04-25 クーの懸念 その②
*
人間とダンジョンの共存はヘルメスの望むところだ。おそらくメイもそう考えていると思う。
おそらく、メイはヘルメスのダンジョンに危害を加えるつもりはないだろう。短い付き合いだがメイはヘルメスのことをすでに仲間として認め対等に接してくれている。メイ以外のメンバーもそうだ。悪い人たちではない。
それにメイはヘルメスと契約を交している。ヘルメスが死ねばメイも死ぬ。そのことを理解しているメイがヘルメスに危害を加えることはないはずだ。
メイは人間たちをまとめて巨大な組織を作り上げようとしている。 ガレキの城を倒すために必要だからだ。
ただその組織が問題なのだった。ガレキの城を倒す、という目標があるうちはいい。だがガレキの城の打倒に成功したとしてその後は?
ヘルメスたちが無事でいられる保証なんてない。無論、メイたちが組織を押さえてくれるだろう。だがガレキの城を倒せる程の力──社会という途方もなく大きな力を、メイたちの力でいつまでも制御できるものだろうか。
大勢というものは異端を排除したがるもの。ガレキの城という目標を失ったら彼らの矛先はヘルメスに向かうのではないか。なんせヘルメスはダンジョンマスターだ。人類の敵とされているダンジョンとの共存を人間たちが望むだろうか。 望まなかったからこそガレキの城と人間たちは争っているのではないか。
「くそ」
だが、だからと言ってガレキの城をこのままにしておくことはできない。目下最大の脅威はガレキの城……そのダンジョンマスター、傲慢のバアルだ。 バアルを倒さないことには前に進めない。それはわかっているのだが。
ヘルメスの呼吸はいつの間にか荒くなっていた。どうしたらよいのか、わからない。『じっくり』か『さっさと』か。どちらの作戦を取ったらいいのか。メイの作戦通りにすることが必ずしも正しい決断とは言えないことがわかった。だからと言って、メイの作戦以上にうまくいきそうな方法はみつからない。クーが提唱する奇襲作戦には、今のところ全く勝算が見いだせない。
「難しい、な」
とりあえずはその一言に尽きた。
「焦らないでマスター。メイちゃんたちや、オネスト様からも話を聞いて、そしてゆっくり考えたらいいんですから。私たちはあなたの決断に従います」
「だな。結局のところ、お前の判断が全てだ。ボクたちはそれに従うだけ、さ」
くそ。プレッシャー掛けやがって!
ヘルメスが内心で舌打ちをしていると、ぞろぞろと足音が聞こえた。ランニングをしていた200名のヘビ男たちがコースを変え、こちらへ向かってたのだった。ヘビ男たちは皆、ゼイゼイと息を切らし、汗でびっしょりと濡れた鱗がテカテカ光っている。
皆、かなり疲労しているように見えたが、座り込む者は誰1人としていない。きびきびとした動作で整列し、踵を合わせ背筋を伸ばした姿勢でじっと沈黙する。クーが口を開くのを待っているのだった。
「お疲れさま。早速だけど2人組みを作って柔軟体操をして。その後1時間休憩。休憩後は筋力トレーニングをやるよ。地味な訓練が続くけど、基礎体力は全ての武術の土台。盤石な土台なしに武術の習得は出来ないからね」
「ヘビ!(アイ、サー)」
返事をするや、ヘビ男たちは、隣同士でペアを組んで、柔軟体操を始める。当然、怠ける者は1人もいない。
その様子を眺めていたヘルメスとステラは、「ほえー」と口を開いている。機械のごとく統率された200体のヘビ男たちの迫力に圧倒された。考えてみればこの200体はすべてヘルメスの
「クーちゃんすごいですね。200体もいるのに、よくまとめてる」
「だな。これなら、すぐに戦力として使えるかもな」
と言うと、クーは、首を振った。
