04-47 修羅の駆け引き その①



「ダメです。あのアフロにはダメージが通りません。それにバカすぎて脅しても何の効果もありません」


 ハイエルフの情けない報告に、リコリスは苦笑した。


「驚かされますネ。いろんな意味で」


 今回の侵入者たちは、なかなか面白い。きれいな女の子とアフロの男の子。女の子はリコリスと『おしゃべり』ができたし、男の子の方はあらゆる攻撃を無効化できる上にバカなのだそうだ。


「ああいうタイプは久しぶりに見たような気がします。私たちのダンジョンではあんまり見ませんネ。ああいうバカは」


  言っているうちに、褒めているのかけなしているのか自分でもわからなってしまった。それがおかしくてリコリスはつい「ほほほ」と笑った。


「こちらまでバカにされているようで腹が立ちます。もっと痛めつけてやらなくてはなりませんね」


 暴力に屈しない人間がいる……ということにハイエルフは誇りを傷つけられたようだ。ムキになったハイエルフが次の魔弾を放つべく、ありったけの掌に魔力をさせ始めた。おそらく殺傷目的の高威力の魔弾を放とうとしているのだろう。それは困る。リコリスはハイエルフを制した。


「威力を高めたところでどうせ効きませんヨ。無駄なことはおやめなさい」


「しかし! このままでは我々の誇りが! どうか撃たせてください」


「あなたの誇りなどどうでもいいのです。男の子はともかく、女の子にあたったらどうするんですか。あの子はわらわの友達になる子です……傷つけたら許しませんヨ」


 リコリスがすごむと、ハイエルフは慌てて掌をすっこめた。もっともステラをボロボロにしたのはリコリス自身なので、おまえが言うな、という感じではあった。こんな理不尽をまかり通すことができるのは、実力至上主義のガレキの城にあって、リコリスの実力・功績がズバ抜けているからだった。ハイエルフはうなだれて、


「出過ぎたまねをして申し訳ありませんでした。しかし、威圧が通じないとなると……」


「彼が自分から投降しないなら、力ずくで無理やり捕らえてしまえばいいのです。わらわが見た限り、彼には武術や魔術の心得はありません。攻撃を無効化することはできても、暴力に抵抗することはできないはずですヨ」


 ハイエルフは「はっ」とかしずくと、すぐさまミノタウロス(♀)に指示を出した。


「おい貴様、ヤツを後ろから拘束しろ」


「モゥ!(ちょっと! 偉そうに指図してんじゃないわよ! で、でも、今回は特別にやってあげてもいいわよ……。か、勘違いしないでよね! べつにあんたのお願いだからやるわけじゃないんだから! 今回だけ、特別なんだからね!)」


 ミノタウロス(♀)はそう返事をすると、ノシノシとヘルメスの方へ歩いて行く。このミノタウロス(♀)はハイエルフに好意を抱いているのに素直になれないツンデレな乙女だったわけだが、残念ながらハイエルフにはミノタウロス(♀)の言葉は「モウ」としか聞こえていなかったし、そもそもミノタウロス(♀)のことを乙女どころか人間とすら思っていなかった。それどころか、内心で(ふ……従順な獣ほど扱いやすいものはないな)とか思っていた。


 異種族間の恋模様は悲しいすれ違いの様相を呈していた。


 ミノタウロス(♀)はアフロの少年の背後にまで肉薄した。少年は相変わらず懸命に介抱をつづけていた。


 回復アイテムをぶっかけ、傷口に薬をぬりこみガーゼと包帯で保護する。その作業を何度も何度も繰り返す。リコリスに吹き飛ばされ傷だらけになった少女の全身は血にまみれていたが、少年の膝の上で横たわり「すう、すう」と安らかな寝息を立てている。意識こそもどっていないが、この短時間で、ずいぶん回復したように見える。少年の治療が的確なのか、少女の治癒力が高いのか。いずれにせよ、少女の復活は時間の問題のように思われた。


