級魔術である空間転移魔法を難なく使いこなす。
「反則ですヨ……そんな魔術は卑怯です」
おそらくリコリスはヘルメスとステラとの位置関係をめぐる攻防を想定していたのだろう。想定を外され表情が驚愕に歪んでいる。
リコリスは覚えていないだろうが、第4世界で暴れまわっていたリコリスを捕らえ、ガレキの城に連れてきたのはファムである。
リコリスの力を甘く見ているわけではないが、この程度で驚いているようでは想像力がまるで足りていない……と言わざるを得ない。ファムは世界をまたにかける魔術師だ。その気になれば「ほい」の一言で空間を歪めリコリスを攻撃することだってできるというのに。
まあ、しないけど。今までガレキの城のスパイとして活動してきたことだって、これからやろうとしていることだって、魔物あっせん所職員の業務範囲から大きく逸脱している。これ以上ことを荒立てるようなことはしたくない。
だが我が子の願いであるヘルメスとステラを帰すこと。そして我が子をガレキの城から自由にすること。
これだけはやり遂げる。
あと、あわよくば我が子を泣かせ、ファムをスパイとして便利に使ったガレキの城にささやかな嫌がらせもしたい。
我が子がガレキの城から自由になるには、生殺与奪を握るバアルの許可を得る必要がある。バアルが首を縦に振るとはとても思えないが、この場にはヘルメスがいる。ヘルメスならば我が子をガレキの城から自由にできる。
ファムはヘルメスを目覚めさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます