04-15 セタンタ その②
*
ステラが目を開けると視界いっぱいに見知らぬ天井が広がっていた。と思ったが、気のせいだった。そこは紛れもなく指令室の天井であった。にも関わらずステラが知らない天井だと思ってしまったのは、あったはずのシャンデリアが無くなっていたからだった。
周りを見回してみれば、天井から落ちたシャンデリアがバラバラに砕け散って、床のそこここに散乱している。テーブルは粉々だし、水晶玉も真っ二つに割れてしまっているし、赤い絨毯はあちこちに破けているし。
なによりも。
ステラは全裸だった。ドレスもブーツもない裸身。身につけているものといえば頭に載せているティアラだけ。凄まじくマヌケな格好だなと思い、ステラは苦笑した。誰かに見られでもしたら、きっと誤解されてしまうだろう。
まああながち誤解でもないのだが。あの時、ステラの「ここに来た本当の目的はなにか? ガレキの城に行っていたのか? この傷はガレキの城の魔物がつけたものか?」という質問をオネストは『守秘義務がありやすから』の言葉ではぐらかした。それからオネストは言った。
『ガレキの城に勝ちたいですかい』
『はい、もちろんです』
とステラが応えるとオネストはにっこり笑った。
『じゃあ稽古をつけてあげやしょう』
と刀を抜いた。願ってもないことだ。ステラも刀を抜いた。
『お願いします』
と応えた。までは覚えているが、あとはよく覚えていない。とにかくレベル差がありすぎるオネスト相手にスキルも魔力も全開にして必死に身体を動かし、結果、指令室はメチャクチャに。ステラの服はボロボロになったのだった。
それはまあいいとして。
裸では落ちつかない。ステラは上体を起こすと胸元を両手で覆うと、服の代わりになりそうなものを探した。テーブルに掛けていた紫のテーブルクロス。あれを身体に巻けば、とりあえず何とかなるはず。
うん。何とかなった……のだろうか。
テーブルクロスを身体に巻いて手で押さえているだけ。ちょっとラフすぎる格好……痴女っぽいかも? いや私は清純派だ。などと自問自答しながら、ステラは床の上に転がっていた刀――『ニッカリ青江』を拾って、それから指令室を出た。
とりあえず。ヘルメスを探して、新しい服を作ってもらおう。今度はもっと耐久性の高い服を。そして、オネストと訓練の続きをするのだ。
マスターはどこにいる?
ステラにとってダンジョン内の捜索という作業は、作業ですらなかった。ダンジョン情報を自動的に把握できるスキル“ステータスチェッカー”があるからだ。ヘルメスの位置は手に取るようにわかる。
ヘルメスは転送魔法陣の部屋にいる。オネスト、ブラックハットの客員2名も一緒だ。それに加えて新規の客員反応もある……。
「セタンタと……ファム?」
気を失っている間に魔物あっせん所の職員ファムとセタンタが来ていたらしい。名前が付けられていないところを見ると、どうやらまだ契約は済んでいないようだ。
ヘルメス1人では対処不能の強者なのかそれとも駆け引き上手の曲者なのか。どちらにせよ、
「生意気なセタンタにはこのダンジョンのエースが誰なのか教えてあげないと……」
かちゃり。とニッカリ青江の鯉口を切ったステラは、「ふふふ」と隠微な笑みを漏らした。オネストとの訓練で進化した『四次元刀剣術』。早く実戦で試してみたい。そしてもしかしたら武術の達人セタンタに技を振るえるかもしれない。うずうずする気持ちを抑えながらステラは歩みを進めた。
指令室から転送魔法陣のある部屋までの距離はさほどでもない。まっすぐに延びる石畳の廊下を20歩も歩けば着いてしまうのだ。その道程を半分ほど踏破したステラは、転送魔法陣の部屋の扉が半開きになっていることに気付いた。そして扉の内側からなにやら話声が聞こえてきた。
「バッカじゃねーの! 身内びいきのジャッジしやがって。どう見てもボクの勝ちだろ! なんで引き分けなんだよ! おかしいだろ! こいつは気を失ったんだからさ!」
ステラの知らない声だった。少し甲高いトーンでまくしたてるその声は、女、もしくは子供の声のように聞こえた。おそらくこれがセタンタの声なのだ。
「確かにヘルメスさんは気を失ってやす。実戦だったら文句なしであんたの勝ちでさ。しかし今回はルールのある戦いでした。ヘルメスさんは気を失いはしましたがダメージは受けてはいやせん。よってこの勝負は引き分けが妥当でさ」
さっきなんて言った? ヘルメスさんが気を失って?
