04-20 上級者テクニック その①
*
ステラの魔法攻撃で火だるまになったマッドだが、幸いなことに一命をとりとめた。マッドは一応魔術師なので、魔法攻撃に多少耐性があり、ヘルメスがダンジョン産の回復薬を適切に使用したこともあって、気を失いはしたが軽いやけどで済んだのだった。
なお加害者のステラはマッドの治療に一切関わることはなく、依然として司令室に引きこもっていた。
「軽いケガで済んでよかったですよ」
と孵化室で横たわるマッドを見下ろしながらヘルメスが言うと、メイとラビリスは首肯した。
前もってセクハラはしないよう注意しておけばこんな悲劇は避けられたかも知れない。ヘルメスは常識ある大人はセクハラなどしないと思い込んで注意喚起を怠った自分の浅慮を悔やんだ。
「マッドはしょうもないやつだけど運はいいから……あたくしたちの中で一番長生きすると思うわ」
マッドを庇おうとしたのだろうか。メイの発言はまるでフォローになっていなかった。
「普段はこんなんだが、いざというときは頼りになる男のはずだ……たぶんな」
ラビリスが自信なさげにフォローを続けた。
まあヘルメスはマッドの
「それでも自分の気持ちに素直に生きられるのはある意味すごい気もします。おれにはステラにセクハラをする勇気なんてないから……」
ステラはセクハラに厳しい。ラッキースケベさえも許さず、何となくキモいという理不尽な理由でも容赦なく暴力を振るう。
マッドだってステラに一度斬り伏せられているのだ。そんな相手に命懸けのセクハラをしにいったマッドの勇気はある意味尊敬に値する。
「勇気っていうか、欲に負けてバカになっちゃったというか」
「節度を失っては人間としてダメだッ! ステラさんは美しいから気持ちはわからんでもないが」
とタフガイとラビリスが言ったときだった。
「マッド、あたくしにはセクハラなんてしたことないのにね……」
ぼそっとメイが言った。手は胸に当てている。その瞬間、タフガイの表情が変わった。空気が一変したのをヘルメスは感じた。
「ほ、ほんとだね! 姫もかわいいのになんでだろうね!」
「そ、そうだッ! 姫もかわいいぞッ!」
と急にタフガイとラビリスが姫かわいいを連呼し始めた。なんでこのタイミングで? ヘルメスは意味がわからなかった。
「そ、そんなにかわいいかしら? でもセクハラしたくなるほどかわいいわけじゃ」
「そんなことない! 姫はセクハラしたくなるほどかわいいよ」
「おれたちは紳士だからセクハラなんてしないだけだッ 姫はかわいいぞッ! ヘルメスもそう思うだろう」
「え? あ、はい」
状況がわからずにいるヘルメスに、タフガイがこっそり耳打ちした。
「姫は賢く誇り高く気丈なお方。だけど女子力の低さを気にしていて、ちょっとしたことで落ち込むんだ。姫が落ち込むと精霊を抑える力が弱まる。ひどいときには無差別電撃攻撃が始まることもある。というわけで僕たちは姫に元気でいてもらう必要があるのさ。あとはわかるね? さあ君も姫を元気づけるんだ」
ヘルメスは深く頷いた。ようはメイが落ち込まないよう気を使えと言うことらしい。ステラが直接的な暴力振るうのに対しメイはその身に宿す
メイはリアルお姫様であるが、冒険の最中でもお姫様扱いを強いられるタフガイやラビリスの心労たるや想像するに余りある。
『どいつもこいつも、めんどくせえな』と内心で思いながらヘルメスは言った。
「メイはかわいいよ。眼帯がなければなお良かったけど。胸は小さいけどスタイルもいいし。本当に素敵な女性だと思うよ」
「……」
とヘルメスが言うと、メイは悲しそうな笑みを浮かべて「ありがとうヘルメス、気を使わせたわね」と言った。
「おい」
タフガイの怒りの籠った眼差しにヘルメスは自分の失態を悟った。直後、ヘルメスの脳天にラビリスのげんこつが振り下ろされた。
*
ヘルメスはひとしきりメイに謝った。暴力を振るった後はすっきり解消しているステラの怒りと違い、メイの内に込めるような怒りは長く後をひきそうな気がした。
これなら殴ってくれた方がましだ。頼むからおれを殴ってくれとヘルメスは思った。もしかしたらヘルメスはすでに特殊な性癖に目覚めている可能性があった。
お姫さまと3人の騎士……諸国連合攻略隊4名は関係性はフラットではなく、メイを頂点にタフガイ、ラビリスの2人が
メイの機嫌を損なわないよう気を使い、マッドのフォローまでする男たちの苦労を想うと、仲良さげで硬い絆で結ばれているように見えた4人の関係性が繊細なバランスの上で成り立つ綱渡りのようなものに見えてくる。
(みんな苦労してるんだ)
