04-22 第2回ガレキの城攻略会議 その①
*
豪奢なシャンデリアと赤い絨毯とテーブルクロスのかかった円卓。ヘルメスの指令室は相変わらずの内装でヘルメスを出迎えた。
ヘルメスは4時間ぶりに訪れた指令室の空気を胸一杯に吸い込む。帰って来た。という実感が湧いてくる。
いろいろなことがあった。
全てはここから始まった。ダンジョンマスターになるまでの記憶を持たないヘルメスにとってこの指令室は、生まれた場所と言っても過言ではなかった。ヘルメスの胸中にポツポツと思い出が込み上げてくる。
名前を噛んでしまったせいで変な名前で生きていかなければならなくなった。
召喚したステラに出会っていきなり殴られた。
「ろくな思い出ねえな」
と一人ごちた。すると、
「ん?」
と少女――ステラが首を傾げる。再び≪戦姫のドレス≫に身を包んだステラは、やっぱりきれいだった。前と同じ格好だがそれでいいのだ。ステラは白がよく似合う。
ステラめちゃくちゃ頑張ってくれたよな。
ガレキの城に隣接する最悪な立地。
準備もできてないのに押し寄せる侵入者はステラひとりで倒す必要があった。
ステラは殺した。殺して殺して殺しまくった。侵入者のほとんどは斬り殺した。ステラも無傷では済まなかった。噛まれたし、殴られたし、蹴られたし、焼かれた。侵入者をすべて撃退したステラは、血とバターに塗れてボロボロだった。
ヘルメスを守る。ただそれだけのためにステラは命を賭けて戦った。血に塗れて、穢れた。守ってみせる。そう思っていたステラに逆に守られて、ヘルメスは生きながらえた。
ステラが無事に帰ってきて本当に良かったと思った。その一方でヘルメスは無力さを思い知った。
やっぱりろくな思い出がない。
ヘルメスはため息を吐くと、指令室をもう一度見回した。豪奢なシャンデリアと赤い絨毯とテーブルクロスのかかった円卓。指令室の内装は相変わらずだ。いろいろなことがあった。だけど結局、何も変わっていない。何も成し遂げていない。
「座るか」
「ええ」
円卓を取り囲むように並んでいる椅子。全部で14脚あるうちの1つにヘルメスは腰を下ろした。椅子の座り心地はかなり良い。
ヘルメスの右隣にステラが座る。ステラが座った椅子のさらに右隣にはクーが座ることになっている。つい何時間か前までジンリンが座っていた席だったが、彼女が席に着くことはもう二度とない。
ジンリンもまたヘルメスを守るために戦い、そして死んだ。敵は強大な魔物で、ジンリンよりも格上だった。それを撃退するために、ジンリンは命を散らした。
(ほなさいなら)
ジンリンの最期の言葉が脳内で反響する。ヘルメスは唇を噛んだ。
死んだ魔物はジンリンだけではない。第2階層で群生していた植物型魔物も全滅した。たくさんの魔物が死んだ。ヘルメスのダンジョンに来たばかりに。
本当にろくな思い出がない。
指令室の扉がばたんと開いた。入って来たのはクーと5体のヘビ男だ。
「こんにちは、お姉ちゃん!」
「こんにちは、クーちゃんの席は私の隣ね」
「やったあ!」
「おれへの挨拶は!?」
「ああ。雑魚すぎて見えなかった。ちわーっす」
クーはヘルメスをバカにすると、ステラの隣に座る。
「こら! 雑魚なんてダメでしょ! マスターをバカにするときはちゃんとぶひぇ野郎って言わなきゃ」
とステラが諭すように言った。「はーい」とクーが快活な返事をする。ステラなりの教育のつもりなのだろうか? 悪意しか感じない。
5体のヘビ男たちは、クーのようにすぐに席につかずに、ヘルメスの前に横一列に並んだ。
「ヘビ(この度は会議に参加させていただき光栄です。よろしくお願いします、敬礼)」