「いや、難しいのはこれからさ。今は単純な基礎訓練しかしていないから、なんとかまとまっているだけだ。武器を使った本格的な訓練が始まれば、落ちこぼれもでてくるだろう。個体ごとに得手不得手があるからね。付きっきりで細かい技術指導をしてやる必要があるけど、なんせ200体もいる。個別指導までは手を回せそうもない。正直ボク1人で200体を教えるのはちょっと厳しいよ。せめてあと1人ボクのほかに教官役がいれば、もうちょっとマシな訓練が出来ると思うんだけどね」
ヘルメスはなんだか申し訳ない気分になった。当初の予定では、ジンリンもこの場に立って、クーとともにヘビ男たちを訓練していたはずだったのだ。だがジンリンはもういない。
「そういえばステラは訓練できないのか?」
ステラに尋ねると、申し訳なさそうに、
「お恥ずかしい話、私が天才すぎて凡人どもに教えるのは無理だと思います」
「お恥ずかしい話をすげえ上から言ったな!」
とは言えステラは一目見ただけでスキルをコピーできる〈天武の才〉、〈天魔の才〉の持ち主だ。ステラの技は術理を理解して習得したわけではなく、スキルの力でなんとなく使えるようになったものなので、他人に教えることが難しいというのはありえそうな話だった。それにスキルの熟練度が
「メイちゃんたちにヘビ男たちの指導を頼むのもいいかもしれませんね」
「それはそうなんだけど、メイはともかく他の3人が魔物の指導をしてくれるかな?」
「大丈夫と思います。ダンジョンにただで泊めてあげている恩を返してもらいましょう。ただマッドさんはヘビ男に変態プレイを教えそうだから外しましょう」
「そうだな」
メイやタフガイ、ラビリスたちは強いしいい人だ。頼めばヘビ男の訓練を引き受けてくれそうな予感はある。甘えられるうちに甘えよう。
とはいえクーの懸念を聞いてしまった今、それだけではダメなのだとも思う。他人の力に頼りすぎると、あとあと厄介なことになる可能性がある。
ガレキの城の攻略をメイたちに任せっきりにして自分たちの力を高めるのを怠ると、あとあと自分たちの安全が脅かされる。メイたちの力は借りるが、自分たちのことはできるだけ自分たちでやる。人間たちだけに頼らずガレキの城と十分に渡り合える力をつける。
メイの作戦は一見完璧だった。ヘルメスはなんとなく、メイの作戦通りにやれば大丈夫だろうと思っていたのだが、そうではなかった。メイの作戦はあくまで人間たちを主体にして考えられた作戦だった。メイの作戦の中で、ヘルメスたちのダンジョンの立ち位置は
ガレキの城を倒すために。ガレキの城を倒した後の世界を生き延びるために。ヘルメスたちは強くならなければならない。個人の強さはもとより、組織としての強さを高めていかなければならない。
そのためにはもっと人材が必要だ。200体のヘビ男の訓練も十分に出来ないようではお話にならない。それに武術一辺倒の訓練を続けるのもよくない気がした。たしかにクーは優秀な武術の教官だ。このままクーに訓練を付けてもらえば、ヘビ男たちの武術のレベルは相当向上するだろう。
ただ武術、魔術、その他の異能……多種多様な強さを持った敵たちに武術だけで対応できるだろうか。おそらく難しい。魔術……スキル……その他の異能。多種多様な敵と戦うためには、こちらも多種多様な強さを身に付けなければならない。
そのために強いダンジョンを作らなければならない。
「……早くジンリンの代わりを見つけないといけないんだな」
「……そうですね。私たちでは魔術は教えられませんし。敵が魔術を使う以上、対魔術の訓練は必須ですし」
ジンリンに悪い気がして、代わりの魔物のことは後回しにしていた。しかしそうも言っていられない。時間は過ぎていくのだ……
(ごめんなジンリン、おれたち先にいくからな……)
ヘルメスは胸の内で一言謝り、次の魔物の購入計画を進める。と同時に「じっくり/さっさと」の二択問題にも答えを出せそうな予感がしていた。
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