04-14 セタンタ その①




 セタンタ。ダンジョン目録にはこの種族についてこのように書かれている。


 “セタンタは戦いを好み武術を極めることを至上の喜びとする野蛮な種族である。普段は少年の姿をしているが、戦闘時には戦闘形態に変身する。武術の権化、修羅。また英雄の成りそこないとも呼ばれる”。


 ということだが、実物を前にしてみるとなかなか……。


 ……弱そうだった。


 “彼”の見た目はかなり貧弱だった。ヘルメスよりも身長が低いし、痩せているし、顔立ちも幼い。くりっとした可愛らしい瞳が印象的……よく言えば中性的な美少年、悪く言えば女みたいな顔。


 というようにヘルメスには見えた。武術に精通した者からすれば達人に見えるのかもしれない。


 と言う訳で。


「どうですオネストさん、彼、強そうですか」


「彼? ああ……」


 オネストは考え事をしていたようで一瞬遅れて答えた。ステラが戦闘不能に陥っている今、戦闘になれば必然的にヘルメスが彼の相手をしなければならない。


 だがヘルメスにはステラのように相手のステータスを図ることはできない。武術の心得もないから推測もできない。というわけでオネストにセタンタの値踏みをしてもらったのだった。


「ふむ。あっしの見立てじゃあ、肉体的な強さは5段階評価の2ってとこでさ。見かけどおりの身体能力しかないように見えやす」


 なるほど。5段階評価の2ならば、自分と同じくらいの身体能力ということ。だったらおれでも勝ち目はありそうだな。とヘルメスが安堵しかけたところでオネストは「ただし」と続けた。


「武術のウデは5段階評価の5。『極めた武術は魔術と見わけがつかない』……なんて格言があるくらいです。間違いなく強いです。変身能力も持っているとくれば戦闘能力もまだまだ上がるんでしょう。総合評価は5段階評価の4をつけやす。ケンカじゃヘルメスさんにゃあ勝ち目はないでしょう」


 なるほど。見た目によらず物凄く強いというわけだ。まあそれは想定内。なんとか穏便に“名付け”を済ませたいものだが、彼がダンジョン目録に記されている通りの好戦的性格ならば名前を受け入れさせるには、おそらく戦闘は避けられない。


 やべえ。どうしよう。ヘルメスは焦った。ヘルメスの武術は必死で頑張ってステラの尻を撫でることができるレベル。戦闘大好きな武術の達人と正々堂々戦って勝てるはずがない。


 つまりヘルメスは戦闘を避ける方向で交渉を進めなければならないと言うことだ。交渉を誤り戦闘になればセタンタは仲間にならない。


 しかしそうはさせない。


 ヘルメスはなにげに自分の交渉術に自信を持っていた。自分たちを殺しに来たメイ達でさえどうにか話し合いに持ち込み友好的な関係を築くことができたのだ。今回だってやれるはずだ。


 なんとかなるなる!


 そうと決まれば、まずは挨拶だ。にこやかでフレンドリーでキャッチ―な挨拶で彼のハートをキャッチしてやろうじゃないか。


「えーと、ようこそ! おれはヘルメス。このダンジョンのダンジョンマス」


「黙れ」


 なにこの人怖い。セタンタの第一声でヘルメスの計画は崩壊した。第一声が『黙れ』では、フレンドリーな雰囲気など望むべくもない。


「……」


 ヘルメスが黙った途端、セタンタはヘルメスの身体の頭からつま先までをさっと眺め、


「お前は弱いな。カスみたいだ」


 と吐き捨て、ちっと舌打ちをした。瞬間、ヘルメスの自尊心は崩壊した。弱いという、コンプレックス直撃の指摘にがっくりとうなだれたヘルメス。それをよそに、セタンタはオネストへと視線を移すと、目をキラキラ輝かせた。どうやらオネストがお気に召したらしい。


「あなたは物凄く強いな……てか……強すぎないか?? え? なんでこんな人がいるの……あなた本当にここの魔物?」


「いえ。あっしは銀行員でさ。ここの魔物じゃありやせん」


「やはり。あなたのような強者がこんなカスに仕えるわけがないと思った」


 なんだこいつは。初対面のヘルメスをカス呼ばわりし完全に舐め腐っている。実際弱いのだからしょうがないにしても、この態度はよくない。セタンタの名づけに早くも立ち篭めた暗雲にヘルメスは焦った。セタンタは、はあ。とため息を吐いた。


「それにしてもろくなダンジョンじゃないなここは。解放から1日ほどしか経っていないはずなのに200体以上の魔物が死んでいるみたいだ。来訪早々にこんな濃厚な死の香りを嗅ぐことになるなんてね。これでは魔物の墓場だよ」


 たしかにヘルメスのダンジョンではマッドの神滅超撃激流波によって100体以上の魔物を失った。が、見てもないのになぜそれがわかる!?