ヘビ男たちが敬礼する。びしっとした敬礼にヘルメスの背筋が自然と伸びた。ヘビ男たちはクーとは違ってヘルメスに敬意を抱いてくれているようで嬉しかった。全くステラやクーにもヘビ男たちの態度を見習ってほしい。
「覚えなくても良いけど、右からヘビサンドロ・ピルロ、ヘビーナ、ヘビオ、ヘビョンホン、ヘビコビッチ。リーダーになれそうなヘビ男は、今のところこの5体だね」
彼らの教育係であるクーが補足説明を付け加えると、右から2番目のヘビ男が頬を赤らめた。クーに褒められて照れているようだ。
「よろしくな」
「よろしく、あなたたちはクーちゃんの隣に座ってください」
「ヘビ(アイ、サー)」
ステラが促すと、ヘビ男たちが席に着いていく。ヘルメス、ステラ、クー、ヘビ男5体。これで、ヘルメスのダンジョンからの出席者はほぼ出そろった。などと思っていたら、また扉が開いた。
「あら。みなさんおそろいね、ごきげんよう」
扉から入って来た4人に目をやる。彼らの先頭を行くのはメイ。
続いて、鎧姿の大男、赤いコートの男、顔と右腕に包帯を巻いた男が歩いてくる。この4人こそが、メイ、ラビリス、マッド、タフガイからなる異能者パーティ『諸国連合攻略隊』である。対ガレキの城の急先鋒にして、ヘルメスの協力者となった人間たちだ。
人間とダンジョンが協力関係を結ぶなど前代未聞のことだった。彼らの協力を取り付けるのには苦労した。
「よろしく頼むぞッ」
「いよいよ幕が上がるってわけだ。|狂騒たる会議マッド・パーティの、な……!」
「わけがわからないよ」
ラビリスが大声で暑苦しい挨拶をし、マッドの意味不明な発言をタフガイが柔らかく指摘したところで、ヘルメスは「おれの隣に座って」と彼らに着席を促した。
ヘルメスの左隣にメイが座り、続いてラビリス、マッド、タフガイが座る。これで円卓周りに配した席が全て埋まった。
ヘルメス、ステラ、クー、ヘビ男、メイ、ラビリス、マッド、タフガイ。何もなかったヘルメスのダンジョンにこれだけの人数が集まり、協力して大事を成そうとしている。ガレキの城は強大で不利な状況は変わらないが、何とかなりそうな気がしてくるから不思議だ。
諸国連合攻略隊の4人が着席して、しばらくしてからオネストとブラックハットの2名が部屋に入って来た。
「どうも皆さん」
オネストたちが席に着く。部外者である2人の席は、円卓から少し離れた位置にあるオブザーバー席だ。2人にはあくまで傍観者として話し合いに参加してもらう、ということだ。
とりあえず、これで全ての参加者が揃った。
ヘルメスたちの今後を決める重要な話し合いが始まるのだ。ヘルメスは緊張した面持ちで、『開幕』の一声が上がるのを待つ。ところが一向に会議が始まる気配がない。どうしたことだろうか。ヘルメスは周りを見回した。参加者の全員がヘルメスを凝視している。期待と困惑が入り混じった視線を一身に浴びて、それでやっとヘルメスは気がついた。
「あ、すいません。おれが言わなきゃいけなかったんだ」
今回の会議ではヘルメスが進行役を務めることになっていたのを忘れていた。
ヘルメスはすう、と息を吸い込んで心を落ち着けてから、宣言する。
「それでは、作戦会議を始めます。よろしくお願いします」
一礼する。ヘルメスに続いて皆が頭を下げ、ついに会議が開幕する。
ヘルメス、ステラ、クー、ヘビ男、メイ、ラビリス、マッド、タフガイ、オネスト、ブラックハット。総勢14名。
それぞれが胸の内に持っているアイデアを出し合い、叩き合い、磨き上げていく。ヘルメスの手の届かないところで漠然と立ちふさがっていたガレキの城打倒の目標が、少しずつ形になっていく。
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