04-17 ガレキの城の内通者



 転移空間を抜け、目を開く。ファムの視界を覆っていた真っ白なスパークが晴れると、そこはガラクタでできた部屋だった。


 壁も床も天井も。部屋を構成する何もかもがガラクタの寄せ集め――赤白黄色緑。統一感皆無のモザイク然とした色彩が目にうるさい。


 ガレキの城、第97階層。主な用途はダンジョンモンスターたちの居住フロアである。またこのフロアには転移魔法陣が設置してあり、ファムやオネストなど異世界企業の者たちが客人として招かれるフロアでもある。


 ファムは眼鏡を外し眉間を指で揉んだ。住めば都というけれどこんな環境に住んでいる者達の気持が全く理解できない。


 はあ。とため息を吐き、眼鏡を再び装着する。すると部屋のどこかから、


「ようこそガレキの城へ、ファム・ヴァージ。それとも『おかえりなさい』と言った方がいいかしら」


 と、甲高い女声の皮肉がファムを迎えた。なれなれしく話しかけてくる声の主を睨みつけようと思ったが止めた。


 “|声の主≪ヴォイスゴースト≫”は、肉体を持たない魔物。睨みつけようにも、姿がないのでは睨みようがない。ファムは再度ため息を吐くと、


「『おかえりなさい』、はおかしいわ。私は魔物あっせん所の職員。このダンジョンに所属しているわけではない」


「名目上はそうね、ファム・ヴァージ。しかし事実あなたはガレキの城の仲間よ。だってあなたはそこらのダンジョンモンスターなんかよりもよっぽどガレキの城に貢献しているもの。魔物あっせん所職員の肩書に溢れんばかりの魔術の才能――なにより記憶改竄能力きおくかいざんのうりょく。あなたほど侵入任務に適した者はいない」


 ≪ヴォイスゴースト≫が並べ立てた御世辞は、ファムにとっては皮肉でしかなかった。おそらくわかってやっているのだろう。もし≪ヴォイスゴースト≫の姿が見えたら、ニヤニヤと下品に笑っているに違いない。


「私は好きでこんなことをやっているわけではないの。“”よ。娘を人質にとられてしまってはね。ねえ、もう挨拶はいいでしょ。早く用事を済ませたいの。バアルはどこ?」


「バアル様は指令室で作戦を立てておられるわ。ですから報告は私が聞くことになります。この部屋での会話は私を通してバアルさまに届きますから、問題ありません」


「ふん、どうせ部屋に閉じこもって酒を飲んでいるんでしょう。相変わらずダメな男……ヘルメス君に痛い目にあわされればいいのに」


「バアル様への侮辱は許しません。無駄口叩かず報告してください」  


「はいはい。 ヘルメス君のダンジョンにセタンタを1体届けたわ。ヘビ男たちの教育係にすると言っていたわ。それから『4人の人間たち』だけど全員健在よ。ヘルメス君と協力関係を結んだみたい。それにオネ……銀行員と管理局の職員がいた。あなた達、銀行を敵に回したの? うふふ、馬鹿な真似をしたものね。さすが傲慢のバアルというべきなのかしら」


 ファムが嘲笑を浮かべると、ヴォイスゴーストは即座に反駁した。


「銀行ごとき我々の敵ではありません。先日、銀行員の攻撃を受けましたが問題なく撃退しておりますわ」


「あらそう」


 ファムとオネストとは因縁浅からぬ仲だが、あの男が取り立て以外で本気を出すことはない。もしガレキの城の魔物と戦闘になったとしても適当にやられて華を持たせたうえで撤退したのだろう。


「まあいいわ。 最後にご報告。直接転移回線ホットラインの再構築には失敗したわ。管理局が転移回線のセキュリティーを強化したみたいね。転移魔法を弾かれたわ」


「そうですか」


「私、警戒されているわ。危なかったのよ。今回は『忘我の術』であそこのダンジョンの記憶を改竄かいざんして誤魔化したけれど、何度も使える手段ではない。ギリギリだった……これ以上あそこに侵入するのは私と言えど危険だわ」


「わかりました。バアルさまからの伝言をお伝えします。“危ない任務を達してくれてありがとうファム・ヴァージ。ご苦労さん、”とのことです」


「……危ないって言ったのに」


「ええ。もちろん止めてもらっても結構ですよ。ただ忘れないでくださいね……あなたの娘はバアル様に生殺与奪を握られている」


「バアルに伝えて。このひきょう者! って」


「“ありがとう褒め言葉だ”とのことです」


「死ね!」


「“生きる”とのことです。」


「いつか殺してやる!」


「“それができないから、いつまでも僕に利用され続けているんだろう。まったく可愛いやつだ”とのことです。フフ……すっかりバアル様に寵愛されて……妬けますわね。それではありがとうファム・ヴァージ」


