04-21 上級者テクニック その②

 *




 指令室でテーブルの上に置いたダンジョン目録を眺めながらあーだこーだと話し合いを始めて長い時間が経過していた。ノリノリで服を選んでいたステラとメイだったが、さすがに疲れが見える。


「ふう、これならいいんじゃない?」


 メイが指差したページを凝視しながら、ステラは深く頷いた。


「ふむふむ。≪クレオパトラのダイアモンドドレス≫。うん、これなら動きやすくて防御力も高くて見た目もきれい……。身体能力を強化してくれる上に対魔術性能も高くて、ステータス異常の一部を無効化できて、初回限定特典で≪疾風のブローチ≫まで付いてくるのに、消費ポイントはたったの5,300,000ポイント。月々600,000ポイント×10回の分割払いもできるんだ」


「うんうん。一年近く節約生活をするだけでこんな素敵な服が買えちゃうなんてお得だわ。さらにさらに。今から30分以内に注文すると、スクール水着まで付いてくるみたい。スクール水着って一体なんでしょうね? よくわからないけれど、おまけが一杯付いてきてさらにお得な感じがするわ」


「だね。よしこれに決めた、決めちゃった! 『5,300,000ポイントを消費して、≪クレオパトラのダイアモンドドレス≫を作成しますか?』」


 リンクの指環を使ってヘルメスに念話を送る。5,300,000ポイントは高すぎると渋ったヘルメスだったが、スクール水着も付いてくると言ったらすぐさま『“承認”』が得られた。


「『ポイントが足りません。≪クレオパトラのダイアモンドドレス≫を作成できませんでした。現在のポイント残高は627,453ポイントです』」


 ステラはがっくりと肩を落とした。


「あらら~。ダメだったね」


「残念。冷静に考えてみれば、5,300,000ポイントなんて高価なアイテムを買えるはずが無かったのにね」


「私たち疲れて正常な判断ができなくなっているみたい。ちょっと休憩しましょうか」


「そうだね、休憩しよ」


 メイは椅子に座ったままぐっと腕を伸ばす柔軟運動をした。それにならってステラも腕を伸ばす。固まった筋肉がほぐれて行く感覚が心地良い。


「タフガイさんの調子はどう?」


「だいぶ良くなってきていると思う。発作の頻度も少しずつ減少しているわ。この調子で行けばもうすぐ完治すると思う」


「そっか。タフガイさんが治ったらどうするの?」


「そうね……ここは居心地がいいけど、ずっといるわけにはいかない。ガレキの城を倒すためにあたくしたち4人は国に帰らないと……」


「『死の音がする森』をもう一度抜けるんだね」


「そうね。あたくしたちはもうガレキの城にマークされているはず……ドッペルデビルみたいな強い魔物がうじゃうじゃ襲ってくるかもね」


「地の利もガレキの城にあるし……難しいね……なにか安全な移動手段があるといいんだけど」


 ステラは顔をしかめた。


「空は? 大きな鳥に乗って森を抜けるとか」


「うーんガレキの城が見逃すとは思えない、かな。ガレキの城にも航空部隊くらいいるんじゃない? 空中で敵に襲われたとしてメイちゃんたちは戦えるの?」


「そうね言われてみれば空中戦なんて誰もやったことがないわ……」


「とすると空路はリスクが高い気がしない?」


「だけど陸路も魔物がウジャウジャよ!」


「そうだよね……うーん」


 ステラは外のことを知らない。 森の脅威を正しく把握できていない。ゆえに有効な対策を打てずにいる。


「そうね……。作戦というよりただの賭け、ね。世界の命運がかかっているんだからもう少し勝算の高い作戦を考えないと」


 ステラとメイは「うーん」と唸りながら作戦を練ったが、いいアイデアは浮かびそうもなかった。


「休憩、休憩! ちょっと休めば何か思いつくかもしれないわ」


「だね」


「それからステラ。服に妥協しないのはいいけど、適当な部屋着くらい持っておきなさい。あなたいつまで裸でいるの? それじゃいつまでたっても男たちの前に出られないじゃない。あなたの裸を見てしまったばかりに不幸な目にあう男たちがかわいそうだわ」


 作戦どころか服さえ選べていない。その現状を指摘されステラは赤面した。






 結局ステラの服は前と同じ≪戦姫のドレス≫に決まった。ただしポイントを追加使用し、以前よりも強度をました《戦姫のドレス+3》である。


 ダンジョン目録をくまなく探したが、現在所有しているポイントの範囲内で気に入った服が見つからなかったらしい。だったら前と同じでいいです。とのことだった。


 ステラが服選びを始めてからその決断を下すまでに2時間が経過していた。


 その間ヘルメスは孵化室で『諸国連合~』の4人と雑談をしたり、第3階層のクーとヘビ男たちの様子を見に行ったり、転送魔法陣の部屋のオネストとブラックハットと話をしたりして暇をつぶしていた。


