04-23 第2回ガレキの城攻略会議 その②




「では、今日はこれにて閉会とします。えーと、明日までには決めます。決まったらまた連絡します」


 ヘルメスが閉会を宣言すると、出席者一同は席を立った。皆が神妙な表情を浮かべていて、いかに会議が難航したかを物語っていた。


 会議は荒れた。意見が真っ二つに分かれた。議論を重ねても平行線をたどるばかりで一向に落とし所を見つけられなかった。結局、どちらの意見を採用するかは、ヘルメスの決断に委ねられた。


 ダンジョンマスターであるヘルメスの決断ならば文句はない。そういうことらしいが、実際のところはどうなんだろうとヘルメスは疑問に思う。体よく責任を押し付けられてしまったような気もする。


「お疲れ様でした」


 ヘルメスが一礼する。


「お疲れ」


 と皆がそれに続き、それぞれの持ち場に帰っていく。クーとヘビ男たちは第3階層へ向かい、メイ達は孵化室へ向かい、オネスト達は転送魔法陣の部屋に向かっていく。やがて指令室にはステラとヘルメスの2名だけになった。


 2時間に及ぶ会議が終わった。有意義な会議だったがその分内容も重かった。ヘルメスは椅子に座るなり脱力し、だらしなく背もたれに身体を預けて、天井を仰ぐ。


「疲れたー」


 とため息まじりに呟くと、シャンデリアの先で蝋燭の炎が揺らいだ。


 ダンジョンの今後を左右する重要な決断を迫られ、責任という名の重圧に押しつぶされそうだった。しかしやらねばならない。戦えず頭も良くないダンジョンマスター。そんなヘルメスに出来ることは、下した決断の責任を取ることだけだった。


「大丈夫ですか、マスター?」


 とステラが心配してくれる。


「ああ」


 とだけ答えて、目を閉じる。少しの間考えごとに没頭したい。


(さて)


 決断をしなくては。ダンジョンの今後を左右する重要な決断だ。失敗は許されない。


 隣の席からカリカリカリとペン先が擦れる音がヘルメスの耳朶を撫でる。ステラがペンを動かして、先ほどの会議記録を付けているのだ。ステラのペン先は淀むことなくノートの上を走り、カリカリと軽快なリズムを刻んでいる。そのリズムに合わせて、ヘルメスは思考回路を回転させていく。


『ゆっくり攻略するか』、それとも『さっさと攻略するか』。それが問題だ。


 ヘルメスは考える。犠牲者が少ないのは、どちらのやり方だろうか。と。


 『ゆっくり攻略する』やり方は、十分に準備をしてからガレキの城に突入するという作戦。つまり正攻法だ。


 十分な兵力、十分な装備を用意することで比較的安全に攻略を進めることができるが、準備に時間をかけることはいいことばかりではない。こちらが攻撃の準備をしている間にガレキの城も防衛の準備を整えることができるからだ。準備の途中でこちらの情報が漏えいすれば敵に先手を打たれる危険がある。そもそも準備をするといっても、ヘルメスたちはガレキの城の事をほどんど知らない。どれだけの準備をすれば確実に勝てるのかがわからないのだ。年単位で準備をして、いざ攻めてみたら全滅でした。シャレにならないがそういうことも十分ありえる。


 対して、『さっさと攻略する』作戦はなるべく準備に時間をかけない。ダンジョン攻略とはつまるところダンジョンマスターさえ倒せばよいのだ。現状戦力だけでガレキの城に殴りこみ、バアルを探してぶっ殺す。つまり奇襲作戦だ。ガレキの城が侵入者への防衛体制を整える前にバアルを叩くのだ。ただし、奇襲作戦はスピードが命。段取り良く敵の急所にまで進攻しなければならないが、ヘルメスたちはガレキの城のことをほとんど知らない。となれば出たとこ勝負の運任せで進攻していくしかなく、よほどの幸運に恵まれない限り成功しない。現段階ではむしろどうやったら成功するんだというレベルの無謀な作戦だが、そこは今後のがんばりでどうにかして攻略の突破口を見つける。どうにか奇襲の算段さえつけば十分勝算があるのだった。


