04-16 セタンタ その③




 ヘルメスが気絶しているうちにセタンタは驚くほどステラと打ち解けていた。なにがあったかは知らないがとにかくセタンタはステラの前でモジモジと恥ずかしそうにして大人しい。ステラはセタンタのことが気に入ったようで、とても楽しそうにしていた。


「あ! マスターが起きたよ! このひとは私たちのマスター。出来るだけ言うことを聞いてね。嫌だったら拒否してもいいけど」


「わかった……でもボクこいつの言うこと聞ける自信ないよ」


「ええ!?  適度に言うことを聞かないと、怒っちゃうよ?」


「そっか……。わかったよお姉ちゃん。お姉ちゃんがマスターだったらよかったのに……そしたらボク、どんな命令だって従ってみせるのに」


「ん、ありがと……でもこ私たちのマスターはマスターなんだから……言うこと聞かないとだめだよ?」


「うん」


 本性は全く可愛げのない皮肉屋のくせに。ステラの前では可愛い弟のように振舞っている。まるで別人のよう。誇り高いセタンタをここまで手懐けたステラがすごいのかもしれないが……


「今どういう状況?」


「おはようございますマスター。今、この子にダンジョンのこと教えてあげているところです。この子の名前決まりましたか?」


「まだ決めてないけど……コイツみたいなクソガキにはクソみたいな名前がお似合いな気がするよ……、よしお前の名前は」


「まて!」


 名前を口にしようとした瞬間、セタンタが口を挟んできた。 ヘルメスの前ではかわいらしい振る舞いはすっかり消え去り生意気な口調に戻っている。


「嫌な予感がする。お前、このボクに変な名前を付けようとしてるんだろ」


「だったらどうする?」


「お断りだよ!  気絶させられた恨みを変な名前をつけて晴らそうなんて、人として最低だと思わない?」


「まあそうだな」


「だったら、ボクにちゃんとした名前を付けてよ」


「わかった」


「ホントに?」


 ヘルメスは「ああ」と応え、そして目を閉じ眉間を揉みながら考えた。


 そういえばダンジョン目録に書いてあったな。セタンタってアルスター神話とかいう神話体系に登場するクーフーリンとかいう英雄の幼名だとか。それが魔物の種名の由来なんだとか。


 ヘルメスは考え、そして。


「――決めたよ」


 セタンタがじっとこちらを見ている。ステラはにこにこ笑っている。セタンタは平静を装っているが表情に若干の緊張が見える。


 おれはこいつにいい名前をつけてあげなくてはならない、とヘルメスは思う。誰だって変な名前を付けられるのは嫌だ。おれだって嫌だ。ぶひぇ。そんな変な名前を背負って生きるのはおれだけでたくさんだ。変な名前の連鎖は断ち切らなくてはならない。


 そうだ。おれは名付ける。


 この憎たらしい少年の外見をした魔物が、ヘルメスのダンジョンの一員として暮らしていける。だれにもバカにされず、立派で、誇り高い。そんな名前を。


「お前の名前は――」


 ヘルメスは大きく息を吸った。そして、ゆっくりと吐き出して心を落ち着かせた。それから噛まないように気を付けながら、ゆっくりと魔物の名をよんだ。


「――“クー”だ」


「クー……」


「『魔物が名前の受入を確認しました。セタンタの名前を“クー”で登録しました』」


「ああよかった。受け入れてくれて。よろしくな“クー”。」


「いい名前でよかったね、“クー”。ようこそ私たちのダンジョンへ」


「なんかペットみたいな名前の気もしてきたけどまあいいや。ボクの先祖のクーフーリン様からとってくれたんだろ?」


「そうさ。ちょっと安直かなとも思ったけど」


 するとセタンタはすっと背筋を伸ばし、ヘルメスとステラに向き合った。


「……いいだろう。たった今からボクはこのダンジョンの魔物クーだ。ボクの力、その全てをお前のダンジョンとお姉ちゃんのために使ってあげるよ。ボクは戦士としてはまだまだ半人前だけど……それでも100人分の働きはしてみせるよ。よろしくね」