「モウ。(すごいきっとこれが愛の力なのね)」


 ミノタウロス(♀)がすぐそこまで迫っても、アフロの少年は見向きもしない。もはや少年には少女以外のものが見えていないのだろう。拘束するのは簡単だ。しかし、


「モウ(邪魔をしちゃってもいいのかな)」


 アフロの少年の懸命さは鬼気迫るものがあった。ミノタウロス(♀)はすっかり少年の気迫に飲まれ、拘束することをためらってしまった。


「何をしている! 早くやらないか!」


 ハイエルフの叱咤が飛んだ。それで我に返ったミノタウロスは、


「モウ(わかってるわよ! いちいちうるさいんだから! もう!)」


 と返事をして、アフロの少年の襟首を背後から掴んで、力任せにぐいっと持ち上げた。


 ミノタウロス(♀)に持ち上げられたヘルメスの姿は、母猫に首裏をくわえられ運ばれる子猫を彷彿させる。


 アフロの少年は「離せよっ」と手足をジタバタさせるが、彼の筋力はミノタウロス(♀)の膂力の前では無力に等しい。彼がどれだけ暴れてもミノタウロス(♀)の丸太のような腕は揺らぎもしない。しかし、それでも少年は諦めずに無駄な抵抗を続けた。


 愛するものの命を救うために!


 彼の気持ちは痛いほどわかった。なぜならミノタウロス(♀)も恋をしているからだ。愛する者を失いたくない気持ちは痛いほどわかる。ミノタウロス(♀)は心苦しさに耐えきれず、呟いた。


「モウ(ごめんね。だけど命令だから)」


 それで少しは罪悪感が晴れるかと思ったが、そんなことはなかった。口に出したことで一掃罪悪感が深まるのだった。


「謝るくらいなら最初から従うなよ」


 少年はとミノタウロス(♀)の心境を見透かしたかのように糾弾した。ミノタウロス(♀)は驚いた。


「モウ(あなた私の言葉がわかるの)」


「わかるさ。そしてお前が命令に納得してないってこともな」


 図星をつかれドキンと心臓がはねた。


「おれはステラを救いたい。だから、頼むよ」


 どうしよう。ミノタウロス(♀)は、自分の心に生じた迷いに戸惑った。アフロの少年の気持ちが痛いほどわかる。だけど、この少年は、敵なのだ。多くの同胞の命を土砂で圧殺した、大量殺人鬼なのだ。野放しにすれば、もっと多くの仲間が死んでしまうかもしれない。そう自分に言い聞かせ、ミノタウロス(♀)は答えた。


「モウ(そんなの……できるわけないよ!)」


「そうか……残念だ……」


 2人は沈黙した。仕方なかったのだ。本心では彼を離してあげたかった。時分の気持ちに素直になれたら、やりたいことだけをやれたら、どれだけ素晴らしいか。だけど彼が敵である限り、ミノタウロス(♀)は彼の要望に応えることはできない。


「モウ(ごめんね)」


「いいんだ。無理言って悪かったな」


 するとアフロの少年は「すぅっ」と深く息を吸った。


「お前ら聞けェッ!」


 少年が絶叫する。部屋にいた魔物たちはどよめいた。


「現時刻を以って、おれたちは自決するッ。今から3秒後、大量の土砂でこの部屋を埋めつくす。……考える時間は与えない。きっちり3秒だ! 生き埋めになりたくなかったら今すぐこの部屋を出ていけッ! “承認”」  


アフロの少年の頭上――それはちょうどミノタウロス(♀)の目の高さ――に突如光の球が出現した。


 それを見た瞬間、魔物たちの間でどよめきが増した。当然だろう。3秒後にはあの光の球から凄まじい土砂が噴き出し、侵入者ごとこの部屋を埋めつくすと言うのだから。〈血反吐男爵〉のようなスキルを持っていない魔物は巻き込まれれば確実に死ぬ。


「3秒だッ!!」


 アフロの少年が叫ぶや、いよいよ魔物たちは混迷した。部屋のあちこちから悲鳴が上がった。 魔物たちがこの部屋を急襲したのは、このアフロの少年による土砂攻撃を警戒しての事だった。非常に高い殺傷能力を持つ土砂攻撃であるが、その攻撃範囲の広さと威力ゆえ、自分たちまで巻き込んでしまう。事実彼らは、土砂攻撃を自分たちのいる部屋では決して使わなかった。土砂攻撃を用いる際は、必ず光の球を操作し壁をすり抜けさせた上で、隣部屋で炸裂させていた。


