04-51 修羅の駆け引き その⑤




「じゃあ、あとはよろしくね」


ステラがドアの向こうに飛びこんだ。同時に、怒声が上がる。


「こいつがあああああああああああ!」


「侵入者だあ、うおおおおおおおおおお!」


「てめえがああ、よくもおおおお!」


ステラの姿を目にして、魔物たちの殺気がわっと膨れ上がり、風のように吹きつけて来る。それを一身に浴びたステラだが、身じろぎもしない。


「いかにも! 私が侵入者! あなたたちの仲間を皆殺しにした敵だ! これからあなたたちも皆殺しにしてやる! さあさあ! どこからでもかかってきなさい!」


 大きなダメージを受けているというのにステラは怒れる彼らを焚きつける、挑発する。彼らの怒りはさらに燃え上がり、ステラに向けられた殺意は攻撃というかたちとなって実現する。魔弾と矢が群れをなしてステラの体に向かって飛んで行く。牙を剥いた獣たちがステラ目掛けて駈けて行く。槍の穂先が突き出される。剣が振り下ろされる。


 具現化した悪意の嵐がステラの体に殺到する。


 傷ついた体ではさばき切れるはずがない、躱しきれるはずがない。しかし、ステラは動じない。そもそもステラにはさばく気も躱す気もない。ただ突っ立っているだけだ。彼女は、その微動だにしない背中で、リコリスにこう訴えているのだ。


――――はやく助けてくれないと、私、死んじゃうよ。


 そう、これはステラの策略なのだ。リコリスは決断を下さなければならない。バアルの命令を遵守するか? 反故にするか? 考える時間はあまりにも少ない。


「ああ、もう!」


リコリスは瞬時に背中の羽を大きく広げると、ヘルメスの拘束を解き、彼の背中を思い切り蹴った。


「うげ」


 アフロの少年が凄まじい勢いで壁に向かって吹っ飛んで行く。が、彼にダメージを与えるために蹴ったわけではない。彼は壁の代わりだ。蹴り飛ばした反動を移動速度に加算し、一瞬でトップスピードにまで加速したリコリスが背中の羽を使って地面すれすれを滑るように飛ぶ。


 背中の羽は伊達ではない。直線的移動に限られるが、羽を使ったリコリスの移動スピードは音速を超える。ステラの横を一瞬で通り抜け、前に躍り出る。


 次の瞬間には、リコリスの体に、数多の魔弾が殺到し、大量の矢が降り注ぐ。ステラに向けられた攻撃を一身に浴びるはめになったリコリスは、短くため息をはいた。一発の魔弾がリコリスの腹に触れる。それは肉体に触れた瞬間に起爆する、極めて殺傷能力の高い【炎】属性の魔弾だったが――果たしてそれが爆ぜることはなかった。


「はあ、はあギリギリでしたが――この攻撃は『見切り』ました」


 リコリスの『見切り』が発動したのだ。瞬間、世界の全てが静止する。128発の魔弾、59本の矢、犬型魔物が4体、槍の突撃が4つ、剣の斬撃が5つ、ついでに上空から【血反吐スペシャル】。それらすべてがピタリと止まる。さてリコリスはこれからこれらの攻撃を全て捌かなければならないわけだが、その前に。リコリスは振りかえって、ステラを見た。


 片目をつぶったにっこり笑顔、ステラはそんな表情で静止していた。


(頑張ってね!)


 そんな声が聞こえてきそうな、いかにも人を食った笑顔だった。リコリスはため息を吐く。


「はあ……まったくしたたかな娘ですネ。敵であるわらわを利用するなんて。しかし、まあいいでしょう。ステラへの友情とバアルさまへの忠誠、相反する感情を同時に示す良い機会だと考えましょう」


 そして振りかえる。魔弾、矢、犬、槍、剣、それに【血反吐スペシャル】……空間を埋めつくさんと迫る、数多の攻撃。それらと正対したリコリスは、「さて。どうしましょうか」と首を傾げる。


 リコリスの『見切り』は強力無比な技だが、制限無しに使えるわけではない。


 まず発動させるにはまず、『攻撃を自分の体で受ける』必要がある。さらに攻撃を受けてから刹那せつな(75分の1秒)の合間に『見切り』の発動を宣言しなくてはならない(口に出す必要はなく意識するだけで良い)。『見切り』発動に成功した場合、時間は止まり絶対的な反撃のチャンスが訪れるわけだが、失敗した場合、時は止まらず攻撃のダメージは術者に直撃する。