 そしてクーはヘルメスに向かってペコリと頭を下げた。へえ、ちゃんと挨拶ができるやつなんだ。


「ああ。改めてよろしくなクー! かわいい名前でごめんな」


「かわいいって言うな!」


「うんうん。よろしくね、クー……ちゃん!」


 ステラが言うとクーはとたんに顔を赤らめた。


「ちゃん付けしないでよ……!」


 なんか上手くやっていけそうだな。そんな気がしたヘルメスだった。が、しかし。


「なにかを……忘れているような……?」


 違和感があった。とても大事な用事があったような気がするのだが思い出せない。頭の中に霧がかかったような違和感。なんだこの感覚。必死に考えても違和感の正体はわからず、ヘルメスは顔をしかめた。


「どうしましたマスター? 難しい顔をして」


 ステラがヘルメスの顔を覗きこんできた。


「いや、なんか忘れてるような気がするんだけど。気のせいかも」


「ふーん。あ、そうだ! 私、クーちゃんにダンジョン案内してきますね」


「え……お姉ちゃんとふたりで?? それってデート……! ホント!?」


 ステラが提案をした途端、クーが顔を赤らめてはしゃいだ。しかし、ステラは間髪入れずにじろりと鋭利な視線をクーに浴びせ、クーはびくりと肩を震わせた。


「デートじゃないよ仕事だよ! クーちゃんにはまず第1階層の地形を覚えてもらって、それからヘビ男たちの顔と名前を覚えてもらいます!」


「ヘビ男?」


「クーちゃんにはこのダンジョンのボスになってもらうからね。ヘビ男が一人前の兵士になれるように鍛えてあげてね」


「うげえ、なんか大変そう」


 クーの顔が途端に曇った。あんまり協調性なさそうだからなあ。こいつにリーダーが勤まるのかとヘルメスは心配になった。


「これくらいのことできないでどうするの!  さあ、いくよクーちゃん! このダンジョンの行く末は私たちの肩にかかっている!」


「ひいい」


「返事は『はい!』 でしょ!」


「は、はーい……」


 なんだかんだで上下関係に厳しいステラだった。あまりの上から目線に生意気なクーもステラの前ではたじたじだった。ヘルメスとしては和気あいあいとしたダンジョンが理想なのだが……。


「やれやれ」


 部屋を出て行くステラとクーの後ろ姿を眺めながら、ヘルメスが肩をすくめた。その瞬間、頭の中にノイズが走ったような違和感を覚えた。







(ん……?)



「無事セタンタを仲間にできたようですね。おめでとうございます、ヘルメス様」


 振り返ると、メガネにスーツの美人秘書然とした魔術師。魔物あっせん所職員ファム・ヴァージがうっすらと微笑んでヘルメスを見つめていた。


(あ、れ……?)


 先ほど感じた感覚――何か大事なことを忘れているような違和感がヘルメスの脳内で反響する。ファム……おれ、この人になにか用事があったような……?


 しかし、何の用事があったのかを思い出すことはできない。気のせいなのか? すっきりしない頭でヘルメスは、


「いえ、今回はステラのおかげでした」


 と当たり障りのない返答をした。するとファムはにこりと柔らかな笑みを浮かべ、


「フフ……ずいぶんと謙虚でいらっしゃる。ステラさんもあなたのしもべでしょうに。しもべの功績はヘルメス様、あなたの功績ですよ。ヘルメス様はもう少し自信を持たれた方がいいかもしれませんわ」


「自信、ですか」


「そう。ヘルメス様はダンジョンマスターなのですから、もっと『我がまま』に振る舞ってもよろしいと思うのです」


「はあ……。しかし、おれはそんなに立派じゃないですよ。自分の名前を噛んでしまう、情けない男です」


 となんとなく応じた頭が“我がまま”を“傲慢”の2文字に変換する。途端、ジンリンを殺した男の顔が脳裏に浮かびヘルメスは顔をしかめた。しかしファムはヘルメスの表情など意に介さずに話を続ける。