「待って」


 ファムの足元が輝き始め、強烈な光がファムの身体を包む。ダンジョンに設置されていた強制転移トラップが発動したのだった。発動したが最後、回避する方法はなく10秒後には元の世界に強制的に転移されてしまう。ファムは歯噛みしながら、もっとも気になっていた質問を口にする。


「む、娘は――【】は無事なのよね!?」


「“【シャニ】……今はガレキの城の【ヴァージニア】だ。もちろん元気にしているよ”とのことです」


 そうか。無事ならよかった。ファムにとってはそれだけが救いだった。いつかバアルの手からシャニを救い出す……いつまでも利用されていると思ったら大間違いだ。


 バアルにほえ面をかかせてやる…… 


 10秒が経過した。ファムの体は転移魔方陣の光とともに消えた。







 ガレキの城の最上部にあたる第100階層に指令室はある。


 バアルはツギハギのソファーにもたれ、天井に設けられたステンドグラスから射し込む光を浴びながら、手にしたワインを一気に飲み干し、


「ゲェーップ」


 と品の無いゲップをした。それから真面目な口調で、


「さて。先ほどのファム・ヴァージの話を君はどう思うかね」


 と≪ヴォイスゴースト≫に意見を求めてきたのだった。バアルが他人に意見を求めるなんて、アナトが死んで以来初めてかもしれない。ヴォイスゴーストはかなり驚いたが、バアルに頼りにされていると思うと嬉しくもあり、少し考えてから慎重に応答した。


「そうですね。新入りが徐々に力を付けつつあると言うことでしたが、私も同感です。 ダンジョン解放からまだ1日程しか経っていないのに、バター男爵の部隊を壊滅させ、ドッペルデビル・グリフォノイドロードの奇襲をしのぎ、人間たちと協力関係を結んだとあれば脅威です。もしかするとすでにわれわれを攻略する糸口を見出しつつあるのかもしれません……」


「うん」


 そう相槌を打つとバアルは「“承認”」と呟き、空になったグラスにワインを補充はじめた。あまり口を挟まないのはヴォイスゴーストの話に聞き入っているから……だろうか。あるいはBGM代わりに聞き流しているからだろうか。それはわからないが、バアルが自分の話を聞いてくれていることがうれしく、ヴォイスゴーストは話を続けた。


「加えて地獄の一丁目銀行から多額の援助も受けている――となればもう無視はできません。わが戦力を一点に集中し脅威の芽は早急に摘むべきです。ダンジョンが未熟な今なら物量で押し切れるはずです」


 自分の意見を最後まで喋りきったヴォイスゴーストが、ほっと胸を撫で下ろしたのも一瞬、


「50点」


 とバアルの冷ややかな評価が張り付けられた。50点……、合格点とはいえない微妙な点数。バアルの期待に応えられず落胆するヴォイスゴーストに、バアルは指摘する。  


「ファムの報告を踏まえた新入り攻略作戦としてはまずまず。だけどファムの報告に引っ張られ過ぎだよ。君の情報量ならもっと多角的な見地を踏まえた作戦立案ができなきゃダメさ」


「といいますと?」


「ん? もしかしてちょっと怒ってる? うーん、いいね。この僕相手に突っかかって来れるその負けん気、悪くない。 さてと。話が逸れたが、君の作戦には穴がある。たしかに君の言う通り、巨大戦力を投入すれば新入りのダンジョンは壊滅出来るだろう。だけど、戦力を一点に集中すれば、必然的に他の部分の守りは薄くなっちゃうよね。その配慮がなかったのが残念だ。僕のダンジョンは四方を他の国々に囲まれている。多方向から押し寄せる侵入者に対応するには、戦力を散開的に配置する必要があるんだ。戦力を一点集中させるって意見は現実的じゃない」


「では少数精鋭での攻略ですか?」


「それはもう失敗しているじゃないか。直接転移回線ホットラインからのドッペルデビル・グリフォノイドロード投入。必殺の仕掛けを打ったってのに結果は失敗。大量のポイントを新入りに与えることになってしまった。そんな失敗はもうこりごりだね」


「ふ、む……物量戦もダメ、電撃戦もダメ、となると、バアル様は新入りをどうなさるおつもりなのです? 時間が経てば経つほど、新入りは力をつけていくのですよ?」


「ふ、ふ。甘いな君は。考えてみれば新入りのダンジョンを攻略するなんて簡単なことだよ。『何もしない』。これが正解だ」


「は、はあーっ????」


「いいね、その驚き。ナイス驚きだ。まあ見ていな。新入りのダンジョンは『何もしない』で攻略できるはずだから」


 そう言うとバアルはニヤリと笑い、グラスのワインに口をつけた。


「それより新入りのダンジョンに銀行と管理局の奴らがいたっていう情報が気になるね……やつらがバックについたとなると厄介なことになるかもね……」


「懸念されるのは絡み……ですか?」


「お、やるね。その通り。実はそれが一番怖いのさ。念のためヴァージニアに連絡を」


「かしこまりました」


「うん」


 バアルは満足げにうなずくと、グラスのワインを一気に飲み干した。


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