04-24 クーの懸念 その①




 ステラと一緒に、第3階層へと続く階段を登る。第3階層ではクーがヘビ男たちに戦闘の訓練を施しているはずだ。


 もうすぐ階段を登りきるというところで、ステラが話しかけてきた。


「そういえば私、クーちゃんの訓練を見るのってはじめてです」


「ステラはずっと指令室に閉じこもっていたからな。おれは一度クーの訓練を見たけど、よくやっていると思ったよ。みんなきびきび動いてさ。訓練開始からちょっとしか経っていないのに、あいつはヘビ男たちから尊敬されていた」


「そうですか……。ふーん」


 階段を登りきると、列を組んだヘビ男たちが広々とした第3階層の外周にそって走っているのが見える。クーは部屋の中心で腕を組んでヘビ男たちの様子を眺めていた。


「おーい、クー」


 ヘルメスが声を掛けると、クーはこちらに向かって片手を挙げてひらひらと振った。あれ、思ってたより愛想がいいな。その様子を見てヘルメスはほっとした。会議でメイと喧嘩になり、機嫌を損ねているのではないかと懸念していたからだ。


 クーが両手を広げて駆け寄って来る。満面の笑顔を浮かべている。子供らしく可愛らしい仕草だった。


「ステラお姉ちゃーん!」


 クーがステラに抱きついた。ステラの胸に顔をうずめている(クーの身長はステラの胸ほどまでしかない)。それによく見ればクーの両手はステラの尻をがっしりホールドしている。ヘルメスが死に物狂いで頑張ってようやく触ることができたステラの尻をいとも簡単に。


 これをヘルメスがやったら間違いなくブン殴られていただろう。しかしクーは殴られるどころか抱擁を受け入れられている。それどころかステラは、クーの頭を撫でながら、あらあらと顔をほころばせているのだった。


 クーの野郎、子供の特権を活かして堪能しやがって。本性は腹黒のくせに、ステラの前では子供ぶりやがって、許せん。


 ヘルメスはつかつかとクーの背後まで歩いて行き、そしてクーの肩を掴もうと手を伸ばす。瞬間、伸ばした手に、ずきんと痛みが走った。クーが背後をチラリとも見ないで放った手刀が、ヘルメスの腕を打ちすえていた。 腕を押さえうずくまるヘルメスに対して、クーは悪びれもせず、


「ああマスターか。背後に立たれると反射的にやっちゃうんだ」


「そ、そうか」


「それにしてもお前の攻撃無効化スキルすごいな。腕を切断するつもりで撃った手刀だったんだけど。さっきの会議でもボクの拳を受けきったし、マスターはサンドバックの才能あるよ」


 クーがヘルメスのことをほめた。ただ、サンドバックの才能がある。と言われて嬉しいはずが無かった。


「マスターのスキルは鉄壁だからね。試し斬りとかやりたくなったらお願いするといいよ」


「へえ……そろそろ槍術を教えようと思ってたんだよ。カカシを突くよりも生身の人間を突く方が上達が早いだろうし……協力してくれると助かるよ」


 ステラとクーがニヤリと意地悪く笑う。2人の邪悪な笑顔に、ヘルメスはヘビ男たちの槍でめった刺しにされる自分の姿を想像してしまう。


「勘弁してください」


 気がついたらヘルメスは懇願していた。


「冗談だよ」


 クーが、アハ! と楽しげに笑った。ステラと一緒で性格が悪いのだ。なんで性格が悪い奴しか来ないのか。


「だよな」


 ヘルメスはぎこちなく苦笑しながら、なんでおれは尊敬されないのか少し考え、クーから尊敬を勝ち取るだけの強さをヘルメスが持っていないからだと結論付けた。


 まあそれは今はいい。閑話休題だ。


「ところで、クー。機嫌よさそうじゃないか。会議ではずいぶん荒れていたけど」


「そうだね。私、クーちゃんが荒んでヘビ男たちをいじめてないか心配だったけど、問題なさそうだね」


「まあね、今は落ちついてるよ」


 クーはバツが悪そうに笑った。


「あのメイって人間は、初めて見たときからなんとなく気に入らなかった。他の人間についてもそうだ。見ているとどうしてもイライラするんだ。頭では味方だってわかっちゃいるんだけどね。頭の中で声がするんだよ」