「フフ。その謙虚さがヘルメス様の長所でもありますけどね。ともあれ、セタンタの名付け成功おめでとうございます。あのじゃじゃ馬を『忘我の術』無しで仲間にするなんて大したものですわ」


 『忘我の術』とは魔物の記憶を消去する――記憶操作系の魔術の1つ。魔物の記憶を消すことで自己を喪失させ、ダンジョンマスターの『名付け』の成功率を大幅に上げることができる。そういう意味では便利な魔術かもしれないが、ヘルメスはこの術が好きではない。あるべき魂の形を歪め、自分の都合のよいように作り変える『忘我の術』はあまり好きではなかった。


「ありがとうございます。たしかに、クーのようなことにならなくてよかった」


 無理やりに形を歪めるのではなく、ありのままの形を認め合っていく。それこそがヘルメスが思い描く理想のダンジョンなのだ。


「フフ……。こちらこそご利用ありがとうございました。そろそろ失礼します。魔物のあっせんが必要ならまたご連絡くださいね……ところでヘルメス様、『私の名刺』はまだお持ちですか?」


「ええもちろん。ほら」


 ヘルメスはポケットから名刺のケースを取り出し、ファムの名刺を見せた。


「あらこの名刺。血がついていますね」


「これおれの血です。もらった時名刺が頭に突きささっちゃって」


「でしたらきれいな名刺と交換しますわ。はいどうぞ」


 ヘルメスは新しい名刺を受け取り、血の付いた名刺をファムに返した。


「すいません、ファムさん」


「いえいえ。ちなみに……この名刺には私の特別な魔法が掛けてありますの」


「へえ……どんな魔法ですか?」


 ファムは立てた人差し指を唇に当て、いたずらな微笑みを浮かべた。


「秘密です」


「呪いとかじゃないでしょうね!?」


 ファムの可愛らしい仕草に、そこはかとない恐怖を感じたヘルメスだった。


「ひどいですわ……呪いなんて。幸運を呼び寄せるです」


「すいません、ちょっと最近嫌なことがあって疑り深くなっちゃってたみたいで……呪いじゃなかったらいいんです……」


「大事にしてくださいね?」


「はい、もちろんです」


 ジンリンがいたらこの名刺にかけられた魔法の正体を見破ってくれたのだろうが……いやそもそもなんで呪いなんて言ってしまったのか。さっきから何かがおかしい。違和感の正体がつかめずヘルメスが悶々としていると、ファムが腕時計を見ながら言った。


「それではご利用ありがとうございました。またよろしくお願いしますね」


「はい。またよろしくお願いします」


「では失礼します。お元気で」


 転送魔法陣が輝きだしファムが光に包まれていく。クーの名づけは上手くいった。何もかもうまくいった。そのはずなのに大切な何かを忘れている。不吉な気持ち悪さを残したまま、ファムは帰っていった。


 


 

********


おわび


 今回名前が決まったクーというキャラですが、この子の名前でかなり迷走しました。


 この子もともと「xx」という名前でした。『どう読むんだよ!』という出オチの名前です。


 10年前の僕は感性がとがっていたので名前をどう読むのかを読者に委ねるスタイルは新しい!とか思ってました。10年経って読み返してみると尖った名前が恥ずかしくなりました。また変な名前をつけられたキャラがかわいそうだなとも思うようにもなりました。(主人公に変な名前をつけておいて何ですが)


 というわけでxxは「ゴウ」に変えました。でもゴウもなんかしっくりこなかったのでさらに思い直し最終的に「クー」に決定しました。


 一応見直して修正してはいるのですが、もしかしたら今後xxやゴウという名前が出てくるかもしれません。それクーのことです。出てきたら申し訳ありません。

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