04-19 ボスのお仕事 その②




 ズラリと整列した193体のヘビ男たちが、上司ボス――クーが口を開くのを戸惑いの表情で待っていた。


 ヘビオはクーの尻の下に敷かれていた。四つん這いになったヘビオの背中にクーが腰かけているのだ。椅子の刑、と言うらしい。ヘビーナを組み敷こうとしたヘビオに対する罰だった。 ヘビオはクーとの喧嘩になすすべなく敗北した上にこのような屈辱的な仕打ちを受けることになった。


 クーに襲い掛かったヘビーナファンクラブ6名は意識を失い、隅の方で白目をむいて横たわっていた。6名はヘビーナをめぐる恋敵だったが、腕比べの喧嘩をして上下関係をわからせたのだった。ヘビーナが言うには6名はヘビオが倒れた後、ヘビオの仇をとるためクーに挑んだらしい。しかしクーに触れることすらできず、5秒も経たずにのされてしまった。クーはすごいのだ! かわいくて強いのだ! と熱っぽく語ったヘビーナの姿を思い出し、ヘビオは奥歯をかみしめた。


「さて、そろそろ話を始めようか」

 

 と、椅子になっているヘビオに対する嘲笑が高まったタイミングでクーは話を始めた。


「ボクはクー、君たちの上司ボスになった魔物だ。よろしく。そしてボクの椅子になっている彼は、同胞の尊厳を汚そうとしたヘビオくんだ」


 嘲笑と憐憫の視線がヘビオの肌に突き刺さる。ヘビオは恥ずかしくて暴れたくなったが、それをこらえた。暴れたところでクーには勝てない。それに今暴れたら取り返しがつかないことになりそうな気がした。


「あと。あそこで寝ている6人はボクをボコるとかのたまったバカどもだ。君たちもボクのことが気に入らなければボコりに来てくれてかまわないよ。ボコり返すけどね」


 静かだが威厳に満ちた声で言うと、ヘビ男たちはざわめき立った。


(かわいい名前)

(かわいいお顔)

(でも暴れ者たちを倒した……)

(強い)

(あたしアタックしちゃおうかな)

(ダメ! 抜け駆けは許さないわよ)


 ヘビ男たちの喧噪をヘビオは冷静に聞き分けていた。どうやら肯定的な意見が多いみてえだな……とヘビオは思った。 兄弟ともいえるヘビオたちが暴力を振るわれて椅子にされているのに、だれもクーを非難しない。薄情な奴らだ。俺の仇をとるため戦ってくれた6名のほうがよほどマシだ。とヘビオは思った。


「ボクは君たちの戦闘訓練を任されている。君たちを1週間で1人前に育てなきゃならないんだ。ところで1人前ってなんだと思う? ヘビオくん」


 急に話を振られて、ヘビオは驚いた。


「ヘビ(わかりません)」


 咄嗟に口から出た答えが『わかりません』。自分で自分が情けなくなる。クスクスとどこかから嘲笑が聞こえてきた。恥を上塗りしてしまったようだ。ヘビオが歯噛みしていると、「笑うな!」とクーは怒声をあげた。


「わからないことはしょうがない。君たちは生まれたばかりなんだから、何も知らなくて当たり前だ。無知を恥じる必要はない。わからないことはわからないと正直に言えばいいんだ」


 ヘビ男たちが沈黙する。それでいいんだと言われ、ヘビオはほっとしていた。


「ではヘビーナさんはどう思う? 」


「ヘビ(え、えーと。普段は優しいけど、いざという時に頼りになる人?)」


「えーと。それは一人前の兵士じゃなくて、君の理想のタイプだよね」


「ヘビ(す、すいません)」


 ハハハと小さい笑い声が起こった。ヘビオの脳裏に赤面するヘビーナの顔が浮かんだ。 ヘビーナを笑ったやつをあとでボコってやりたいが、椅子になっているせいで誰かまではわからない。


「ボクはね、『仕事に必要な技能を身につけ、仲間と協力しながら与えられた仕事の責任を果たせる』のが一人前だと思う」


 クーが言い終わるとヘビ男が再びざわざわ、とどよめいた。


(なんか怖くない?)