 彼らの知らない一面を知ることができたり、今後役に立ちそうな情報を教えてもらったりして結構楽しかったが、たかが服選びに2時間はさすがに時間がかかりすぎだった。


 作成する服が決まり、ヘルメスはステラと念話で最後の連絡を取っていた。現在、ステラは指令室におり、ヘルメスは孵化室にいる。2人の位置関係は壁一つ隔てているので、念話の方がコミュニケーションを取りやすい、


(では『1,000ポイントを消費して≪戦姫のドレス+3≫を作成しますか?』)


(しょうに……)


 ん、と言いかけたところでステラが(あ! 待ってください!)と割り込んできた。


(なんだよ? 今更違う服がいいとか言うんじゃねえだろうな?)


(いえ! いい機会だからマスターにダンジョンマスター能力の『上級者テクニック』を教えて差し上げようと思いまして)


(『上級者テクニック』?)


(はい! 『次元光球』を操作して、離れた位置にアイテムを作成する技です)


(うん? その前に『次元光球』ってなんだ?)


(えぇと……。アイテムの作成を“承認”したとき、マスターの頭上に現れて光ってるアレです)


(ああ、中からアイテムが出てくるアレか)


 アイテムを作成する度にいちいち頭の上に発生する光の球。あれを『次元光球』と言うらしい。ただのエフェクト的なものだと思っていた。


(はい! アレが『次元光球』です。『次元光球』は短い間ならば、自在に動かすことができるんです)


(へええ。そうなんだ)


 だからどうしたって感じだった。


(だからどうしたって思ってませんか?)


 思っていた。図星を衝かれ驚いたヘルメスは黙る。


(『次元光球』はこの多次元にかけて存在する光で、この世界と別の世界を繋ぐ極小の転移回線ネットワークのようなものと考えてください。多次元にかけて存在している光ですから、こちらの物理法則および魔力的法則を無視して……)


(すまん、情報多すぎて……もっと簡単に言ってもらっていい?)


(……マスターのバカ)


(バカで悪かったな!)


(おっと、こほんこほん。つまり私が言いたかったことは、『次元光球』は壁をすり抜けられるよ、ってことです)


(ふうん?)


(まだピンときませんか? 『次元光球』は自在に動かすことができて壁をすり抜けられる。つまり、壁を隔てた向こう側にいる私にアイテムを届けることができるのです!)


 ああ。なんとなくピンときた。つまりステラはこう言いたいのだ。


 『次元光球』を操作して、隣の部屋で裸でいる私に≪戦姫のドレス≫を届けてください。と。


(なるほど、わかった。その『次元光球』を操って≪戦姫のドレス+3≫を届けたらいいんだろ)


(はい、お願いします! 『次元光球』からアイテムが出てくるまでの時間。『次元光球』を操作できるのはその間だけですので、注意してくださいね)


(わかった)


 と応えながらヘルメスは孵化室の壁の前に立った。この壁の向こうにステラはいる。


(では。では『1,000ポイントを消費して≪戦姫のドレス+3≫を作成しますか?』)


(“承認”)


 承認した瞬間、ヘルメスの頭上に拳くらいの大きさの光の球が出現する。先ほどまで話していた『次元光球』だ。ヘルメスは『次元光球』に、前進しろ、と命じる。すると『次元光球』がヒュルヒュルと前に進み出し、目の前の壁に吸い込まれていった。それで終わり。あっけないがこれで本当に届くのだろうか?


(届いたか?)


 心配になったヘルメスが確認すると、


(はい♪ 無事届きました。ありがとうございます)


 とステラから返事がきた。良かった。ヘルメスはほっと一息ついた。


(早く着換えろよ。着替えが終わったら会議をする)


(おお。いつの間に手配を……?)


(お前が服を選んでる間に、だよ)


(なるほど。議題は『ガレキの城』をどう攻略するか。ですか?)


(そうだ。準備、手伝ってくれよな)


 所属もバラバラなメンバーたちの考えを会議を通じて一つにまとめる。ガレキの城攻略の流れを全員で共有し、行動の指針とする。この会議の成否がヘルメスの生死を分けることになるかもしれない。ヘルメスは会議を成功させるべく気合を入れた。

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