04-52 傲慢のバアルの泥酔戦況解説
*
「ほらぁ!!! ダメだったじゃないですか!! リコリス裏切ってるじゃないですか」
侵入者2人の進撃は留まるところをしらない。
「リコリスは裏切ったわけじゃない、侵入者に利用されただけさ。『殺すな』という僕の命令に忠実であろうとしたがために、仲間や部下を殺さなければならなくなったリコリスの心境を想うと胸が痛む。これはダンジョンが生んだ悲劇だよ」
「悲劇? 喜劇の間違いでしょ!!」
ヴォイスゴーストがそういうとバアルはアハハ! ほがらかに笑った。
「上手い! たしかに喜劇だ!」
そしてグラスの酒をちびりと一口。
「君の言う通りだ! ダンジョンという存在、それ自体が喜劇なんだ! 僕たちはみんな客を笑わすために、面白おかしく立ち回っているピエロなのさ……! そういう意味ではリコリスはいいピエロだと思わないか。よく踊る!」
「何言ってるんですか。リコリスをピエロに仕立てたのはバアル様でしょう? こうなったのも全部あなたが捕獲計画も立てずに『殺すな』なんて命令を下したからじゃないですか。あの新入りたちを捕らえることに何か意味があるのですか。さっさと殺してしまえばいいでしょう!! ダンジョンの仲間たちがこんなにやられて……バアル様は口惜しくないんですか!!」
「くやしいです! アハハハ!」
「笑いごとではありません! バアル様がちゃんとやりさえすれば、彼らは犠牲にならずにすんだかもしれないのですよ!?」
「ゲェーップ」
バアルはゲップで返事をした。答える気はない……というか答えられない!?
「ところで、だいぶ酔っていらっしゃいますよね?」
「答えはイエスだ、ゲップ」
バアルはあまりに酔っ払いなため、テンションは妙に高いし語尾がゲップになってしまっている。切れ長の目はとろんと落ちて今にも眠ってしまいそうで、平常時のクールで知的なイケメンのイメージはすでに崩壊している。
「眠い。どうやら夜が来たようだ。僕は、朝まで寝るよゲップ」
「まだ日が昇ったばかりですよ! 寝ている場合じゃありません! 侵入者が迫っているんですよ!」
「睡眠は大切だ。健康の維持のためにね。今寝ないで僕の健康が損なわれたら君はどう責任をとるのかね?」
「殺されたら健康もくそもないでしょう!? ちゃんと仕事しろ!」
「大丈夫」
バアルは力強い口調で断言した。
「大丈夫だよ。彼らはここへは来れない。絶対にね。根拠はないけど。というわけで、おやすみ」
「おやすみなさい……って根拠ないんかいバカ!」
あっという間に横になったバアルの寝顔にヴォイスゴーストは思わずバカと言ってしまった。
バアルがこんなに頼りにならないとは思わなかった。それともこれは余裕の表れなのか? そうだと信じたい。だけどどれだけ脳内をプラス思考で満たしてもバアルのことを信じられない自分がいる。
「ああ、どうしよう」
侵入者たちとリコリスは、ヴァージニアの部屋にまで到達しようとしている。今のヴァージニアには戦闘能力は期待できない。もしヴァージニアの転移結界が破られれば、『イエカエル』でのダンジョンの帰還が可能になるし、
「とりあえずチェックしとこうか……」
ヴォイスゴーストは水晶玉を覗きこんで、96階層の状況を確認する。侵入者たちがヴァージニアのいる『99転移魔法陣の部屋』に到達するには、あと3部屋を通過しなくてはならない。『69お仕置き部屋』、『79仮眠室』、『89お楽しみルーム』。しかしそれらの部屋に配置されていたはずの魔物たちは、侵入者とリコリスの手によって、ほとんど倒されてしまっている。残っている魔物は、リコリスを除いてハイエルフが……2体。
「2体!?」
それだけだ。何度確認しても2体しか残っていない。しかもそのうち1体のハイエルフは生まれつき魔力を持たないメスの個体で、戦力としては数えられない。リコリスを除けば実質的な残存戦力はオスのハイエルフ1体のみ、ということになる。
あらら。これはどうにかなってしまうかも。
「頼みの綱はリコリスだけ……」
結局、リコリスに頼らざるを得ない……しかし彼女が本当に裏切っていたとしたら、ハイエルフ1体では侵入者はともかくリコリスを止めることはできない。彼女を止められる魔物がいるとしたらおそらく『ドド』、『ヘクトリッテ』、『シンロン』、『ミミルミル』といった古参の幹部たちだけだろう。
「信じているからね……リコリス」
ヴォイスゴーストには実体がない。出来ることは限られている。今自分にできることは祈ることと傍観すること、それだけしかない。ヴォイスゴーストはそれが歯がゆかった。
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