 ヘルメスはセタンタの洞察に驚きつつも、努めて冷静な口調で答えた。


「たくさんの魔物を死なせてしまったのはおれの力不足だ。認めるよ。だけど、おれ達は侵入してきた敵は全部撃退してきたし、戦いの中で人間と協力関係を結ぶことにも成功したんだ。今も打倒『ガレキの城』を目標に着々と計画を進めているところだ。強大な『ガレキの城』を倒すにはおれ達はまだまだ弱い。お前の力が必要なんだ。どうか力を貸してくれ」


 言い終わるや、ヘルメスはセタンタをまっすぐに見つめた。やや垂れ目ぎみのセタンタの瞳とヘルメスの視線が交差する。すべてを見通すようなまなざしにヘルメスは胸の鼓動が早くなるのを感じた。


 5秒ほどの沈黙が流れた。先に口を開いたのはセタンタだった。


「力は貸すよ。もともとガレキの城と戦うためにここに来たんだ。武人にとって強い者と戦うことは喜びだからね。ガレキの城ならば相手にとって不足なし、ボクの力がどこまで通用するのか試すには絶好の相手だよ。でもね――」


 セタンタは立てた人差し指をヘルメスに向かってびっと突きつけ、


「1つだけ条件があるんだよ」


「条件?」


 セタンタは「うん」と頷くと、


「戦場で最も危険な存在はね。強大な敵よりもむしろ、役に立たない味方なんだ。味方に足を引っ張られて死んだヤツをボクは何人も知っている。だからボクは弱い奴が大嫌いなんだ。そこでテストをさせて欲しい。このダンジョンにボクの味方に成り得る魔物がいるのかをね!」


 言うなり眼光に挑発的な光を宿らせたセタンタは、ヘルメスに向かって拳を突き出す。その瞬間、ヘルメスの頬に強い風が吹きつけてきて、ヘルメスは僅かによろめいた。5メートル以上距離を取っていたはずのセタンタの拳圧が、ヘルメスに届いたのだった。


「つまり強いヤツと戦わせろってことか?」


 ヘルメスが苦笑しながら尋ねると「そのとおり」と返事。セタンタに拮抗できそうなヘルメスのしもべはステラかメイだろう。しかしステラは気絶しているし、メイは諸国連合としての立場もあるからヘルメスの都合でむやみに戦わせるわけにはいかない。ヘビ男……という手もあるが 生まれたばかりのヘビ男たちでは相手にはならない気がする。


――自分が戦うしかないのだ。


「だったらおれが相手になろう」


 心臓がはち切れそうな恐怖を胸の内に押しとどめ、びしっと言ってやった。ただしまともには戦わない。


 セタンタに目をやると、案の定「ハッ」とバカにした嘲笑を滲ませている。


「お前さ。まがりなりにもダンジョンマスターだよね。お前が死んだら、その瞬間お前と契約した魔物全員死んじゃうってわかってる? それにさ。ボクは強い奴を出せって言っただろ。お呼びじゃないよ、ダンジョンマスターは奥の方にひっこんでなよ」


「そうかな?」


 間髪入れずにヘルメスが口を挟むと、セタンタはムっと口をへの字に曲げた。


「さっきからおれの事をバカにしてるけどな。お前じゃおれに傷1つつけられない。断言するぜ」


「なんだと?」


 ピクリとセタンタのこめかみが怒りに震えたのを確認したヘルメスは、内心で「よし、くいついた」とガッツポーズを決めた。


「お前がどれだけ鍛えたのかは知らんが、さっきの素振りでわかったぜ。お前のパンチはヘナチョコだ。素人のおれでさえ傷つけられない」


「なんだと?」


 気位が高いのだろう。挑発を真に受けたセタンタは肩を小さく震わせて、ヘルメスを睨みつけている。ひょっとして、こいつ、ちょろい?


「ウソだと思うなら試してみるか? そうだな10秒やろう。10秒間動かないでいてやるから、好きに攻撃してみろ。で、お前がおれにダメージを与えられたらお前の勝ちだ。煮るなり焼くなり好きにしろ。おれが無傷でいられたらおれの勝ち。お前はおれに従う。って勝負はどうだ?」


 ヘルメスが描いた作戦は単純なものだ。セタンタの攻撃を“四の死デッドフォア”で無効化し耐えきる。メイのウィニング・サンダー・アローさえも耐えきった“四の死”ならば、勝算は十分。 むしろ問題は、『攻撃を耐えきったらヘルメスの勝ち』。という勝負の前提条件を成立させられるかどうかだ。


 セタンタはヘルメスの戦闘能力を低く評価している上、安い挑発を真に受けて激昂するような気質らしい。おそらく条件達成は容易だ。


 とヘルメスには思ったが、


「……うーん」


  売り言葉に買い言葉で勝負に乗って来るかと思ったが、セタンタは沈黙を返した。天性の勘のようなもので勝負のヘルメスの思惑を嗅ぎつけたのか……それとも案外頭脳派なのか……なにやら真剣に考え込んでいるようだ。


 まずいな。考えさせるのはまずい。もしセタンタが『いやいや耐えきったら勝ちとかぬるい。やっぱ戦いって言ったらどちらかが死ぬまで戦うデスマッチでしょ』とか言い出したら、ヘルメスに勝ち目はない。


 というわけで、ヘルメスは即座に次の挑発を重ねることにした。


「どうした、お前が有利過ぎて怖いか? まあビビるのはしょうがないよな。お前のパンチはヘナチョコだから」


「……やるよ」


 効果はあったようだ。勝負成立。勝負さえ成立させてしまえば、ヘルメスの勝利は約束されたようなもの。


 セタンタ……ゲットだぜ!