 また発動してからの行動にも制限がある『時間停止の持続時間は受けた攻撃の攻撃力に比例する』――つまり受けた攻撃が強ければ強いほど長く時間を停止できる(攻撃者と精神的な波長が合った場合のみ『おしゃべりタイム』に突入する)。


 さらに時間停止中に行える行動は『受けた攻撃に対する防御行動、または攻撃を放った相手に対する反撃のみ(ただしその反撃に他の敵を巻きこむことは可能)』。


 さらにさらに見切りの連続発動はできない。再使用には一定のインターバルが必要だ。


 これだけの制限がある。リコリスの『見切り』は相手なしには成立しない、「返し技カウンター系」に分類される、ハイリスクハイリターンの超高難度の技なのだ。しかし使いこなせばこれほど強力な技はない。


 さて、今回の『見切り』は、『一発の魔弾を腹に受け、見切りを宣言した』ことによって発動した。魔弾の攻撃力は『強め、しかし一発で即死するほどでもない』から、止められる時間は『3秒程度』。ステラの顔を見て時間を消費してしまったから、あと2秒で解除されてしまうわけだ。そろそろ反撃しなければ、時間停止が解除された途端に、魔弾と矢が殺到しリコリスはハチの巣にされてしまう。見切りの連続使用はできないからこの時間停止だけで殺到するすべての攻撃を捌かねばならない。


「ンー……」


 とりあえずリコリスは一歩下がって、腹に当たっていた魔弾を指でぱちんと弾いた。さらに腕を伸ばし、うようよと空間に漂う魔弾から3つほど選んで、ぱちんぱちんぱちんと弾いていく。


 リコリスの爪には魔法攻撃を反射する塗料――【リフレクトネイル】が塗ってある。バター男爵と言う魔物のつくったバターを原料にしたおぞましきマニキュアなのだが、これを使えば任意の方向へ魔法を弾くことができる。


「ンー……マ、たぶんこれで大丈夫だと思いますが」


 時間停止――解除。


 瞬間、リコリスが弾いた4つの魔弾がボンッ! と爆発した。一瞬にして直径1メートルのほどの爆発が起き殺到する魔弾や矢を飲みこんでいく。爆発に巻き込まれた魔弾が次々に誘爆し、ボンッ! ボンッ!と新たな爆発が起こった。爆発が爆発を呼ぶ――魔弾の爆発は瞬く間に連鎖し部屋中に広がっていく。犬型の魔物4体が爆炎に飲み込まれた。槍の使い手も剣の使い手も、ついでに【血反吐スペシャル】の使い手も皆、炎の中に消えて行くのが見えた。リコリスの視界は爆炎で染まっていた。頬に爆風が吹きつけてくる。熱風になびいた髪の先がちりちりと音を立て焦げた。


 灼熱地獄と化した部屋の奥から聞こえてくる阿鼻叫喚――それは爆発に巻き込まれ、にもかからず死ぬことができなかったリコリスの部下が上げたものだ。「いっそのこと殺してくれ」苦しみのあまり叫ぶ声も聞こえてきた。


「あっけない……ものですネ」


  リコリスはつぶやく。 結果的に、128発の魔弾も59本の矢も犬型魔物も槍の突撃も剣の斬撃も、ついでに上空から【血反吐スペシャル】も、リコリスに傷ひとつつけることはできなかった。『見切り』発動下でリコリスがやったことは4発の魔弾を指で弾いただけ。攻撃の規模から見ればほんのわずかな変化を与えたにすぎないが、その小さな変化が連鎖した結果、部屋中を巻き込む【絶(アブソリュート)】級魔術に匹敵する威力の爆発を引き起こしたのだった。


 殺到する魔弾の一発一発の種類・軌道・規模をすべて見きわめ、どの魔弾を弾けば爆発を連鎖させることができるか――という超精密な演算を一瞬で行う頭脳とそれを正確に実行する技術。それらを同時に持ち合わせていなければこんなことはできない。


 リコリスは自分が戦士としての最高到達点にいると確信する。


 ただ。部下に対する仕打ちとしては、これは。


「ちょっと……やりすぎましたカ」


 バアルからあずかった部下を自らの手で倒してしまった。こんなのシャレではすまない。


「うん、やりすぎだよ……リコリスちゃんが育てた部下だったんでしょ……殺すことなかったんじゃない? かわいそう……」


 うつむきながら眉間を指で揉んでいると、背後からステラが声をかけてきた。リコリスは苦笑する。まったく誰のためにやったと思っている、礼のひとつくらい言えないのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る