(技能身につけて終わりじゃないの?)

(最後までって死ぬまでってこと……?)

(死にたくない)


 皆、戦闘に対して恐怖を感じているようだった。部屋の空気が重苦しい。ざわめきが続いていたが、クーは構わず続けた。


「君たちはヘビ男は第1階層で戦うために生まれた。第1階層はボクたちのダンジョンの玄関。ガレキの城と隣接する最前線だ。そこで戦い続けることが君たちに課せられた仕事だ。君たちはこのダンジョンで最も死に近い場所で、一番過酷な仕事を担うことになる」


 ヘビ男たちの喧噪は次第に強くなっていった。死、という言葉の残酷な響きに泣き出す者まで現れた。


「怖い、死にたくない……それはそうだろうね。生まれたばかりの君たちは弱く、そして死を受け入れられるほど人生を謳歌しちゃいない! 死にたくないよね!? だったら死なないように強くなろうよ」


 クーは大きく息を吸った。


「ボクの仕事は君たちを強くすること。君たちが戦い、生き残るための力をつけることだ! 君たち! 生き残りたければボクの言うことを聞け! ボクの訓練に食らいつけ! ボクは君たちをキツくて理不尽な目に合わせるだろう! だけどボクの訓練を乗り越えたとき、君たちは屈強な戦士になっている! 誰にも負けない最強の戦士になって100年先まで生き残ってやろうよ!」


「ヘビ!」


 クーの言葉は厳しかったが、ヘビ男たちはそれぞれ受け入れることができたようだ。 クーの言葉をプレッシャーを感じて目を伏せている者もいるが、強くなって絶対に生き残ってやるぞ! と目を輝かせてやる気になっている者もそれなりに多い。


「よし! 早速訓練を開始するよ! まずはランニング、第3階層10周だ! 行け!」


「ヘビ!」


 ヘビ男たちが駆けだしていく。ヘビオも後に続きたかったが、背中にクーが座っているのでできなかった。


「ヘビ(俺は走らなくてもいいのですか)」


「ヘビオくんは今日1日ボクの椅子だ。そうしなきゃ罰にならないだろ」


「ヘビ(そうですか)」


 と力なく相槌を打つ。


「ところで君の座り心地は最悪だね。背骨がゴツゴツして尻が痛いよ。どうにかしろよ」


「ヘビ(すいません、どうしょうもありません)」


 と謝り、それから「ヘビ(それなら座らなければいいのに)」と呟くと、


「座らないと罰にならないだろ」


 と返って来た。自分に罰を与えるためにわざわざ痛い思いをしているクーがおかしくて、ヘビオはハハハと笑った。すぐさま「笑うな!」と返って来た。







 ヘルメスは指令室を出ると、ステラに殴られた鼻先を撫でながら、孵化室に向かった。ヘビ男の卵が全て孵り一時的に空き部屋となった孵化室には、現在『諸国連合攻略隊』の面々が駐留している。ドッペルデビルから身体を取り戻したばかりのタフガイを看病しながら、旅の疲れを癒しているのだった。


「入りまーす」


 孵化室のドアを開いたヘルメスの耳に飛び込んできたのは、絶叫だった。


「右手がァァアアア!」


 長身の男が包帯で巻かれた右手を押さえ、悶えている。男の顔面は右手と同じく包帯でグルグルに巻かれている。さながらミイラ男のように見えるこの男こそが、『諸国連合攻略隊』最後の一人、タフガイ・ヤマトだった。


「タフガイッ!」


「また暴走なのッ!?」


 タフガイの右腕が少しずつ膨れ上がっていた。暴走の予兆だった。タフガイが剣を抜き、メイが弓に矢をつがえる。ピリピリと空気が緊張していく。 ドッペルデビルから身体の主導権を取り戻したタフガイだったが、身体のコントロールは未だ完全ではない。右腕が発作的に暴走し、周りの者に危害を加えようとするのだった。