 と内心でほくそ笑みながらヘルメスは、 隣のオネストへと視線を移し、


「というわけでオネストさん。ジャッジお願いできますか」


「わかりやした。勝敗はあっしがジャッジしやしよう」


「お願いします」


 そう言うとヘルメスとセタンタはツカツカ歩いて、距離を詰めていく。2メートル。一歩踏み出せば拳が届く距離で、ピタリと停止した2人は互いににらみ合い、交差する視線が火花を散らした。


 近くで見るセタンタの体躯はやはり小さかった。身長はヘルメスの胸元くらいまでしかなく、体つきががっしりしているわけでもない。むしろ華奢だ。


 こんな小さな体で武術の達人というのだから信じがたいが、セタンタが醸し出す雰囲気はオネスト、ステラ、ジンリン、メイ、ラビリス、など強者たちが共通して持つ独特の風格を持っている……


 間違いない。オネストさんの言う通り、こいつはきっとこいつは強い。とヘルメスが確信を強めると同時に、セタンタが構えた。


 足を大きく開き腰を落とした半身の姿勢。胸の前あたりにとどめた両拳は、左拳が前、右拳が後。構えただけで、セタンタの放つ強者の雰囲気がぐっと濃くなり、ヘルメスの脳内で警戒音アラームが鳴った。


「死んでも恨まないでよね」


 やばいやっぱりこいつは強い。本能が逃げろと告げているが、逃げ出すわけにはいかない。恐怖は心の奥へと押しやり、精一杯の強がりを発揮して、


「お前こそ自信失くして泣くんじゃねぇぞ」


 と言おうとしたヘルメスだが、緊張してしまって、


「おまぶひぇ」


 噛んでしまった。セタンタの頭上に「?」が浮かび、オネストが噴き出した。


「……」


 ヘルメスは赤面した。しかし恥をかいたおかげでいくらか緊張も解けた気がする。大丈夫だ。勝てる。セタンタの構えから察するに、おそらく打撃技をしこたまブチ込んでくるつもりなのだろう。が、所詮肉体を使った打撃技。ウィニング・サンダー・アロー以上の攻撃力があるわけがない。勝てるはずだ。


「では。勝負を始めてもよろしいですか?」


 ヘルメスが落ちついたのを見計らったかのようなタイミングで、オネストさが声を掛けてきた。


「お願いします」


 とだけ答えると、ヘルメスはブラリと両腕を下げた棒立ちの姿勢で、セタンタと正対した。所謂ノーガードである。


「来いよ」


 10秒。たった10秒でおれの“四の死デッドフォア”が破れると思うなよ……!


 正面に構えるセタンタは、可愛らしい顔を怒りで歪ませながらヘルメスを睨みつけていた。体の中に貯め込んだ怒りを爆発させたくてうずうずしているようだ。などとヘルメスが考えた時、


「では勝負……始めぇ!」


 とオネストが叫び、右腕を高らかに挙げる。瞬間、セタンタが動いた。


「!?」


 動いた、というか。――消えた。


 と思った直後、ヘルメスの背後から、


「はい、ごくろうさん」


 とのセタンタの声が聞こえ、振り返る間もなく、ヘルメスの首筋にセタンタの細腕が巻きついた。頸動脈、気道。脳への酸素・栄養の供給経路を塞がれた格好になったヘルメス。しかし彼は、自分に何が起こったのかを悟ることすらできずにいた。ただ苦しい。ひたすらに苦しい。


「お前さ。攻撃無効化系のスキル持ってるだろ? 耐久勝負を持ちかけた時点でバレバレなんだよ」


 ヘルメスの狙いはバレていた。セタンタは打撃の構えで首への警戒を緩ませ『締め技』を仕掛けてきたのだ。絞め技なら攻撃無効化スキルを持っていても効果があると予測して……はたしてその予測は的中した。

 絞め技は極まり、ヘルメスの意識はどんどん遠のいて行く。


 やばい、どうにかしなくちゃ。という焦り。どうにか絞め技から脱出しなかくてはならないが、『10秒間動かないでいてやるから好きに攻撃してみろ』 という勝負のルールを思い出し、寸でのところで動くのを止めた。


 絞め技から逃れるため身体を動かした瞬間、自分で言い出したルールを破ることになるからだ。


 やられた。


 畢竟。おれに出来ることはない。首を絞められた状態でなんとか意識を保つ以外に勝機はないのだ。しかしろくに訓練もしていないヘルメスが武道の達人の首絞めを10秒も耐えられるはずもなかった。


 幾度も味わった無力感をまたしても味わいながら、そこでヘルメスの意識は途切れた。

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