ステラは早足で歩き、転送魔法陣部屋の前にたどり着くと、半開きになっていた扉を蹴っ飛ばした。
勢いよく開いた扉が壁にぶつかり、バタン! と悲鳴を上げたが無視して、ステラはつかつかと部屋の中へと歩み入った。
テーブルクロスを巻いただけの簡素すぎる格好。そんな恰好で男だらけの部屋に入ったステラは、当然のように男の視線の集中砲火を浴びた。隠微な視線が露出した肌に痛いくらいに突き刺さった。ものすごく恥ずかしかった。しかしステラは乙女の恥らいが男たちを喜ばせることを知っている。努めて堂々と振る舞い、ヘルメスの姿を探した。
「マスター……」
オネストの言った通りヘルメスは気を失っていた。外傷はなく、寝ているようにさえ見える安らかな表情。しかしヘルメスが客員の前で堂々と寝るわけはない。
おそらくセタンタに気絶させられたのだろう。セタンタがヘルメスの攻撃無効化スキル“
ダンジョンマスターたるヘルメスが事実上の戦闘不能状態に追いやられた。それはステラが、ダンジョンマスターを守るという使命を果たせなかったことを意味していた。不幸中の幸いでヘルメスは死んではいないが、死んでいたとしてもおかしくはなかった。
マスターの危機に気絶なんかして。私は魔物失格だ。
自責の念がステラの心を襲った。そして直後、
ヘルメスを気絶させたであろう魔物――セタンタに対する激しい怒りが燃え上がった。
(許せない!)
憤怒と共にセタンタを睨みつけたステラは、視線の先に佇ずむセタンタのただならぬ様子にはっと息を呑んだ。
セタンタは顔を赤らめて両目を手のひらで覆い隠していた。しかし指の隙間からちらちらとステラを覗き見ているようなのだ。
「見てるよね?」
「見てない」
「嘘つき……じゃああっち向いてよ」
「いやだ。後ろから攻撃されるかもしれないから」
「後ろを向くのはダメなのに目隠するのはいいの?」
「これは武術の構えなんだ。ボクは常に臨戦態勢なんだ」
「そうなんだ……ねえ、セタンタ……ちょっとこっち来てよ。君がマスターに何をしたのか教えて欲しいな?」
ステラが呼ぶと、セタンタは目隠しをしたまま夢遊病者のような足取りでふらふらとステラに近づいてきた。なんだかかわいくてステラがセタンタの頭をなでてやると「あわあわ」言いながらセタンタはへたり込んだ。
「ごめんなさいボク変なんだ。お姉ちゃんに触られると、なんだか体が熱くなるんだよ」
どういうこと!? とステラは思った。私が触ると代謝が良くなるのか。まあいいや。自らの主人を気絶させるような生意気なセタンタにはダンジョンの掟をきっちり叩き込んでやらなくては。
「ねえセタンタは私のことどう思う?」
「え……とてもきれいな人だなって思う」
「そっかありがと。私たち仲良くできそうだね?」
「うん。ボク、お姉ちゃんと仲良くなりたい……」
「このダンジョンのルールを教えてあげようか」
「うん……教えてください」
「魔物の中で一番偉いのは私。私の言うことは絶対」
「お姉ちゃんの言うことは絶対……」
魔性の美少女ステラを前に、セタンタは催眠術にかかったように素直になった。
これ幸いとステラはセタンタにダンジョンの上下関係をきっちりと教え込むのだった。
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