「みんな離れろォォォ!」


 タフガイが他のメンバーを遠ざけようとわめき散らす。しかしラビリスとメイは武器を構えたまま、動かない。タフガイの暴走を止めるのが彼らの役目なのだ。彼らにもヘビ男の訓練を手伝ってもらいたかったが、こういう事情があってそれは叶わなかった。


「しっかりしてタフガイ!」


「気合で押さえこむんだッ!」


 メイとラビリスが交互にタフガイを激励する。しかしタフガイの右腕の膨張は止まらない。右腕が胴体ほどにも太くなると、腕に巻かれていた包帯がぶちぶちと音を立てて弾け飛んだ。はらはらと舞い落ちる包帯の破片の影から、黒く変色したタフガイの右腕が姿を現す。ぴくぴく痙攣するその右腕は、今にも暴れ出しそうだった。


「頑張れタフガイ!」 


「ドッペルデビルに負けないで!!」


 ラビリスが叫ぶ。ヘルメスは身がまえた。剣呑な雰囲気が孵化室を支配していく。ヘルメスは固唾を呑んだ。


「ウオオ……!」


 タフガイが気合をいれると右腕の膨張がとまった。そして膨張していたタフガイの右腕がみるみる縮小していく。


 危機は去った。


 張り詰めた空気が溶けて、緩やかなものに変わっていく。ヘルメスは胸を撫で下ろした。


「大丈夫?」


 メイがタフガイに駆け寄る。


「ハアハア……ごめんねみんな。またやっちゃったよ。だいぶこの身体の使い方がわかってきたつもりなんだけど……」


「それでも暴走させずに押さえ込んだッ! 発作の頻度も減ってるぞ! お前はよくやってる!」


 とラビリスがタフガイをこずいた。


「痛いなあ、アハハ」とタフガイが笑う。 やさしそうな人だなとヘルメスは思った。


「あれ」


 そういえばもう1人いなかったっけ。ヘルメスが部屋を見回すと、部屋の隅っこで腕組みをしている男がいる。マッドだ。


「ふ、どうやら終わったようだな……」


 そう言うとマッドはニヒルな笑みを浮かべた。まるでタフガイが右手の暴走を抑えることを見切っていたかのような口ぶりに、ヘルメスはさすがマッドさんやで、と感心した。


「ところで何の用だ、ヘルメス。ステラちゃんを俺に譲る気になったか?」


「い、いえ。譲るも何もステラは誰のものでもないというか……おれはメイに用事があって来たんです。ステラがメイに相談したいことがあるらしくて」


「ほう? ステラちゃんの用事なのになんでお前が来るんだ。俺とステラちゃんが仲良くならないように必死か」


「ちがいますよ! ステラはちょっと事情があって来れないんで、おれが代わりにメイを呼びに来たんです」


「事情だって?」


「ステラのやつ、服をボロボロに破いちゃって裸なんです。それで代わりの服を探してるんですが、あいつファッションに妥協したくないとか言うんです。メイなら服にも詳しいだろうから意見が聞きたいそうで」


「バカ野郎! なぜそれを早く言わない!」


 そう言うとマッドは孵化室を飛び出した。マッドが何をしようとしているのかを察したヘルメスは、


「それだけはやっちゃいけない! マッドさん!」


 と静止したが、マッドはまったく聞かず全力疾走で指令室へと駆けた。あっという間に到着するや勢いよく指令室の扉を開く。


「キャ」


 というステラの悲鳴が聞こえた。直後爆発音が響いた。ステラが放った魔弾が炸裂したのだ。直撃を受けたマッドは、火だるまになって吹っ飛ぶ。壁にぶつかり、床に落ちゴロゴロと転がった。


「だから、言ったのに……“承認”」


 ヘルメスはマッドを憐れむと、回復アイテムを作成。未だ火に包まれているマッドに振りかけてやった。


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