04-48 修羅の駆け引き その②
*
3、2、1……。
カウントダウン。部屋に残っている敵は2体。もともとこの部屋にいた魔物は35体だから、つまり33体の敵がこの部屋から脱出した、ということだ。
(くそ、2体残りやがった……)
ステラを倒した(と思わしき)黒羽の女とヘルメスを拘束しているミノタウロス(♀)の2体は部屋から出なかった。そのことをヘルメスは苦々しく思った。
0。
ヘルメスの頭上で滞留していた光の球がふっと消える。そこから現れたものは大量の土砂ではない。瓶入りの回復薬だった。
「モウ(やっぱり演技だったのね)」
そう、自決するなんてのはヘルメスのハッタリだ。魔物たちをこの部屋から追い出すためのウソだ。2体残ってしまったのは痛手だが、まあ。成果は上々ってことにしておこう。
なぜなら、逃げた33体の魔物は一網打尽にできるからだ。
ヘルメスはすかさず「“承認”」と唱えた。ミノタウロス(♀)の目の前に新たに光の球が出現する。つうっと宙を滑って行き、黒い羽根の女の頭の上を通りすぎた。黒羽の女が「はっ」とした表情で振り返ったが、その時には光の球は壁をすり抜けていた。直後、隣部屋からズウゥンと重低音が轟いた。炸裂した50,000ポイント分の土砂。それに押しつぶされた隣部屋の魔物たちの断末魔。
ヘルメスは彼とステラを窮地に追い込んだ魔物たちを一網打尽にした。問答無用、情け無用、残虐非道。ありとあらゆる罵詈雑言がヘルメスの脳裏で反響した。今回ばかりはそれらの悪辣が浴びせられて当然の振る舞いだった。全く男らしくないやり方で大量の敵を倒したわけだが、今回は吐き気は起こらなかった。
「して、やられたというわけですネ」
黒羽の美女が怒りで肩を震わせている。いや、怒っているのは彼女だけではない。
「モウ(あなたはみんなを騙して殺したのよ! 私の大事なあの人もみんな……!)」
「……」
今のヘルメスには「ごめん」すら言う資格はない。沈黙した瞬間、ヘルメスの体が勢いよく持ち上げられた。天井くらいの高さからステラの姿を見下すことができる。ステラはまだ目を覚ましていない。横たわったまま「すう、すう」と幽かな寝息をたてている。
「モウ(あなたをこの子の上に叩きつけて、2人まとめて殺してやる!!)」
そして「助けてくれ」と言う資格もない。むしろお似合いの最期かもしれなかった。生きるためとはいえ、ヘルメスもステラも、殺し過ぎた。
だからといって――。ヘルメスの脳裏に浮かんだのは、ステラ、ジンリン、メイ、ラビリス、マッド、クー、ヘビ男……といった仲間たちの顔だった。おれが死ねば同時に彼らの命も失われる。おれが死ねば、おれのために死んだジンリンが報われない。
今のヘルメスには「ごめん」も「助けて」も言う資格はない。しかし、だからといって諦めることもできないのだ。ヘルメスは殺し過ぎた。だが、ヘルメスが背負っているものはそれ以上に重い。
おれは、死ぬわけにはいかない。
ヘルメスは目をつぶった。どうすれば助かるのか。どうやってミノタウロスの拘束から脱出すればいいのか。考える。思いつかない。ミノタウロスの膂力はヘルメスが暴れたところでビクともしないのだ。
「って、うわ!」
考えているうちに、ヘルメスは天上スレスレの高さにまで持ち上げられた。
ヘルメスの体重を片腕で軽々と持ち上げる怪力と、高さ5メートルの高低差を掛け合わして、ステラの上に叩きつける――という
どうすればいい。
このまま叩きつけられたとしてもヘルメスは〈
どうしたらいいんだよ。
ヘルメスの身体能力ではミノタウロスの腕力を振りきることはできない。ヘルメスには魔術も使えない。そうだ、爆弾なんかのアイテムを作成すれば――これはいいアイデアだったが、残念ながら手遅れだ。アイテムの作成には3秒ほどの時間を必要とするが、ミノタウロスがヘルメスを床に叩きつけるまで1秒もかからない。
おい、どうしたらいいんだよ、ステラ!