「声?」


「誰かがボクの頭の中でわめくんだよ。『人間は敵だ、殺せ』ってさ。ボクはそういう風に育てられてきたから」







 そう、ボクは人間は敵だと教え育てられてきた。ボクが習得している戦闘技術は、人間を敵と想定して練り上げられたものがほとんどだ。長い時間をかけて、人間殺しのやり方を研究してきた種族。それがセタンタだ。


 例えば、人間の急所がどこにあるか、人間の関節がどこまで可動するのか、視力、聴力、感覚器官の性能は? といった人体の研究にはじまり、人間の精神はどの程度の苦痛に耐え得るのか、といった精神的な研究まで。とにかくセタンタという種族は人間を殺すことに執着した。


 ボクたちセタンタは、なぜ人間にこだわるのか? なぜ人間を研究しなければならないのか?


 その質問の答えを求めて歴史書を遡ると、ある1人の人物が浮かび上がって来る。 その人物の名は“クーフーリン。ボクたちセタンタ族の始祖、大始祖クーフーリンだ。


 2500年前に確かに実在したこの人物は、第1世界のアルスター王国に生まれた。幼名はセタンタといった(これがボクたちの種属名の由来となったのは言うまでもない)。生まれつき美貌と怪力を誇った彼は、実は光の神ルークと人間の……。








「あのさあ」


 ヘルメスが怪訝な表情で、クーの話に割り込んだ。


「どうした?」


「なんで頼んでもないのに回想に突入しちゃったんだ? しかもご先祖様まで登場しちゃう回想なんて勘弁してくれよ。聞かされる方の身にもなってみろってんだよ」


 クーの話を真面目に聞いていたヘルメスだったが、すさまじく話が長くなりそうだと予感し、即座に話を中断させた。クーは不満そうな顔をした。


「なんだよ、話はまだまだこれからだってのに。まだ第1部の始めの方しか話してないんだぞ」


「第1部!? ちょっと待て、お前の話どんだけ長いの?」


「全部で第58部まである」


「それを今、語ろうとしたのか。 何時間かかるんだよ」


 ヘルメスが苦笑いしながら、クーの話を遮った。最後まで語ることが出来ず、クーは残念そうだった。


「ボクを正しく理解してもらうには、セタンタ一族2500年の文化と歴史を知ってもらうのが一番だと思ったんだ。それに歴史の勉強って面白いものだよ」


「歴史のお勉強ってやつはそのうちするよ……。そんなことよりもちょっと気になったんだけどさ」


「なんだ?」


 クーの眉がピクリと上がった。怪訝な表情で睨みつけてくるクーに構わず、ヘルメスはぽつり、ぽつりと慎重に言葉を選びながら、話を続けた。


「クーがメイの『じっくり攻略作戦』に反対したのは、のメイの作戦に問題があったからじゃなくて、お前がメイのことを気に食わなかったからなのか? 」


 メイの作戦に問題があって、それでクーが対案を出したならいい。意見を戦わせることによって、作戦案が洗練されていくのであれば、議論のあり方としては問題ないばかりか、むしろありがたいくらいだ。


 だが。


 クーがメイの作戦に従いたくないがために、対案を出したのだとすれば、恐るべきことだ。それはただの嫌がらせでしかなく、悪意ある作戦の妨害行動とも解釈できる。そんなことでは──ダンジョンと人間が足を引っ張り合っていたのでは、強大なガレキの城を倒すなど到底不可能だ。


 クーの『さっさと攻略作戦』に悪意は含まれていたのか。人間と魔物の共存を目指すヘルメスにとっては重要な問題だった。


 いつしかヘルメスはクーを睨みつけるような形になっていた。


 クーはピクリとも感情を出さずに、じっとヘルメスの顔を見つめ返し、やがて口を開いた。


「……ボクがあの女の作戦に反対したのは、ボクがあの女を気に入らないのとは関係ないよ」


「そうか」


 ヘルメスはほっとした。クーは人間が憎しの感情でメイの意見に反対していたわけではなかった。メイが提唱する『じっくり攻略作戦』にはなんらかの問題点があったのだ。クーはそれに気が付いた。