そう言えばヘビ男たちのまとめ役をクーに丸投げしてしまったが、果たして大丈夫だろうか。あいつも苦労していそうだ。用事を済ませたあとで様子を見に行ってみよう。もしクーが困っているならダンジョンマスターとして助けてやらないと。
*
「それじゃ」
マッドの回復薬をラビリスとタフガイに渡したヘルメスはメイとともに孵化室を出た。メイはステラの服選びを手伝うために指令室へ向かい、ヘルメスは転送魔方陣の部屋へ向かった。転送魔方陣の部屋にいるブラックハットとオネストに会うためだった。
扉を開く。
「いらっしゃい」
「なンかありましたか」
ふたりの来訪者は未だにヘルメスのダンジョンから帰らないでいる。理由を問うと、ブラックハットは『転移回線の異常をじっくり調査するため』だと答え、オネストは『ブラックハットの足代わりだから残る必要がある』と答えた。
なんだか適当な理由をつけてここに残っているような気もするが、仕事があるならしょうがないとヘルメスは思うことにした。ふたりがダンジョンに残ってくれることは頼もしくもある。オネストはヘルメスのために戦う義理はないが、ヘルメスが死ぬと融資したポイントを回収できなくなるから実質的に味方のようなものだ。いざというときは最強の銀行員の武力で助けてくれるとヘルメスは期待していた。
またブラックハットの存在もまた別の頼もしさがあった。転移魔方陣のシステムを調整・操作するための専門知識は、ダンジョン目録には一切記載されていない。ステラでさえ知らない知識を身に着けているブラックハットはそれだけで頼もしい。それにガレキの城が転移魔方陣をクラッキングして魔物を送り込むという裏技のようなことをしてきた以上、空間転移に関するセキュリティは可能な限り強化しておいて欲しい。
それに……ヘルメスはファムからもらった名刺のことも気になっていた。なにかの魔法が掛けられているというファムの名刺。魔術の知識がないヘルメスにはどのような魔法が掛けられているのか想像さえつかないが、ブラックハットたちならひょっとしたらその内容がわかるかもしれない。
ブラックハットはファムの名刺をつまみ上げるとしげしげと眺めた。
「やっぱりなにか魔法がかかってますか?」
「……おそらくですが『空間転移』に関する魔術コードが刻まれてますね……」
「それって危ない魔法ですか?」
「現段階ではなんとも。危ないかもしれませんが、危なくないかもしれません。つまりよくわかりません。ですが空間転移に関しては私の専門分野です。この名刺しばらくお預かりして調べてもいいですか」
「お願いします。それから……」
ヘルメスはファムと対峙したときに感じた頭の中にもやがかかったような違和感についてもふたりに相談した。
「それなんですけど……私もそんな違和感を覚えました。でもなぜそんな感覚があるのか原因がわからないんですよ」
ブラックハットもヘルメスと同じような違和感を覚えていた。ブラックハットとヘルメスがジンリンがメイにしたような、正常な判断力を奪うような攻撃を受けている可能性があるのか!? と思ったヘルメスだったが、
「おふたりともあんまり寝てないんじゃないですか? あっしはとあるダンジョンの取り立てで2年間寝ないでぶっ通しで戦ったことがあったが、そのときはさすがのあっしもふらふらでしたよ」
オネストのすさまじいエピソードが飛び出し、話題はそちらへ流れてしまった。
「そりゃあすごい……転移管理局もたいがいブラックですが地獄の一丁目銀行はそれ以上です」
「確かにおれも寝てないですね」
「あっしらダンジョンがらみの仕事は年中無休で戦いっぱなしですからストレスもたまるし睡眠不足にもなりやす。疲労が溜まるといざというとき正常な判断ができなくなる。休息は必要ですよ。幸い今は侵入者もいない。ふたりとも休めるうちに休んだらどうですか」
「そうさせてもらいます」
ステラもよく寝るし、おれもどっかで寝ようかな。問題は何も解決しなかったが、ヘルメスは転移魔方陣の部屋を後にした。
***
お知らせ
ここまで読んでいただきありがとうございます。この作品、いつの間にか文庫本3冊分近い文字数になっており、最新話まで追っていただけていることを大変うれしく思います。
さて、前半の小話を追加したら、文字数が多くなってしまったので、このエピソードを急遽2話に分割しました。すでに予約してあるエピソードの投稿時間を調整するのが面倒だったので、次のエピソードは明日の朝5:17に更新します。なので明日は1日2話更新となります。だから何? って思われそうですが、良ければ読んでください。
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