 会議で出た意見をまとめるとこんなかんじで、どちらにもメリットがあり、どちらにもリスクがある。


 じっくり作戦はこちらの戦力を固めることに重点を置いて準備を進める。対してさっさと作戦はガレキの城の情報収集に重点を置いて準備を進める。


 メイが時間を掛けて考えただけあって今のところ『じっくり』作戦が優勢だが『さっさと』作戦もぜんぜんアリである。


「とはいえガレキの城のことをなにも知らないんじゃなあ」


 ヘルメスは呟いた。どちらを採用するにせよ相手の全貌を掴かむ必要がある。「ですねぇ」と相槌を打つ。ヘルメスは頷く。


「まずは情報収集しないと」


「そうですね、情報が少なすぎますね。ガレキの城の情報を集めて、それから決めた方がいいかもしれませんね」


「クーたちに、外の地図でも作ってもらおうかな」


「なるほど地図というのはいいアイデアかもしれません。ですが、もっと効率よく情報収集する方法がありますよ」


「へえ?」


「知らないことは知っている人に聞くのが一番です。ですから、外の敵を捕まえて縛って……ね?」


 ステラがにやぁと口元を歪ませる。サディスティックな笑顔だった。


「……ね? じゃねえよ、怖えぇよ、その顔。拷問とかするんじゃないだろうな」


 ヘルメスが指摘するとステラがくつくつと笑った。


「……くつくつくつくつ」


「変な笑い方止めろ」


 ヘルメスが嫌悪を示すと、ステラはにっこり笑った。


 パンと両手を叩いて、


「さて! ガレキの城の情報収集ということでしたが、ガレキの城の情報ならすでに持っている人たちがいます。だれでしょう~か?」


「う~ん、そうか! メイたちは外の森を通って来たんだ。森のことはメイたちに聞けばいいのか」


「ピンポ~ン。会議で発言して欲しかったですが会議が荒れてそれどころじゃなかったですね……それから……」


「まだ誰か?」


 問うと、ステラは「こちらは確信があるわけではないのですが……」と言うと、俯きながら気まずそうに、


「……オネスト様もガレキの城について何か知っているかもしれません」


「オネストさんが!?」


「ちょっと怪しいなあって。いろいろ探りを入れてみたんですけどはぐらかされてしまって……話を聞いてみませんか?」


「たしかに怪しかったかもな……またはぐらかされるかもしれないけどオネストさんには貸しがある。ステラのおかげでな」


「私のおかげですか?」


「オネストさん、ステラを失神させたこと悔やんでるんだよ」


「ああ……なるほど。サービスした甲斐がありました」


 ヘルメスうあにぃっといたずらに笑うと、「ま、なんとかしてみるよ」と指令室を出た。







「あれ、ステラも着いて来るの?」


 指令室を出ると、ステラが小走りで追ってきた。さっきまでカリカリと記録を付けていたではないか。あれは終わったのか。と問うと、


「お邪魔でしょうか?」


 ステラは上目づかいで見つめながら言った。


「いや、ステラが来てくれた方が助かるよ。おれはあんまり頭がよくないから、みんなの話をちゃんと理解できない可能性がある」


「おぉ、実を言うと私もそれが不安で着いてきました。さすがマスター、自分の事よくわかってますね」


「うん」


 ステラの言動にひっかかりを覚えながらもヘルメスはうなずいた。ステラがいた方が助かる、というのは事実だ。


 なんでこんな性悪が好きなんだろうか。


「あのさ、メイたちに会う前に、ちょっと寄り道していいか」


「はい? 」


「先にクーの様子を見ておこうと思ってさ。ほらあいつ会議で荒ぶってたから」


「ああ、クーちゃん」


 ステラが残念そうにつぶやく。さきほどまでの会議をしみじみ思い出す。


 さきほどの会議でメイとクーは初めて顔を合わせた。メイもクーも、プライドが高くて背が低い、と共通項の多い者同士だ。仲良くなれるかもなとヘルメスは思っていたのだが、そうはならなかった。磁石の同じ極どうしが反発しあうように、メイとクーはそりが合わなかったのである。