 これらの情報を斟酌し彼らが弾きだした戦術は、侵入者が隣の部屋を土砂で埋め立てる前に侵入者のいる部屋に進入し、乱戦あるいは包囲戦に持ち込むというものだった。そうすれば侵入者は土砂による範囲攻撃は使えなくなるはずだ。


 事実この作戦は上手くいった。多数体少数の包囲戦に持ちこめた。唯一の問題は近接戦闘を得意とする少女型の魔物だったが、これはリコリスが瞬く間に戦闘不能にした。その時点で彼らの勝利は決定した。あとは、無力化した侵入者を牢獄まで運ぶ簡単なお仕事……。


 ……そのはずだった。 しかし、自決となれば話は別だ。侵入者が自分が巻き添えになるのも厭わないというのなら、


「土砂攻撃は使えない」


 という彼らの戦術の根本が崩れてしまうのだ。


「これ以上お前らの好きにはならないッ。おれたちは、お前らに殺されるくらいなら、死んでやるんだッ! 巻き添えくらいたいなら好きにしろッ! おれは逃げることを勧めるけどなッ!」


「モウ(そんな……)」


 ミノタウロス(♀)は意味がわからなかった。少年は少女を救うために頑張ってたんじゃないの。2人で生きて行きたいと思っていたんじゃないのそれなのに、なんで自決なんてするの。


「モウ(諦めてしまうの? 最後まであがこうとしないの?)」


 そんな風にヘルメスの事を思っていたのは彼女だけだった。  


 部屋にいた大半の魔物たちは、ヘルメスの事を『アフロ頭のいかれたバカ』だと思っていた。ヘルメスは何度投降を呼びかけてもそれに応じなかった。何発魔弾をくらっても投降しようとしなかった。バカには威嚇が通用しない。バカには常識は通用しない。バカは痛みを感じない。バカは何をしでかすかわからない。そう、バカは恐ろしい……!


 ――リコリスのような、戦闘能力の高さから生じるこわさとはまた違った意味でのこわさ。


 ヘルメスは魔物たちの威嚇に屈しなかったことで、彼らの潜在意識に『バカの怖さ』のイメージを植え付けることに成功していたのだ。そしてこのイメージは、ヘルメスの『自決宣言』によって顕在化した。バカの怖さのイメージと物理的なこわさのイメージとが彼らの頭のなかで有機的に結びついたのである。その結果、


「逃げろォーッ」


 ハイエルフの1体が叫んだ。同時に、部屋は蜘蛛の子を散らしたような恐慌状態に陥った。部屋にいた35体の魔物のほとんどが脱出口ドアに殺到する。3秒という猶予時間設定は彼ら全員が部屋から脱出するにはあまりに短い。そのことが彼らから冷静な判断力を奪った。命惜しさに我先に我先にとドアに詰めかけ、猶予時間が残り1秒となったときには部屋にいた魔物のほとんどが隣部屋へと脱出していた。


 その時点で部屋に残っていた魔物は2体だけだった。ミノタウロス(♀)と、そしてリコリスであった。 ミノタウロス(♀)は、想い人のハイエルフが部屋の外に逃げ出したのを見届けていた。しかし、彼女は逃げ出す気にはならなかった。アフロの少年が自決するとは思えなかったし、なにより自分が逃げ出してしまったら想い人のハイエルフが下した『侵入者を後ろから拘束せよ』という命令に背くことになってしまうからだ。それに例えアフロの少年が本気で自決するつもりだったとしても、あの人が無事ならそれでいい。私はあの人の命令に殉じることになるけれど、後悔はない。覚悟はできていた。


 一方リコリスが逃げずにいる理由は、もっと単純シンプルだ。リコリスにはヘルメスの攻撃を『見切る』自信があった。回避する自信があった。それだけである。部屋全体に及ぶ範囲攻撃……面白いですネ……!


 くらいに思っていた。

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