「あの女の『じっくり攻略作戦』には大きな欠点があるんだ。会議でも指摘したけれど、時間がかかりすぎるってこと。それに……ね、もうひとつ。これは会議では言えなかったことなんだけど――」


 クーは周囲を見回しながら声をひそめた。会議で言えなかったことを今言う、ということは、おそらくメイたちの前では話しにくいことなのだろう。一体なんなのか。


「――あの女の言う通りに事が進んだら、たぶんボクたちは死ぬことになるぞ」


「へ?」


 ヘルメスはすっとんきょうな声を上げた。どういうことだ。メイがおれたちを殺す? なぜ? 仲間なのに?  ヘルメスは意味がわからず、顔をしかめた。


「あの女のじっくり攻略作戦を簡単にまとめるとこうだ」


 クーは身ぶり手ぶりを交えて、メイのじっくり攻略作戦についての解説を始めた。


①4人の人間たち(メイ、ラビリス、マッド、タフガイ)が、それぞれの国に帰還する。


②4人の帰還に、国民歓喜! 上手くいけば4カ国間は和解し、戦争が終わる。戦争の元凶であるガレキの城打倒の気勢も高まる。


③ダンジョンからの帰還を手柄に4人は出世し、重要な役職につくことになるだろう(メイの話によれば、すでに根回しはしてあるらしい)。4人はそれぞれ速やかに対ガレキの城に向けた大規模軍団を編成する。


④十分な準備を行った後、ガレキの城に向けて進軍。その際、ボクたちのダンジョンは、兵站・補給拠点として用られる。


⑤そしてガレキの城、攻略。ハッピーエンド。


「おお、そんな感じだったな。それのどこにおれたちが殺される要素がある?」


 いまひとつ要領を得ずヘルメスが首を傾げていると、ステラが、両手を合わせた。


「もしかして……。クーちゃんはガレキの城を攻略した後のことを心配してる?」


 クーはパンと両手を合わせた。


「さすがお姉ちゃん。気がついたね」


「どういうこと?」


「メイちゃんの言う通りに人間をまとめて大きな軍団を作ってガレキの城を落としたとします。問題はそのあと……私たちのダンジョンも彼ら――人間の軍団に落とされる懸念があるということです。人間達がガレキの城を倒したとして、それで終わるでしょうか? 私たちのダンジョンが襲われないという保証があるでしょうか? ガレキの城を倒すほどの力を手に入れた者たちが、私たちのような小さいダンジョンを生かしておくでしょうか」


「あ」


 そういうことか。ヘルメスはようやく、クーが抱いていた懸念を理解することができた気がした。


「そうなんだよ。人間たちに十分な準備期間を与えるってそういうことなんだ。メイの作戦がうまくいけば人間たちはガレキの城を倒し得るだけの戦力を用意する。けど、その戦力は同時にボクたちの安全をも脅かすものにもなりうるんだよ」


「それでクーは準備に時間を掛けるのに反対していたのか」


「そうさ。現状戦力によるゲリラ戦を提案したのは、そういうことなんだ。もちろん少人数による速攻はハイリスクだけど、ガレキの城を倒した後のことを考えれば、そのほうがボクたちにとって都合がいい。さっさとガレキの城を攻略しちゃえば強力な人間たちの組織はできないからね」


「そういうことだったのか」


「人間の最も恐ろしいところはその戦闘能力でも技術力でもなくて、社会っていう組織を構築する力なんだ。組織が未熟なうちは脅威にはなり得ないけれど、一度組織が出来上がってしまうと手がつけられない。あのメイって女は、ガレキの城攻略を通して、凄まじく強力な人間の組織を作り上げようとしている。正直ボクはそれが一番、怖い。ガレキの城よりもね……」


「……」


 ヘルメスは黙った。クーがメイの作戦に反対した理由が、ようやくわかった。クーは強力な人間の組織が出来上がってしまうのが恐れている。そしてその恐れは決して無視することはできなさそうだ。ステラが前に言っていた。「ダンジョンマスターは狙われる」と。今はガレキの城という共通の敵がいるから人間たちと協力できているが 、その後のことまでは考えていなかった。


 メイの作戦に乗るつもりでいたのだがクーの言うことにも一理ある。ヘルメスは顔を顰め、腕を組んで考え込んだ。

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