  『じっくり』か『さっさと』か。


 ヒートアップした両者の議論は次第に悪口雑言あっこうぞうごん罵詈雑言ばりぞうごん の応酬と化し、会場は蛙鳴蝉噪あめいせんそうの狂騒状態に陥った。最終的には、ついに勃発した両者のリアルファイトによって、悲鳴と絶叫と血飛沫が飛び交う阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図と化したのだった。


 まあ、最悪だった。


「最悪だったよな」


 とヘルメスが言うと、ステラが「はい最悪でした」と同意する。人間と魔物が苦労して結んだメイたちとの協力関係が崩壊する、その一歩手前まで行っていた。


「しかし戦闘は回避できたのだから、よかったじゃないですか。私の機転のおかげで」


 ステラが得意そうに胸を張る。


「おれが体を張ったおかげ、だ」


 すぐさまヘルメスは訂正する。会議の光景が目に浮かぶ。思い出すと、ヘルメスの両頬がじんわりと熱くなる。脳裏に怒気に満ちたメイとクーの顔が過る。







 あの時、メイとクーはにらみあっていた。そして絶叫した。


 アバズレが!


 このクソガキ!


 絶叫とともにメイとクーが拳を抜き放つ。空気を切り裂きながら飛び交うそれらの拳には、それぞれ殺意がたっぷり込められていた。


 殺意。拳に込めれれていた感情は明かに殺意だった。


 本来敵に向けるべき感情が向けてはいけない相手――仲間に向けて放たれてしまっていたのだ。良好な協力関係を一発でぶち壊しにする凶拳を止める術はヘルメスにはなかった。割って入ろうにもメイの拳もクーの拳も、速すぎた。ヘルメスの目には映らないほどの速さだったのだ。


 あぶない!


 ヘルメスが瞬きをした。 ゴッ! という拳の着弾音がし、直後バキバキと骨が折れるような音がした。ぶひぇと短い悲鳴が零れた。ボタボタと滴り落ちた血が、赤い絨毯に染み込んでいって、そこでヘルメスは気がついた。


 あれ、この鼻血流してるのって、おれじゃね?


 ヘルメスの両頬に、それぞれ拳が突き刺さっていた。すなわち右頬にはメイの拳が、左頬にはクーの拳がぶちこまれていた。



 ヘルメスは意味がわからなかった。


 メイとクーの殴り合いが始まった、しかし殴られたのは、当事者のメイとクーではなく、ヘルメスだったのだ。何を言っているのかわからないと思うが、ヘルメスにも何が起こったのかがわからなかった。夢の可能性もあったが、顔面に感じる痛みは間違いなく現実のものだった。


 目の前で起こった出来事を信じられないのはヘルメスだけではない。メイとクーも同じく呆然としていた。2人が発していた殺気は霧散し、指令室はあっけらかんとした空気に包まれた。ふと周りを見渡すと、ステラが得意げに胸を張っていた。


 メイの拳とクーの拳。ステラは2つの拳の交点にヘルメスを投げ込んだのだ。投げられた当人のヘルメスでさえも、投げられたことを自覚できなかった。それほどの早技だった。


「2人とも拳を納めなさい。仲間に暴力を振るうなんて最低だよ?」


 ステラが凛とした態度で停戦勧告をする。


 メイとクーは所在なさげに視線を宙へと泳がせた。そして「ごめんあそばせ」「すまなかったよ」と互いに短く謝罪をして、席へと引き返した。どうやら頭は冷えたらしい。胸を撫で下ろす一方でヘルメスは思った。


  仲間に暴力を振るうなんて最低だよ、か。どの口が言うのだ。と。

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