と、その時だった。
『たぶん、なにもしなくても大丈夫ですよ。マスター』
え。ヘルメスの頭の中で、女の声が響いた。ていうかステラの声だ。意識が戻ったのかステラ、と尋ねる間もなく、
「モウぉおぉぉ!」
ミノタウロスの咆哮が部屋全体を震わせた。瞬間、ヘルメスの体に凄まじい縦Gが襲いかかった。ミノタウロスがその腕を振り下ろしたのだった。
*
ミノタウロス(♀)はかつてないほどに怒った。想いを寄せていたハイエルフの男が敵に殺されたのだ。もう自分の恋は実らない。そう思った途端に悲しくなって、その一瞬後に凄まじい怒りが込み上げてきた。そう、ミノタウロス(♀)は失恋をしたのだ。 大切なものを失うということは悲しいことだ。そして自分の夢を諦めるということは腹立たしいことだ。ミノタウロス(♀)は想い人を失い、そして彼と結ばれるという夢を諦めることになった。その事実は、彼女を大いに悲しませ、そしてまた大いに怒らせた。
ミノタウロス(♀)はパワー型の魔物である。身長は4メートルに達し、体重は3トンを超える。丸太のような腕をもち、その膂力たるや人型の魔物の中ではトップクラスを誇る。そんな彼女が想い人を殺された悲しみと怒りを現実に表現する手段は当然――暴力である。
格闘術でも魔術でもない、原始的で単純で力任せなただの暴力であった。
殺すべき敵――アフロの襟首はすでにがっちり掴んでいる。憎き敵の生殺与奪の権利はすでにこの手で握っているのだ。あとは、これ(敵)を思いっきりふりかぶってぇ、床の――床に横たわる女の子の上――に叩きつけるだけッ! それで全滅! 実に簡単な暴力!
「モォおおおおぉぉ!」
ミノタウロス(♀)は振りかぶる。「うわ」っという敵のまぬけな声が聞こえた。リコリスに半殺しにされた女の子を必死で介抱していた敵の少年――彼の最後の言葉だ。
「オオオオオオオ!」
ミノタウロスはアフロの少年のことが嫌いではなかった。自分の気持ちに正直に行動できる彼が羨ましかった。どうして私は素直になれなかったんだろう。彼のようにまっすぐに自分の想いを伝えられていれば――あの人は振り向いてくれたのだろうか。それを確かめることはできない。二度と。永遠に。彼は死んだ。この少年に殺されたのだ。絶対に許せない。
「モオォォォォ!」
ミノタウロスは腕を振りおろした。自分の腕が引きちぎれても構わない――それだけの思いと力をこめて――。2人の敵。男の子と女の子。2人仲良く、ぐっちゃぐっちゃに潰れて、ごっちゃっごっちゃに混ざり合って、ひき肉になれ! キャハハハハハ! ミノタウロス(♀)の狂気が最高潮に達した、その時。
「――言ったはずですヨ。わらわの友達を傷つけたら許さないって」
ミノタウロスの聴覚に聞き覚えのある女の声が割り込んできた。
あれ?
同時に少女の上に叩きつけたはずの腕が、その30センチ上でピタリと停止する。どれだけ力をこめても動かない。動くことができない。こんなのまるでミノタウロスの周りの空気が固まってしまったかのよう。あるいは世界そのものが停止したかのようだ。
あれ? どうして? なんで動かないの? なんで殺させてくれないの?
「動けませんヨ。あなたの動きは『見切り』ました」
ミノタウロスの視界に黒い羽を大きく広げたリコリスの姿が映り――やがて真っ白にスパークした。
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